つぐみと上履き
翌日、なんとかかき集めたお小遣いを持ち、寝坊することなくいつもより少し早めに学校に着いた私は、靴箱の前でスニーカーを脱ぐと、なにもない靴箱にそれを入れ、昨日と同じように、裸足のまま校内に入った。セーラー服は昨日と同じ、半そでだ。カーデガンを着ていたが、すぐに暑くなってまた途中の信号待ちで脱いでしまった。校内に入ってまっすぐに向かったのは、学校の購買店。私のような、朝一で上履きを必要とする生徒のためか、購買店はこの時間から開いている。裸足の足をペタペタと進め、砂でざらざらするコンクリートのたたきの渡り廊下を通り、特別教室棟の1階へ。教室棟と異なり、職員室や様々な特別教室が入るこの棟は、床がフローリングになっている。そのため、リノニウムより暖かみがあって、歩いた感じも何となく柔らかい。足に優しい床である。
「すいませーん」
上履きはどこかなと商品を見ていると、
『上履き・体操服等の備品は、直接職員にお尋ねください』
とのこと。お菓子を陳列している最中だった購買のおばちゃんに聞いてみる。
「すいませーん」
「はーい!なんでしょう?」
「上履きって、ありますか?」
「はいはい!何色?サイズは?」
「えっと、青のSです!」
「ちょっと待っててくださいね!ってあなた裸足じゃない!待っててね!」
ダイレクトに指摘されると恥ずかしくなるもので、足をもじもじさせながら待っていると、おばちゃんが申し訳なさそうに戻ってきた。
「ごめんなさいね、新年度だからけっこう売れちゃって、青だけ全サイズ売り切れてるのよ」
ががーん。なんと。売り切れとな。
「そ、そうなんですか!?」
「次の入荷が1週間後なんだけれど、だいじょうぶ?」
それを聞いて、私は即座にドキドキしてきた。この先1週間、上履きのない生活が決まった。1週間ずっと、裸足生活・・・!昂ぶる!!
「はい、なんとか、がんばります・・・!」
「ごめんなさいね!来週の月曜日には届くから!1足確保しとくわね」
「ありがとうございます!」
そのまま何も買わないのはもったいないので、無くなりかけていたシャープペンシルの芯とチョコレートを買って、裸足のまま教室へ。特別教室棟の階段を3階まで上がり、渡り廊下を通る。途中で何人かの先生とすれ違ったけれど、無事に裸足については何も言われなかった。私の足元への視線をかなり感じたけれど・・・!
「あ、つぐ、おはよー」
教室に入ると、さっそくつばめちゃんがやってくる。足元を見て驚いた様子で、
「あれ?上履きまた忘れたの??」
「ううん、そうじゃなくってねー」
それから、昨日から先程のことまで詳細に話してしまうと、
「まじか、品切れってあるんだね・・・」
「来週の月曜日まで、ずっと裸足確定だよー」
そう言って、足を机の前の方にぐいと伸ばす。足の指をくねくね。道中で付いていたらしい大きめのホコリがふわっと床に落ちた。ちなみに、周りを見渡してみると、まだその時期には早いのか、女子は私以外みんな長そでのセーラー服、男子は学ランを着ている人もいる。暑くないのかな・・・?
「大丈夫?うちにもう一足上履きあるから、貸そうか?ちょっとくたびれてるけど・・・」
「ほんと?どうしようかなあ」
「でも、つぐ、どうせ裸足で履くんでしょ?」
「もちろん!」
「そうだなあ。・・・わたしのあげるから、新しく買う上履きを、わたしにちょうだい!」
「え、それって私なんかソンじゃない!?」
「そう?」
「そうだよお。だったら、今週は裸足でがんばるよ!」
「とか言って、内心、うれしいんじゃない?」
「えへへ、うん、うれしい」
今日は新学期始まって2日目の火曜日。今日も含め、金曜日まで毎日裸足というのは経験がなく、心配な反面、とても楽しみだった。ホームルームが始まって一度足の裏を確認すると、やはり灰色に汚れがついていた。
英語のテストを終え、2限目はまたホームルーム。席替えをして、1学期の委員を決める。ちなみに、私は去年1年間、保健委員を務めていた。仕事内容はそんなにハードではないし、体育祭や水泳大会とかで活躍できるので、今年もやるつもりだ。席替えの結果、私は廊下側の列の後ろから2番目。偶然にも、隣は掃除で一緒だった小鳩ちゃんだった。
「よろしくね、つぐみちゃん」
「こちらこそ!」
小鳩ちゃんは、机の下に視線を向けると、心配そうな表情で、
「・・・上履き、今日も忘れたの?」
「ううん、捨てられちゃったらしくて、新しいの買おうとしたら、売り切れでさー」
「わあ、災難だったね」
やはり裸足は目立つらしく、いろいろなクラスメイトから心配されてしまった。裸足は気持ちいいけれど、何回も説明しなきゃなのは面倒だな。
委員会決めはつつがなく行われ、学級委員の二人が決まり、各委員会が決められていった。保健委員は最初3人が立候補したが、じゃんけんの結果、私ともう一人に決まった。2年目の保健委員、がんばるぞ!
ホームルームの後は2つ授業を教室で受け、昼食タイム。自分の席でお弁当を出していると、つばめちゃんがやってきた。
「つぐー、一緒に食べよー」
「んー」
ふと隣を見ると、小鳩ちゃんは一人、お弁当を食べようとしていた。
「小鳩ちゃん、よかったら、机くっつけて一緒に食べない?」
私がそう提案すると、少し驚いた表情を見せながらも、安心したような表情で、
「ありがとう・・・」
そういって、机をこちらに向けた。3人でのランチだ。小鳩ちゃんの話によると、1年生の時は仲の良かった友達がいたが、みんなとは別のクラスになってしまったらしい。
「それはかわいそう・・・先生も、もっと考えてクラス替えしてほしいよね!」
「うん。みんな元気にしてるかなあ」
それから、1年生の時の話をしていると、昼休みはあっという間に終わり、掃除の時間。大掃除と同じ、廊下掃除へ。廊下の掃除用具入れからモップを取り出し、ゴミを集める。多くの生徒が行き交う中、裸足で掃除するのはもちろん私だけ。上履きも靴下も履いていないのは、学校中探しても私だけではないだろうか・・・。廊下を何度か往復して、端っこにゴミを集める。昨日の大掃除でも集めたばかりなのに、たった一日で砂やほこりがこんもり。こんなにゴミが落ちてるとこを裸足で歩いてるんだと思うと、改めてドキドキしてしまう。このこんもりに足を突っ込みたい衝動もあるが、他の人の目もあるのでぐっとこらえて、小鳩ちゃんの持ってきてくれたちりとりに集める。
掃除が終わり、残り2つの授業を受けて、放課後。今日は部活の集まりがあるので、水泳部部室へ行かねばならない。部室は体育館の横にある、プール棟の2階。体育館まで行き、体育館の外階段を2階へ上がる。ここもグラウンドからの砂がすごく、足の裏はざらざら。登りきったところで、周りに誰もいなかったので、右足をまげて足の裏を確認する。昨日よりも真っ黒に、地面についていた部分は汚れていた。土踏まずはまだ肌色が残っており、そのコントラストにドキドキする。こんなに足裏を汚しちゃった。ドキドキ・・・!
プール棟2階までの外通路も、あまり(というか、全く?)掃除していないせいか、ざらざら感がすごい。そんな感触に昂ぶりながらも、ペタペタと歩を進め、部室へ入る。女子の水泳部は2,3年生で10人。去年は団体戦で地区大会優勝、個人戦では先輩が地区大会優勝、私は3位入賞という結果だった。人数の割にはかなりの強豪だといわれている。
「お疲れ様です!」
水泳部は男女で分かれて部活動をしていて、女子の水泳部室は、ミーティングを行う机といすが並ぶ部屋と、ロッカーの並ぶ更衣室の二つに分かれている。今日はとりあえず、明日に控えた部活動紹介に向けて、内容を詰めていくことになっていた。
「おつかれー。まだみんな集まってないから、菓子でもたべててよ」
「ありがとうございます!」
そこにいたのは、部長と、早くから集まっていた部員たち。まだ2年生5人しか揃っていない。
「つぐ、おつかれー。なんで裸足?まだ夏じゃないよ?」
「ちょっといろいろあってさー・・・」
「そっかー。まあ、つぐの裸足はもう日常だもんね」
「確かに!半そでも、違和感ないねー、つぐちゃんは」
「みんな、逆に長そでって暑くないの??」
そんな話をしつつ、机の上のお菓子をつまんでいると、先輩たちもやってきて、ミーティングが始まった。
つづく