「アンタって本当グズね」と高嶺の花である幼馴染みに言われ続けてきたわたしが仕返しに押し倒すお話
「アンタって本当グズね」
思えばそれがはじめて彼女にかけられた言葉でした。
小学一年生のあの日、教室に入る扉の前でお喋りしているクラスメイトたちに言葉をかけられず、教室に入ることもできずに困っていたわたしに彼女はそんな風に言いました。
……その後、彼女は『邪魔よ!』と扉の前のクラスメイトたちに一喝して、堂々と教室に入っていきました。
「アンタって本当グズね」
小学四年生のある日、見事にすっこんで膝を擦り剥いたわたしを見て、彼女は呆れたように首を横に振っていました。
……その後、泣きそうなわたしの膝にお気に入りだと自慢していたハンカチを巻いてから、わたしを背負って家まで送ってくれました。
「アンタって本当グズね」
小学六年生のある日、必ずといっていいほどドッチボールですぐにボールに当たるわたしに彼女はそう言いました。
……その後、わたしを守るように前に出て、率先してボールを受け止める彼女は一人で相手チームの全員にボールをぶつけて勝利していました。
「アンタってっ、はぁっ、ふぅっ。本当、グズね」
中学の入学式の日、道に迷って泣きそうになっていたわたしになぜか汗だくの彼女は荒い息を吐きながらそう言いました。
……その後、彼女はわたしの手を取って、どこか赤い顔で目的地まで案内してくれました。
「アンタって本当グズね」
中学三年のある日、志望校判定が最低ランクで第一志望の高校には受かりそうもないわたしに同じ志望校判定で最高ランクをとっていた彼女は満点の答案用紙を見せびらかすように立っていました。
……その後、『私はもう余裕ありあまっているし、どーしてもとお願いするなら勉強見てやってもいいけど?』と言う彼女に半ば抱きつく形で懇願したら、酔ったようなうわごとと共に了承してくれました。『不合格なんて許さないから』とどこか怒ったように吐き捨てていたのは彼女自身が教えたのだから結果を出してみせろということでしょう。
「アンタって! 本当!! グズね!!!!」
高校の通学途中、電車の中で後ろから男の人にお尻を撫でられて、怖くて恥ずかしくてもうどうしていいか分からなくて、声をあげて助けを求めることもできなかったわたしを見て、彼女は激昂という言葉が似合うほどの叱声と共に現れました。
……その後、わたしのお尻を撫でていた男の人をぶん殴って、駅員に突き出してから、『ごめんね』と消え入るように呟いて、ようやく感情を表に出せるようになったわたしを彼女はただただ抱きしめてくれました。
「アンタって本当グズね」
高校二年のある日、文化祭の実行委員になったわたしが出し物についての話し合いの際、誰も何も言わない状況をどうしようもできていない姿を頬杖をつきながら彼女は眺めていました。
……その後、勢いよく立ち上がった彼女はみるみるうちにクラスメイトたちを乗せていき、円滑に話し合いを進めていきました。
それが彼女──柊蜜刃。蜜刃ちゃんはいつだって堂々としていて、そう、いつだって他人の顔色を伺って言いたいことが言えないわたしとは対極の人です。
幼馴染み、というものなのでしょうが、どうしてわたしなんかと一緒にいてくれるのか不思議です。性格は元より趣味や容姿、学力に財力と全く違うんですから。
人は自ずと似通った者同士で集まり、グループを作るものと思うのですが、本当にどうしてだか彼女とはいつだって一緒でした。
ですから。
グズ、と。わたし自身思い知っていることをずっとずっと言われ続けてきました。
ーーー☆ーーー
「さいっあくっ。天気予報めっ、今日は晴れって言ってたくせにい!!」
全身ずぶ濡れの蜜刃ちゃんが長い髪を掻き毟りながら、悪態をついていました。
学校がお休みの夕方、突発的な大雨の中、慌てて洗濯物を取り込んだわたしの家に全身ずぶ濡れの蜜刃ちゃんがやってきたんです。
図書室に籠もっているのが似合う地味で眼鏡なわたしと違って、もう全体的に陽キャの化身である蜜刃ちゃんはお臍やら生足が丸見えという挑戦的な格好であってもばっちり似合うものです。
玄関でぎゅっぎゅっとシャツを絞っている蜜刃ちゃんはジロっとわたしを見据えて、
「ねえ。普通ずぶ濡れなお客人が来たらタオルの一つくらいくれるもんじゃない?」
「え、あっ、ごめんなさいっ。今用意……ふにゃっ!?」
慌ててタオルを取りに行こうとしたからでしょう。足を滑らせたわたしはそれはもう見事にずるっと転びました。
顔から床にダイブしたわたしを見て、蜜刃は呆れたように首を横に振ります。
「まったく。怪我はない?」
「は、はいっ。大丈夫です……」
「もうタオルはいいや。シャワー貸してくれない?」
「はい、はいはいっ。もちろんですっ」
幼馴染みだからでしょう。それこそ我が家のような気軽さで、それでいて『お邪魔します』と一声添えるのは忘れない蜜刃ちゃんがお風呂に向かいます。
……やっぱりスタイルいいですよね、蜜刃ちゃん。
中学に入る頃にはナイスバディとはこれこの人のことである、と言わんばかりでしたもの。特徴といえば目立たないことしかないわたしのぺったんボディとは比べようもないです。
そんな蜜刃ちゃんが濡れ透けで我が家を出歩いている、ですか。なんだかドキドキしますねっ!!
「…………、」
見た目こそガリ勉さんのくせに学年でも真ん中程度の学力のわたしと違って常に一位を独走する蜜刃ちゃん。
運動なんてからっきりなわたしと違って帰宅部でありながら各種部活動のエースとだって真っ向から打ち勝つ蜜刃ちゃん。
押しつけられた役職をこなすのに精一杯なわたしと違って生徒会長やらイベントの運営委員やら様々な肩書きに見合うだけの成果を出す蜜刃ちゃん。
告白なんてされたこともないわたしと違って常に下駄箱にラブレターが詰め込まれていて、告白されるのが日常と化している蜜刃ちゃん。
わたしのような凡人とは致命的なまでに違います。幼馴染み、昔からの仲というだけでこうして関係性は維持されていますが、それもいつまで保つものでしょうか。
蜜刃ちゃんはどこにだっていけます。将来はわたしなんかでは想像もできない高みに向かっていくのでしょう。
住む世界が違う人になるんです。
いいえ、すでにそうなのでしょう。
この関係性はいつか必ず途切れるもの。
幼馴染みという特権は子供の幻想であり、大人へと進む過程で自然消滅するんです。
だって、住む世界が違いますから。
頭脳でも容姿でもなんでも構いません。どんな分野においてもわたしとは比べものにならないほどに優れている蜜刃ちゃんについていけるわけがないんです。
「っ!!」
ぱちんっ!! と。
頬を挟むように叩く音が響きます。
とっくにお風呂に向かった蜜刃ちゃんはすでにいなくて、だからその音はどこまでも空虚に響いて消えていきました。
「ホットミルク、用意してあげましょう」
切り替えるように、わたしはどうしようもない現実から目を逸らします。
蜜刃ちゃんの大好物。ハチミツをほんの少し混ぜるのが大事なんですよね。
雨でずぶ濡れになってイライラしていましたからね。大好物のホットミルクハチミツ風味で少しでも機嫌が治ればいいのですが。
「ようし、やりますよーっ!」
住む世界が違うんです。
だから、いつか必ず追いつけなくなるのは目に見えていて、だけど、ええ、それでいいのかもしれません。
だって、こんな気持ちを知られたら。
それこそ自然消滅よりも遥かに残酷な、最悪の別れになるに決まっているんですから。
ーーー☆ーーー
蜜刃ちゃんの好みに合わせたお手製ハチミツブレンドを熱したミルクに数滴垂らしてくるくるかき混ぜている時でした。
ズッバァン!!!! と。
スッポンポンな蜜刃ちゃんが勢いよく扉を開いて飛び出してきたんです。
「本当、もう、アンタってさあ。普通着替えの一つくらい用意しない? いやまあ今更って話かもだけど」
タオルでガシガシと頭を拭きながら、そ、その、お肌が、ちょっとは隠してくださいよせめてそのタオルでえ!!
「みっ、みみっ、蜜刃ちゃんっ。そんなっ、そんな格好で出歩いたら駄目ですよお!!」
「だったら着替えくらい用意しなさいよね。大体そんな格好もクソもこの場にはアンタしかいないじゃない」
「わたしがいるんですっ。その、親しき仲にも礼儀ありと言いますかなんといいますか……」
「それこそ今更じゃない。一緒にお風呂に入った仲なんだし」
「それ小学生の話ですよね!? とにかく隠して、ちゃんとタオルで大事なところ隠してくださーい!!」
「なによそんなに慌てちゃって……。あー、はっはっ。そうよね、ナイスでスイートでクリティカルなボディを惜しげもなく晒されちゃあ興奮するのも無理はないよねえ」
「ひゃっ、ひい!?」
挑発するように。
そう、あくまで冗談であり本気ではないことくらい分かっています。
それでも。
それでもです。
「ほらほら、麗しい美少女のヌードよ。据え膳となれば食っちゃうのが礼儀じゃない?」
ぐいっと、わたしなんかとは比べものにならないくらい自己主張の激しい二つの果実を下から持ち上げ、くすくす笑う蜜刃ちゃんを前に冗談かそうではないかなんて考える余裕はありませんでした。
頭が茹だって、思考は散り散りで、夢心地のようにふわふわしていて、それでも視線は蜜刃ちゃんに釘付けで。
ここで我慢をやめたらどうなるんでしょう。幼馴染み、長年積み上げてきた関係性の先に手を伸ばした時、蜜刃ちゃんはどんな反応をするんでしょう。
ああ、そんなのわかり切っています。
文字通り住む世界が違うわたしと蜜刃ちゃん。二人をかろうじて繋げてきたのは幼馴染みという子供の幻想だけ。それがなくなってしまえば、現実を直視してしまったら、あるべき場所に帰るだけです。
住む世界が違うんですから、距離が無限に離れていくのは当然のことでしょう。
だから。
わたしは視線を逸らすことしかできませんでした。
せめて、幼馴染みという幻想が消えてなくなってしまうまでは一緒でいたかったから。
「……、ふん」
蜜刃ちゃんはつまらなそうに息を吐きます。両手を胸部から離し、頭にかけていたタオルを掴んで、くるくると回しながら、わたしたちの関係性を致命的に変える一言を呟いたんです。
「アンタって本当グズね」
何かが。
千切れて。
「本当ノリが悪いんだから。そこは『げっへっへっ。据え膳食っちゃうぞー』とか何とか言っても良くない?」
わたし、は、せめて少しでも長く蜜刃ちゃんと一緒にいたいから、だから我慢したのに。
「そんなんだからいつまで経っても友達できないのよ? 人付き合いをうまくこなすには多少はノリ良くいかないと。人との繋がりってのはあって損はないんだしね」
わたしが、わたしが! 今までずっとどんな気持ちでいたかなんて知らないくせに!!
我慢してきたんです。
せめて幼馴染みという幻想が霧散するまではと、この想いはお墓まで持っていくつもりだったんです。
なのに。
それなのに。
「ま、ノリ云々抜きにしてもアンタに私を襲う度胸があるわけないか。期待するだけ無駄ってね」
……ぷつん、と。
決定的な音がわたしの中で炸裂しました。
「ん? 何よその目は??? 言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」
わたしは。
踏み込み、そして蜜刃ちゃんとの距離をゼロと潰さんと。物心ついた頃から積み上げてきた幼馴染みという幻想を、どうしようもない現実で塗り潰すために。
「蜜刃ちゃんが悪いんですからね」
どんっ!! と。
気がついた時には蜜刃ちゃんを押し倒していました。
蜜刃ちゃんの両肩を爪が食い込むほどに握り、吐息が触れ合うほどに顔を近づけて。
現実感がなくて。
ぐつぐつと、胸の奥から熱が溢れて止まりません。
「あ、はは。何よ、今日はらしくもなく大胆ね。で? ここからどうするわけ???」
「…………、」
「ま、アンタみたいなグズには押し倒すまでが精一杯よね。ほらほら、もう分かったから早くどけてよ」
ここまでやっても、まだ、冗談の範疇なんでしょうか。それとも『戻れる』なんて考えているとでも?
「アンタ……? ねえちょっと、待って、ねえってば! あれ、これノリよね? 私がちょっと弄りすぎたから仕返ししたってだけよね、ねっ!?」
「蜜刃ちゃん」
なんでもできる蜜刃ちゃん。
頭が良くて、運動神経も抜群で、この世の誰よりも可愛くて、欠点なんて何一つない完璧な人。
幼馴染みでなかったらこうして言葉を交わす機会なんて絶対になかった、文字通り住む世界が違う蜜刃ちゃんの表情が歪んでいます。
どんな難題を前にしても不敵に笑って解決しちゃうあの蜜刃ちゃんが、わたしを前にして表情を歪めているんです。
ぞくぞくと、先ほどまでのそれとは違った、背徳的な何かが胸の奥から全身を甘く震わせます。
もっと、と。
もうわたしの意思では自分を止めることはできませんでした。……そもそも、止める気があったのでしょうか。
「蜜刃ちゃんが悪いんですからね、とそう言ったはずですよ」
もう遅いんです。
手遅れなんです。
だから。
だから。
だから。
わたしはそのまま顔を下に落としました。
歪んでも可憐な蜜刃ちゃんの唇を奪うために。
瞬間、感じたのは唇が焼け落ちそうな熱と脳髄を貫く甘い痺れでした。
体感時間なんてとっくに壊れていて、感触を味わう余裕なんてなくて、実際に何がどうだったか記憶に刻むことすらできていません。
だから。
ぷはっ、とどちらともなく唇を離した時初めて酸素不足の頭がくらくらと軋むことに気付いたほどです。
「はぁ、ふぁ……」
「はっ、ふぅっ……!!」
荒く、荒く。
乱れた息の下、わたしは蜜刃ちゃんを見つめていました。いっそキョトンとした風にすら見える蜜刃ちゃんは、しかしじんわりと何をされたのか実感が追いついてきたのでしょう。
ひうっ、と。
いつだって完璧、なんだってできるあの蜜刃ちゃんの喉から空気が漏れるような滑稽な音が出ました。
「な、なんっなにっ、え? 私、今、アンタと、えっ?」
「蜜刃ちゃんが悪いんですからね」
もう終わってしまったからでしょう。わたしはいっそ冷めたようにこう吐き捨てていました。
「グズだって、襲う度胸がないって、そう言ったから。わたしの気持ちなんて知らずに、好き勝手言ってくれたから!!」
本当は。
そんなの最後の最後に背中を押したきっかけに過ぎなかったんです。
蜜刃ちゃんの言う通り幼馴染みという幻想を破り現実と向き合う度胸がなかったから、今日この日まで自分の気持ちを押し殺してきただけなんです。
だって、絶対に。
住む世界が違う蜜刃ちゃんがわたしの想いを受け入れるはずないんですから。
「好き、です」
だけど、もう終わったのならば。
幼馴染みという子供の幻想による繋がりがぷっつり切れてしまったのならば。
どうせどうしようもない別離がやってくるのならば、せめて全部ぶつけてしまったほうがいいでしょう。
……致命的に、期待なんてできないよう、諦めをつけるためにも。
「わたしっ、は! 蜜刃ちゃんのことが好きなんですっ。女の子同士で、住む世界が違うとわかっていても、恋愛的な意味で好きになってしまったんですっ!!」
言って、しまいました。
『ノリでやった』とでも言えば、無理はあるかもしれませんが万が一にも子供の幻想が続く可能性もあったんでしょうが、ここまできたらもう終わりです。
「気持ち、悪いですよね。身の程を弁えろって話ですよね。分かっています、分かっているからお墓まで持っていくつもりで、でもっ、我慢できなくて、だから……好きになって、ごめんなさい」
「はぁ」
切り裂くように。
深く、重い、そのため息にわたしは冷水をぶっかけられたごとく身体の芯まで凍えるようでした。
こうなると分かっていたのに、それでも耐えられそうにありませんでした。
「本当、ほんとおーにさあ!! アンタってばグズだよねえっ!!!!」
ばっふっ!! と。
勢いよくわたしの頬を両手で挟み込む蜜刃ちゃん。
勢いの割には痛みはなくて、まるで逃がさないと言いたげにわたしの瞳をじっと見据えます。
「勝手にやらかして、勝手に自己完結して、勝手に諦めて! 私がどう思っているか確認くらいしなさいよね!!」
「……、え?」
「ねえ。アンタはこの私がどうでもいい奴に生まれたままの姿を見せるクソビッチとでも思っているわけ? 心外にもほどがあるんだけど」
だって、それは、つまり。
「蜜刃ちゃん、も?」
「……、ふん」
「だって、そんな、うそです。だって蜜刃ちゃんはわたしとは住む世界が違って、だってもっとずっと高みにのぼりつめることができて、だってわたしなんかよりも素晴らしい人を射止めるだけの魅力があって、だって──」
「まったく、本当グズねえ」
ぐにゅっ、と頬をもみもみしながら、蜜刃ちゃんは冗談でも慰めでもない、唯一絶対の真実を口にするのに遠慮なんていらないと言いたげに堂々とこう言ったんです。
「人を好きになるのに『そんなもん』どうだっていいのよ。好きになるかどうか、それ以上も以下もないんだから」
しばらく、わたしは何も言えませんでした。
信じられるわけがなくて、こんなの現実だと認めるには願望の塊に過ぎて、だけど、ふと気付いたんです。
あれだけ堂々としていた蜜刃ちゃんが今更のようにカァッと頬を赤くして、ふいっと視線を逸らしたことに。
不思議と、今まで見たことのないその表情を見た瞬間、全部受け入れることができました。
「蜜刃ちゃんも、わたしのこと、好きだったんですね」
「まあね」
だからこそ、と。
拗ねたように蜜刃ちゃんが口を開きます。
「はじめてのキスがこんな無理矢理だなんて本当もう最悪にもほどがあるんだけど!?」
「うっぐ!?」
「勝手に追い詰められて勝手に自暴自棄になって勝手にファーストキス安売りしてさあ!! 理想のシチュエーション考えまくっていたのに全部パァッじゃんばーかっ!!」
「だ、だってっ」
「だってもクソもないわよこのグズッ!! 本当、本当にアンタはグズよねえ!!」
「う、うううっ。そ、それならもっと早く言ってくれればよかったんですよっ。蜜刃ちゃんもわたしのこと好きだって分かっていたら、こんなことにもならなかったんですう!!」
「はぁ!? あんっアンタ自分のこと棚に上げてそれはあんまりじゃない!? なんだってこんなグズ好きになったんだかっ」
「なっなんですかっ。そんなに言うなら他の人を選べばいいじゃないですかっ。先輩後輩同級生、どこを選んでも蜜刃ちゃんの周りには凄い人がいっぱいなんですから!」
「グズ、本当グズねっ! どれだけ凄い奴を連れて来ようとも、アンタ以外を好きになるなんてあり得ないわよ!! 十年以上温めてきた初恋舐めるんじゃない!!」
「そんなのわたしだって同じなんですから!!」
「そう、それは良かった! ……はっ、はははっ。本当、まったく、なにこれ痴話喧嘩? うっわあ恥ずかしいにもほどがあるわねっ!!」
「痴話……ふっぐう!? なんでそんなこと言うんですか気付いちゃったじゃないですかあ!!」
「うるさいわねっ。それもこれもアンタがグズなのが悪いのよっ!!」
「蜜刃ちゃんのほうが悪いんですう!!」
がつんっと額と額をぶつけ合っての言い合いに、しかし見合わせるようにわたしたちは吹き出していました。
本当、何をやっているんですかね。
「はっは。あーあ、馬鹿らしい」
「ふ、ふふっ。まったくです」
しかし、そうですか。
蜜刃ちゃんも、ですか。
「ねえ蜜刃ちゃん」
「何よ」
「えへへ。大好きですっ」
子供の幻想が霧散した後に現れる現実は辛く苦しいものだとばかり思っていました。
だけど、全然違って。
顔を出した現実は甘く蕩けるようで。
「まっ、まったく! そうやってすぐ調子に乗ってっ」
不格好にもほどがある『告白』でした。
それでも、きっかけがなんであれ、大事なのは結果です。
「アンタって本当グズね」
照れて熟れた顔を隠すように両手で顔を覆う蜜刃ちゃんとこれからもずっとずっと一緒にいられるのですから。
ーーー☆ーーー
ちなみに。
一連の『告白』のせいで、そう、あの完全無欠な蜜刃ちゃんがわたしの前でだけ表情を歪めることに感じるものがあった──いいえ、素直に言いましょう。新たな性癖を開拓しちゃいました。
そんなわけで、
「えっへへ。抱きつかれてどうにもこうにもいかなくて泣きそうな蜜刃ちゃんは可愛いですう!!」
「ちょっ、まっ、アンタって本当グズね!!」
「口ではそんなでも、身体は正直ですよね。かーわいい」
「まっ、待って、本当待ってよアンタなんか変な風に吹っ切れてない!?」
「蜜刃ちゃんが悪いんですからねーっ!!」
「ふ、はっ、ば、ばばばーかっ!! 本当吹っ切れ過ぎよおーっ!!」
ああ。
蜜刃ちゃんは可愛いですねえ。