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高田つぐみのひみつ  作者: 車男
1/7

つぐみの始業式

 「つぐー?朝よー?時間大丈夫?」

階下で私を呼ぶ声がする。うーん、うるさいなあ。せっかくいい気分で寝てるのに・・・。

「つぐ!今日から始業式でしょ!遅刻するわよ!」

布団ががばっとはがさせる。急に冷たい空気に触れて、私はちぢこまりながら片目を開け、枕もとのスマホを起動した。表示された時刻は・・・8時!?

「うっそ!?遅刻遅刻!」

「やっとおきた・・・。ご飯は準備してあるからね!」

「ありがとう、ママ!」

すぐさま、部屋にかけてある半そでのセーラー服に身を包み、カーデガンを羽織る。まだ長袖の時期だけれど、暑がりな私は新学期から半そでで行くと決めていた。朝方は寒いから、それにカーデガンを着ていく。スカートを履き、肩まであるやや茶色がかった髪をポニテに整え、靴下は履かないまま、素足で階段を下り、歯磨き、洗顔。カバンをもって、テーブルに準備してあった小倉トーストをパクパク食べ、準備完了。素足を通学用のスニーカーに突っ込む。

「いってきます!」

「行ってらっしゃい!飛ばしすぎて事故らないでね!」

「きをつけるー!」

 玄関まで見送りに来てくれたママは、私が靴下を履いていないことには何も言わない。私の家ではもはやそれが日常になっている。玄関前の自転車に飛び乗り、ペダルをグッと踏み込む。靴底から素足を通して、ペダルの感覚が伝わってくる。

 いつもはこんなにあせあせしながらの朝ではないのだが、春休み明けだったからか、最近暖かくなったからか、寝坊してしまった。今日は授業や部活の練習はないはずだけれど、何か忘れ物してないかな・・・?

学校までは、家から自転車で10分ほど。途中立ち漕ぎを挟みつつ、日に日に強くなる日差しを受けながら自転車を走らせる。途中の信号待ちで、早くもカーデガンを脱ぎ、カバンに突っ込み、半そでに。学校まではいつもより短い時間で着いた。だいたい8分くらいか。新記録だ。

 事前に聞いていた、満開の桜の下にある2年生用の自転車置き場に自転車を置くと、始業の予冷が鳴り響きだした。残り3分で、校舎4階の教室へ行かねばならない。まだ靴箱は1年生の場所のままで、そこは自転車置き場から校舎の反対側。今からそこへ靴を履き替えに向かっていては、ほぼ確実にアウト。そう考えた私は、自転車置き場の目の前にある靴箱へ向かった。ここは主に新しい1年生が使う靴箱のようだ。遅刻すれすれの1年生がちらほらと、急ぎ足で靴を真新しい上履きに履き替えて、校舎に入っていく。私の上履きは向こう側の靴箱にあるので、ちょっと恥ずかしいけれど、ここで靴を脱ぎ、裸足で教室まで向かうことにする。

 いつもよりハードな登校だったためか、素足に汗をかき、スニーカーがくっついてなかなか脱げない。無理矢理足を引っこ抜くと、むわっとした素足に、春の風が心地いい。そのままもう片方のスニーカーも脱ぐと、裸足をすのこにのせる。グラウンドから飛んできたのか、砂のざらざらを足裏に感じる。このまま教室まで行くとなると、かなり汚れちゃうかもだけど仕方ない。遅刻するよりはそっちの方がましだ。それに、私は裸足になった途端、それまでの鼓動からさらに早まっているのを感じていた。このまま裸足で教室まで行かねばならない。足の裏も汚れちゃうだろう。それってすごく、ドキドキ・・・!

 スニーカーを手に持ち、裸足で学校の廊下へ向かう。生徒はみんな教室に入ったのか、廊下に人の姿はない。リノニウムの床と、汗をかいた私の足との間で起こる、ペタ、ペタという足音が妙に大きく響く。すのこのようなざらざらはないけれど、廊下は細かなホコリや砂が落ちているようで、それが足裏にくっつく感触がある。階段を上り、教室までの廊下で、私のドキドキはかなり高まっていた。これから、みんなが上履きを履いている教室に、私だけ裸足で入るのだ。ドキドキ・・・!

 ペタペタと歩を進め、ようやくたどり着いた教室。まだ先生は来ていないのか、教室内はざわざわしていた。おそらく黒板に新しいクラスが書かれてあり、朝のホームルームが終わった段階でクラス移動、ということになる。私は恐る恐る扉を開くと、

「あ、やっときた!つぐー!おそいよー!」

「ごめん、ちょっと寝坊しちゃって!」

駆け寄ってきたのは、このクラスの中で私が一番仲のいい、つばめちゃん。

「あいかわらずだなあ、ねね、聞いて!つぐとわたし、同じクラスだよ!」

「え、ほんと!?」

「うん!きてきて!」

そう言って、私の手を引いて黒板の方へ向かうつばめちゃん。どうやらそっちに気が行っていて、私が裸足であることにはまだ気づいていないらしい。

「ほら!」

「わあ!すごくうれしい!やったあ」

「また1年、よろしくね!」

裸足のまま、黒板の前に立つ私。振り向くと、すでに席に着いた何人かが、私たちの方を向いている。彼らから見ると、私の足元は丸見えなはず・・・。つばめちゃんとはいったん離れて、窓際の一番後ろの席に着くと、前の席の男子、タカが振り向いて、あきれたように、

「おっす、つぐ、なんで裸足なん?」

と聞いてきた。別に隠すようなことはないので、ここまでの経緯をそのまま話す。

「ばっかだなあ。2年になったら靴下履くんかなって思ってたけど」

「まさかあ。私のキャラ崩壊だよ、それじゃあ」

「なんだよ、それ、いみわかんない」

そんな話をしていると、担任の先生が入ってきて、今日の流れを説明し始めた。今日は今から各自新しいクラスへ行き、そこで春休みの課題を提出する。その後、体育館へ移動して、始業式、帰ってきて大掃除、ホームルームをして、春休み開けのテストを受けて、放課。課題は終わらせたけれど、テスト、大丈夫かな・・・。話を聞きながら、椅子の下から足の裏を出して確認してみる。靴箱から教室までしか歩いていないけれど、休み中掃除ができていなかったからか、足の裏はすでに灰色に砂やほこりが付いて汚れていた。久々の体験に、高まる気持ちを抑えつつ、教室移動。2年生の教室は1階下の、3階。新しいクラスは、2年4組だった。つばめちゃんだけでなく、1年のころ仲の良かった女の子や、さっきのタカも一緒だ。とりあえず出席番号順に座ると、私は窓から2列目の一番後ろの席になった。左右は2年生で初めて会った子、前は同じクラスだった子だ。

 担任の先生は、30歳くらいの、そこそこ若い男の人だった。担当教科は化学らしい。どうやら噂によると、校則には寛容で、何事も見つからなければOK、というスタンスらしい。よかった。靴下を強制的に履かされる心配はなさそうだ。去年の担任の先生はそこそこうるさい人で、私の素足登校が始まってから何度か呼び出されたことがある。けれど、何度かにわたる攻防の末、私が素足登校をしても、何も言われなくなった。

 厳密にいうと、靴下や上履きを履かずに過ごすことは、校則違反ではない。生徒手帳に書いてあるのは、

『靴下を着用する際は、紺もしくは白のハイソックスとする。状況に応じてストッキングの着用も認める。ただし、色はベージュもしくは黒とする』

『上履きを着用する際は、学校指定のもので、色は学年色とする。自身の氏名以外の落書きをしてはいけない』

と書いてあるだけだ。『靴下を履かなければならない』『上場きを着用しなければならない』という書き方ではないので、裸足で過ごしても、素足で上履きを履いても、校則違反にはならないのだ。去年の担任の先生はここを強く主張することで私が靴下を履かなければならない事態にならなかった。

 先生は気にしなかったようだけれど、初めて同じクラスになった子は気になるようで、上履きを取りに行く暇もなく、ホームルーム後、そのまま裸足で体育館に向かおうとすると、隣の席の子に話しかけられてしまった。背は私と同じくらい(150㎝?)の、ショートヘアのかわいい女の子だ。家庭科部かな。そんなイメージ。

「ね、ねえ、上履き、どうしたの?」

その子はややためらいがちに聞いてきた。かなり心配してくれているようで、好きでしてることだけに、心がいたい。

「あ、上履き、下に置いてきちゃったんだ。今朝急いでてさ」

「そ、そうなんだ・・・」

その子はほっとしたように表情を緩め、なおも足元に視線を注いでいる。

「心配してくれてありがとね。えっと、名前は・・・」

「あ、私、1年3組だった神田ことり。よろくね。えっと・・・」

「ことりちゃん、ね!私は、5組の高田つぐみだよ」

「つぐみちゃん・・・。あ!」

「おうっ、どしたの?」

ことりちゃんは何かを思いだように声を上げた。

「もしかして、水泳部の裸足のマーメイドさん??」

「えへへ、実は、そうなんだ」

「わあ!やっぱり!本当にいたんだ!」

『裸足のマーメイド』とは、恥ずかしながら、私につけられた名前だ。1年生の女子のウワサ話で、水泳部の部室から、素足に制服姿で出てきて、そのままスニーカーを履いて帰る姿から、そんな名前が付いたらしい。『靴下を履かなければならない』という校則はないけれど、通常の、生徒の靴下着用率はほぼ100%。そんななかでほぼ毎日素足の生徒はやはり目立つらしい。別に目立とうと思ってるわけではないし、『マーメイド』の名前のように、泳ぎがとてもうまいというわけでもない。誰が付けた名前なのか、私もはっきりはわからないのだが、認知度だけはあるらしい。

「私も一度、帰るときに姿を見たんだけど・・・。知り合いになれてうれしい!」

「有名人ってわけじゃないんだけど・・・。ま、とりあえず、よろしくね!」

「うん、よろしく!」

私たちが話し込んでいると、廊下の方から

「つぐー、早くいくよ!」

「あ、うん!ことりちゃんも、いこ!」

「あれ?つぐ、もう友達できたの?」

「うん、ことりちゃん、だよ」

「わあ、かわいい名前!わたし、つぐの1年のころからの友達、上野つばめです。よろしくね!」

「神田ことりです!よろしく!」

裸足の生徒は珍しい分、距離を置かれないか心配はちょっとあったけれど、新しい友達もできてよかった。ほっと息をつきながら、裸足でペタペタと体育館を目指す。上履き、いつ取りに行こうかな?


つづく

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