錬金術師、婚約を破棄される
最後に少しだけ追記しました。
「セシル・ハウエル!お前との婚約を破棄する!!」
お決まりのセリフで始まる婚約破棄。
ごく普通の学園卒業生の祝いの会場。
婚約者と違うパートナーを連れての入場。
一見すると良く話にある婚約破棄。
ですが、普通の婚約破棄と違うところがありました。
それは、婚約破棄をされた私ことセシルはハウエル公爵家の一人息子で、婚約破棄した方が第一王女のクリスだったのです。
ただこの婚約、第一王女程度の一存で覆せるものでは無いのですが、その辺りを判っているのでしょうか?
「婚約自体は王家と公爵家が正式に結んだもの。クリス殿の一存で破棄できない物であると思いましたが?」
「私がそう決めたのだから問題ないわ。わたしは真実の愛を見つけたのよ!」
どうやらクリスの一存の様だ。
“真実の愛”、ここまでテンプレートな展開だと笑ってしまいますが……。
「彼、マリオンはあなたと同じ様に錬金術の心得がありますが、気さくで親切で人格者よ。」
私のやっている事は怪しげな錬金術ではなく化学なのですが、クリス王女にはと言うよりこの世界では理解できない様です。
それに、マリオン・キャンベル、キャンベル侯爵の次男でしたか。婚約者のいる相手をエスコートする時点でその者が人格者とは言えないでしょう。
「それに彼と違ってあなたからは研究所とやらと同じ変な臭いがします。近寄るだけで目が痛くなりそうですわ。」
そう言えば、クリス王女は初めて会った時から変な臭いと言っていました。
変な臭いと言うのは、この国の為になる研究の結果だと知っているはずなのですが?
「貴方のような人が私の王都にいること自体我慢なりません。その様な訳であなたは王都から出て生きなさい。ここに通行書も用意させました。」
クリス王女は私に通行書を投げつけます。紙だから痛くありませんけど・・・・・・。
私は通行書を拾うとその中身を確認しましす。
必要な魔力印もちゃんとある正式な通行書の様に見えますね。彼女にしてはずいぶんと手回しが良いことです。
王女の隣ではマリオンが勝ち誇ったような顔をしてこちらを見ていました。通行書を手に入れたのもマリオンなのでしょう。やはり、この人物が人格者と言うのは語弊があるような気がします。
「判りました。ではしばらく公爵領へ戻ります。」
「しばらくではなく、永遠にね。」
これ以上この場所にいても不愉快な気分になるだけだし、意味はありません。とりあえず、王都を離れるのも良い考えかもしれない。
流石に王都を離れて一月もすれば何らかの動きはあるでしょう。私の家は公爵と言っても全員が王都に住んでいるわけではありません。ハウエル家も自分の領地に住居を構えそこに住んでいます。
嫌そうにこちらを見る二人を尻目に会場を後にしました。部屋に戻って故郷に帰る用意をするつもりです。
と言っても、私物は少ないので準備はすぐ済みます。
問題は私の研究室、実験機器の中にはあまり触ってほしくないものもあります。扉に頑丈な鍵をかけておけばいいでしょう。鍵のスペアは国王に渡すように手配しておきます。当然王女には内密に・・・・・・。
翌日、そのハウエル公爵領へ向けて出発しました。公爵領までは五日ほどの旅です。
流石に道中、盗賊や魔獣に襲われる可能性がある為、冒険者たちを護衛といっしょです。他にはハウエル侯爵領へ行く商人達もついてきます。
移動の集団は大きい方が盗賊に襲われない為、全く問題ありません。後は魔獣ですが、これだけ大きな集団なら対処は可能でしょう。
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そして三日後の王都。
セシルの研究所の前にクリス王女とマリオンが何人かの兵を引き連れ現れた。
「まったく、目が痛くなるような臭いですわ。本当にこの研究所にあるのでしょうか?」
「間違いなくこの研究所に画期的な装置があるはずです。宰相への報告書にそう書かれていましたから。その装置を私が作った事にすれば、陛下もあなたとの婚約を認めてくれるはずです。」
「確かにそうですが、研究成果を盗まれたとセシルが知った場合、問題になりませんか?」
「大丈夫です。すでに手は打ってあります。」
そうクリス王女に話すとマリオンは野望に満ちた微笑みを浮かべ頷いた。
そのマリオンに兵士が研究所について報告をする。
「マリオン様。扉に鍵がかけられているようで開けることが出来ません。魔法での開錠も通じません。」
「ちっ!用心深い奴だ。構わない、呪文でぶち破れ。多少壊しても問題はない。」
「はっ!了解しました。手練れの魔導士に扉の破壊を試みます。」
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私の頭の中には今、この世界に生まれてからの事が走馬灯の様に浮かび上がってきます。
目の前には屋敷ぐらいはある巨大な魔獣、所謂ドラゴンが陣取っていました。二百メートルぐらい向こうにいるのにその姿はハッキリと見えます。
この世界に転生してこの方、あまりドラゴンに会う機会はありませんでした。
私は転生前、地球と言う星の日本と言う国に生まれた私は化学工学技士でした。
(ちなみに化学工学と言うのは化学製品をどうやって作るのかを学ぶ学問です。)
化学工学技士である私は化学メーカの一つ、帝国セルロイド、通称”テイセル”に勤めていました。
ある時、化学プラントの爆発を止めるために行ったことが元で死んでしまったのです。
爆発事故を止めた功績もあったのか、私は通称”神様”に前世の記憶を持ったまま異世界へ転生させてもらうことが出来ました。
当初は元の世界である”地球”との違いに悩まされましたが、研究の甲斐もあって様々な装置を作ることに成功しました。
その一つが王都の研究所に作った”空気からパンを作る装置”、ハーバー・ボッシュ法を利用したアンモニア製造プラントです。
このプラントが出来上がった事により窒素肥料を製品化する目途がついたとも言えます。
そしてアンモニアからは別の物も作ることが出来ます。その成果から作り出したのが……。
「セシル様それはいったい何ですか?」
居合せた商人は私が持つものを指さしました。
私が持っているのは黒い筒状の物に取手が付いており、筒の先には双円錐の物が付く。そして筒の後ろにはラッパ状の物が付いていた。
「これですか?これは”ロケットランチャー”と言う物ですよ。」
そう言って私はドラゴンに対してロケットランチャーを構えました。
このロケットランチャーを作ることが出来たのは、化学プラントで過塩素酸アンモニウムを作ることが出来たおかげです。
「危ないから後ろには絶対立たないでね。立つと死ぬよ?」
死ぬと聞いたのか、私の周りから人がさっと離れます。
ドラゴンは今にも食いつかんばかりに大きな口を開けてこちらを威嚇してきました。
私はその大きく開かれた口に目掛けロケットランチャーの引き金を引きました。
空が割れる様な轟音とともに弾頭が射出され、目が痛くなる程のまぶしい閃光を上げドラゴンの口に飛び込むのが見えます。
しばらくすると何かが弾ける様な轟音とともに強烈な閃光が辺りを照らしました。
閃光が消え、周囲の様子が見えるようになった時、頭のないドラゴンがゆっくりと倒れるところが目に映ります。
弾頭に使った爆薬は少量でもかなりの威力が出る様です。
ロケットランチャーに使った爆薬の残りは研究所においてあるので厳重に保管されているはず、何の心配もないでしょう。
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某月某日、王都新聞より
<王立研究所で大爆発!研究所は全て吹き飛びその場所には大穴が!!>
<爆発時に何名か現場にいた模様。>
<生き残った兵士数名から事情をうかがう予定だが、全身大やけどの為、回復を待ってから事情聴取の予定。>
<何故、兵士が王立研究所にいたのか?>
<兵士は身分の高い貴族に雇われた模様。>
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王宮内で慌ただしく人が行き来していた。
その中で国王であるロメオは部下からの報告に頭を悩ませていました。王都で起きた爆発事故の現場に第一王女であるクリス王女が居たとの情報がもたらされたのです。
その王女と一緒に居たのが婚約者であるセシルであるなら問題は無かったのですが、婚約者ではないキャンベル侯爵の次男と一緒にいたとの報告でした。
「やれやれ、この事は宰相のブライトと相談してよく考えねばならない。処理を誤ると王国の衰退にもつながりかねないからな。」
国王であるロメオはセシルのやっていた研究の内容を知っていたのです。ロメオはセシルの報告書から王国の農作物の生産量が格段に増える事は予想できました。
(全く、クリスの愚か者め!余計な事をしおって。何のためにハウエル公爵家と縁組したと思うのだ!何とか無かったことに・・・・・・無かったこと……ん?まてよ・・・・・・そうか!無かったことにするのだ!)
ロミオ国王は宰相のブライトを呼び出すとこう告げました。
「宰相、研究所の爆発事故に第一王女が巻き込まれたと言う話だが、第一王女のアメリアは王宮にいることが確認されている。報告は誤りであるから全ての書類を訂正する様に。いいね?」