ノスタルギッシュ
じつは、三ヶ月前から気になっている人がいる。
ツイッターでよくみる人だけれど、接点はない。
この人はどうも高校の社会科の教師らしい。レンちゃんという名前のコーギーを飼っていて、お手製おつまみの写真をよくアップしている。
わたしがその人を知ったのは、彼がスプラトゥーン友達のアプちゃんのフォロワーだから。ゲームが趣味のわたしは、同じようにゲームが好きな人たちとフォローし合って、連日スコアを競ったり情報を交換しあったりしているのだ。アプちゃんは優秀なスプラトゥーンプレイヤーで、よくフォロワーのみんなに個別でアドバイスをくれる。彼女の膨大なフォロワーは基本的にゲーム関連のひとたちばかりだから、その人とのやりとりはすこし際立って見えた。
お兄さんとおじさんのあいのこの年齢と思われるその人は、いつもなんだか楽しそうに見える。
この間は、テストの採点つらいよ〜というボヤきが、なぜか床に置かれたストロングゼロと皿に盛られたドッグフードの写真とともにツイートしてあった。「なんでその写真!?」というアプちゃんのリプライには、「ドッグフードは酒に合うんだぜ ぽりぽり」という返信がくっついていた。素直にかわいいと思った。
その人とわたしの関係が変化したのは、夏の暑い日の夜だった。汗をかいたストロングゼロレモンは、あの人のことをちらと思い浮かべながら夕飯の買い物のときいっしょに買ってきたまま。机の上に放置されていた。あの人のツイッターをチェックする。
「大学のときの彼女と別れてきょうで三年目。元気してるかな、アイツ。バンドにうつつ抜かしてかまってくれないって言って、ベンチャー?とかなんとかのジジイと浮気してたんだよな。俺はまだアイツのこと好きなのにな」
「え、よーじさんって今フリーなの」アプちゃんのリプライが続いている。
あれ、と思った。もしかして、と思った。でもやっぱり違うよな、と思って、ストロングゼロのプルタブを押す。ぷしゅっという音がして、レモンの匂いが部屋に広がる。口の中に申し訳程度にうすく流し込んで、すぐに缶を置く。缶よりわたしの方が汗かいてるや。
そのとき「よーじ」さんのアプちゃんへのリプライがタイムラインに流れ込んできた。
「まあね…俺バンドマンだったからね、当時。まあ仕方ないよね笑 でも忘れられねえんだよなあ。 一ヶ月前のあいつの誕生日に、三連のペアリングあげたんだよ。俺、それをまだだいじ〜にして取って置いてるわけ笑」
すぐさまアクセサリーボックスに飛びついた。その隅っこのほう、埃だまりのそばに、細い金色の三連リングはあった。ひとつは誕生石のルビーを模した赤い石が付いていて、もう一つはうねうねしている。最後のは…あの人のイニシャルが彫ってある。
Yの字が一瞬キラッと光ったように見えた。
「ふーん、意外。ねえ、わたし、実はよーじさんのこと結構好きだよ⁈うちが高校のときからね笑」
あーあ、無邪気なひとはうらやましい。
「うーん、ありがとな!でもお前まだ未成年だろ笑 危ういことさせんな笑」
なんだなんだ、好きなら付き合ってしまえ。
わたしだって、べつに浮気してたわけじゃないからね。
なんだか、行き場のない怒りがふつふつとこみ上げてくる。
とっさの出来事だった。
「くそが」
指が自然に動いて、送信ボタンを押していた。
あのあと、あの人からリプライが来たかもしれないし、来なかったかもしれない。ともかく、すぐにツイッターはアンインストールして、ラインもブロックした。
何もなかったし、今も何もない。クソみたいなベンチャー企業で残業三昧のまいにち。
ただそこには思い出が、ノスタルギーが、それでもあった気がする。