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お嬢様とエレイン

                    *




 10年前。イライザがまだエレインと名乗っていた頃。


 ケイトの住む首都圏から遥か北方のスラム街で生まれ、貧民の子として育ったイライザは、物心ついた頃から市場の店の物を盗んで生活する日々を送っていた。


 彼女は抜群の盗みの腕で盗み、常人を遥かに超える身体能力で逃げる事により、数え切れない程に盗みを成功させていた。


 しかし、14歳になったある日、新顔で非常に勘の良い燻製くんせい屋の商人に発見され、数人の男達によってたかって土の道の隅に押さえつけられた。


 この当時から凄まじい怪力ではあったが、栄養不足気味の体格のせいで、大の大人には流石さすがかなわなかった。


「おっ、コイツたしか、西リバーサイドのエレインとかいうガキじゃねーか?」


 回りで見ていた野次やじ馬の1人が、逃れようともがくイライザを指して言う。


「了解。2度とやろうなんて思わなねぇ位、キツくお仕置きしてやらねえとな!」


 店主は自身の持つタバコに火を点けて1吸いした後、店主は男達に服の袖をめくるように指示する。


「クッソ! 止めろ!」

「止めろだと? 生意気なガキだな! 一発殴ってやらんと――」

「ちょっと! 何してるの!」


 左上腕に高温の先を押しつけられる直前、偶然見学にやって来ていた当時6歳のケイトがそれを見咎とがめた。

 彼女はいかにも上品な白いワンピースに、同じく上膝丈のソックスにローファーという出で立ちだった。


「あ?」

「おい! その子、商工会長の娘だぞっ!」


 怒鳴りつけようとした店主だったが、回りの商人達の指摘と、強面なケイトの護衛に気がついて、


「いやあ、このガキがですね、ウチの店の物を盗みやがりましたんで」


 へこへこ、と慌てて低姿勢になってタバコを踏み消すと、店主はケイトに目線を合わせて説明を始める。


「で?」

「へいっ! それで、少し痛い目に合わせようと思ったわけです。ほら、こういう手合いはほっとくと何回もやるようになっちまうので」

「暴力はダメ!」

「いやしかしですね、何回もやられると、お店が潰れちまうんですよ」

「だったら、分かるまでダメってしかれば良いの! ダメったらダメー!」


 なんとか分かって貰おうとする店主だが、ケイトは頑として譲らない。


 後々商売に不都合が出ると厄介なので、店主はひとまず譲歩して、男達にイライザを押さえつけるのを止め、拘束を立たせて逃げない程度に留めるよう言う。


「で、何をろうとしたの?」


 ケイトは自分より大きなイライザの目の前へ躊躇ちゅうちょせずに近づいて来て、柔らかな声色で彼女にそう訊ねる。


「……」


 薄汚い自分を心配してくれる、奇特な少女を変な物を見る目で見下ろすイライザは、何も答えずに戸惑うばかりだった。


「旦那んとこのハム5枚包みと、隣のパン屋のパン1つです」

「ありがとう。ということは、お腹空いてるの?」


 それらの包みを見せて言ってきた商人に感謝しながら、ケイトは再びイライザに訊く。


「……。まあ……」


 何も言わないつもりだったが、ちょうど腹が鳴ってしまったので、イライザは少し恥ずかしそうに小さな声で答えた。


 このとき、イライザは下の子3人のために昨日から何も口にしておらず、自慢の逃げ足を発揮出来ない状態だった。


「じゃあちょっと待ってて」


 ケイトはそう言うと、店の奥借りるわよ、と店主に告げ、ボディーガードにパンとハムの代金を払う様に命じた。


 掴む手を振り払って逃げられる状態だったが、イライザは助けて貰った恩もあるので、言うとおりに待つことにした。


 手を洗ったケイトは、燻製屋の住居部分でパンをナイフで縦に切れ目を入れ、ハムを3枚ほど折りたたんで挟んだ。

 それをキッチンペーパーで包んで、通りの端に移動したイライザの元に持ってきた。


「はい、これ食べて」

「……いい、のか?」

「もうしないならね」

「……おう」


 ひとまず、しばらくはここではしないようにしよう、と思いながら、イライザは施しの一品を口に運んだ。


 その瞬間に、イライザは動きがピタリと止まり、その頬を涙が伝い落ちた。


「そんなに美味しかったの?」


 喉に詰まらせない程度の勢いで、素朴な味わいのそれにがっつき始めたイライザを見て、ケイトは慈しみに満ちた笑みを浮かべた。



                    *



「――その後は、真っ当に生きようと思い、スカウトされて傭兵ようへい団に入ったわけでございます。

 傭兵となった後は、各地を転戦し、様々なものを口にしましたが、その味を忘れることはできませんでした」


 そして、お嬢様の無償の慈しみも、と、イライザは恍惚こうこつの表情を浮かべて言った。


「……ごめんなさい。そんな大事な事だったのに、忘れていたわ……」

「セシリアのときもそうですが、お嬢様にとってはそれ程当たり前の事だったのでしょう。それに、10年も前の事ですから仕方がありません」


 申し訳なさげなケイトへ、イライザはそう言って笑って許した。


 ちなみにメイドのセシリアは、前の屋敷から気弱で人見知りな性格のせいで放り出され、餓死寸前状態で彷徨さまよっていたのをケイトが見つけ、屋敷に迎え入れていた。


「そんな傭兵としての日々は、2年前のある日、大旦那様がこの街に滞在していた私をお訪ね下さった事で大きく変わりました」

「お父様、が?」

「はい」

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