競技大会2/2 それと神話
その後も順調に勝ち進んでいき、別ブロックで華々しい勝利を納めていたルシノとは、決勝戦で当たることになった。
『さあ、いよいよ決勝戦の時間だぁ! レースを始める前に、決勝戦に駒を進めた二人を紹介しておこう! まずはこの少年! 圧倒的な速さで他を寄せ付けずに勝ち進んできた超新星、アラシ! そして同じく初出場ながら、恐るべき実力を見せ続ける少女、ルシノ!』
今までは四人同時に走っていたが、別ブロックの一位同士で優勝を争うという特性上、決勝戦は二人だけで行うらしい。
『泣いても笑ってもここで勝った方が短距離部門を制したことになります! 観客の皆様はどちらを応援しているのでしょうか! 超人ゼドランツを破った少年アラシか! それとも懸命な走りで男だらけのむさ苦しい大会に華を添えてくれているルシノかぁ! 可憐な少女をひっそりと応援しているおじさまたちも多いのではないでしょうか!?』
熱血実況者が『ちなみに私もその一人です』なんて言って会場から大きな笑いが起こった。そんな騒がしい会場の中であって、控え室は信じられないほど穏やかな空気が流れていた。短距離走部門の参加者は俺たち以外敗退し、控え室には俺とルシノだけ。二人きりで誰にも邪魔されない時間を過ごしていた。
慣れない雰囲気に緊張していたが、俺は無理矢理に口を開いた。
「とうとう決勝だな」
「なんか感慨深いよね」
そんな俺に反して、ルシノはリラックスしているように見える。
「ほんと、初めて会った時から色んなことがあったよね」
「……まあな」
プリトン牧場の後もいくつか仕事を受けて、彼女と様々な体験をしたのを思い出す。
「正直、森で初めて会った時は印象最悪だったけどね」
「はあ? なんでだよ」
「お金をむしり取ろうとする人を信頼すると思う?」
痛いところを突かれ、うめいた。
「そ、それを言うならルシノだってバリトンを平気でいなしてたじゃないかよ。あんな奴信用できるかよ」
「そりゃ私にだって私なりの目的があるの。そのために君たちの善意を踏みにじっている部分もあるしね。どうしてもっていうなら答えるけど……」
彼女が少しだけ悲しそうな顔をするものだから、俺は反射的に口走った。
「いいよ。聞かないでおくよ」
「聞かないでくれるんだ、優しいね?」
初めて見せた彼女の自然な微笑みに、俺は何も言えなくなっていた。ちょうど沈黙が降りようかというタイミングで、係員が控え室に入ってくる。
「アラシ選手! ルシノ選手! そろそろ出走準備の方をお願いします!」
「あっはい。それじゃ行こうか」
俺の心理などお見通しとでも言いたげな彼女にうながされ、返事に窮した俺は口をもごもごさせた。
会場に立つと、地を揺らすような盛大な歓声が聞こえていた。観客の誰もが熱狂したように叫び、その声がひとかたまりとなって俺のもとに押し寄せていた。
出走位置に立ち、ルシノと目配せしたあと、係員の合図に合わせて俺たちは走り出す。
砂が舞い、汗が飛び散る。風を感じ、駆け抜ける。肩を並べて走るというのがこれほど心地よいとは思わなかった。彼女の息づかいが手に取るようにわかる気がした。俺はルシノと重なり合うような、一つになるような、そんな不思議な体験をしていた。
レース後、ルシノは二位に落ち着いたというのに、ちっとも悔しさを見せなかった。俺に握手を求めた時の彼女の、眼からとげとげしさがなくなった心からの爽やかな笑顔は、生涯忘れることはないだろう。
――――
平場の短距離部門が終了し、他の障害物部門などが終わるのを観客席で待つことにした。俺たちは観客席に移動したあとも二人で話をしていた。
おそらく俺は恋愛感情に限りなく近いものを抱いている。ばかな男の思い込みとかでなければ、ルシノも悪くは思っていないような気がした。
そんなわけで今までは四人で話していたのが、俺とルシノ、ダンテとケインの組み合わせで喋っていた。そんな状況が不満だったのか、ケインが舌を打った。
「あいつらいい雰囲気になりやがって」
「うむ」
「こっちは男二人でむさっ苦しいってのに」
「うむ」
あまりにも聞こえみよがしに喋るので、ちらりと様子をうかがうとケインは露骨に肩を落としていた。しばらくそんな調子だったが、彼はふと閃いたとばかりに声を明るくした。
「……それじゃ俺たちは俺たちで」
「……うむ」
彼が肩を寄せると、なぜかダンテがしおらしい顔になった。
「……ダンテ」
「ケイン……」
「ダァンテェ……」
「ケェイィン……」
あまりにも切なそうな声で猫なで声を上げるものだから、俺は思わず「おええ」とうめいた。ルシノも同じ反応をしたが、後ろの席に座っていた妙齢のお姉さまはなぜか口元に手を当てて目を輝かせていた。
そんな周囲の反応をよそに、二人のやり取りには熱がこもっていく。
「デュワァンテュエ!」
「ンン!ケウィーーン!」
「ダダンダンダダン!!」
「キュイーーーン!!」
もはや人とは思えない会話の中でさらにヒートアップしていき、とうとう服をはだけて取っ組み合いを始めた。すぐ横に座っていた観客は悲鳴をあげ、足をもつれさせながら逃げ出した。半裸でぶつかり合う二人を興味深そうに眺めていた老人はハッとしたように叫んだ。
「あ、あれは幻の島国に伝わる伝統武芸……ス・モーウ!」
そしてしばらくもみ合った後きれいな上手投げを決め、ケインは座席に転がされた。短距離走で予選落ちだった無念を晴らしたダンテは、満足げに腕を組んだ。
「ふん」
「いてて……。取っ組み合いでお前に勝てるわけがないんだよな……」
二人はすっかりいつもの調子に戻っていたが、どう接したらいいものかわからなくなった俺は目をそらしながら言った。
「……気はすんだか?」
「おう。……お? ちょうど大会も終わりみたいだぜ」
四つあるうちの、最後の種目の決勝戦がたった今終了したようだ。半日かけて行われ、多くの観客を熱狂させていた競技大会も、いよいよ終わりを迎えようとしていた。
――――
その後授与式を執り行ったが、開会式を行っていた巫女様が姿をあらわすことはなかった。俺がほのかに期待していた通りにはならず、優勝記念賞状を俺に渡したのはしょぼくれたおっさんだ。おっさんと言ってもれっきとした市長であるが、全てが謎に包まれた巫女様に比べればありがたみなんてない。
俺が一回戦で当たった“超人”ゼドランツは、なんと障害物部門で優勝を飾っていた。最初の方は決勝戦後の疲れで見ることができなかったのだが、観戦した決勝戦でのゼドランツの走りは凄まじいのひとことに尽きた。
障害物競走とは言葉の通りコース上に設置された跳び箱や地面の網をくぐり抜けていく競技なのだが、ゼドランツの場合、跳び箱は破壊するわ網は引きちぎるわでめちゃくちゃな試合だった。途中一緒に走っていた選手を観客席まで吹き飛ばしていた気もするのだが、それはルール的に問題ないのだろうか……。
さて、会場を後にした俺たちは充実感と悪くない額の賞金を握って帰途についたわけだが、その最中俺はルシノにこの国の神話を熱く語っていた。
「ある時、小さな村で平和に暮らしていた人々のもとに邪悪な心を持った巨人が現れた。人々が恐怖におののき、巨人に屈しそうになった時、なんと天より隕石が飛来し、巨人を打ち倒したんだ!
その行いに関わらず人々は戦いの後に禍根があってはならないということで巨人を治療し、その心の温かさに触れた巨人は改心し、邪悪な神の手先が現れた際には“聖なる騎士”と力を合わせて倒してみせたという。
そしてめでたく村の一員と認められた巨人だったが、直後竜が現れ、絶体絶命の危機に陥ってしまう! 巨人は受け入れてくれた村に恩を返すために、巨人にしか持てない“巨人の剣”を使って竜と相打ちになってみせたわだ! 竜に腹を噛みつかせ、首を切り落としたその激闘は後世にまで伝わり…………」
「ふうん。……それで?」ルシノはまるで興味なさげに言った。感涙不可避の神話を聞いてもなお涙一つしないとは、こいつには人の心がないのかもしれない。
「俺もいつか大きな活躍を残して、『ジャスタリトルズの隕石が来たぞ!』と誰もが憧れ、恐れるような存在になりたいということさ!」
「……隕石に憧れてんの?」
なんと無粋なことを言うやつなんだ。俺はやや呆れながらさらに力説した。
「おいおい、格好いいんだぜ、隕石って。その身が焦げ、燃え尽きることになろうとも、敵を打ち砕くために突き進むんだ! 相手がどんなに恐ろしくても決して恐れない! “スピードスターは恐れない”ってね!」
ルシノはほとんどどうでも良さそうに相づちを打った。やはりだめだな。女はロマンというものをわかっていない。俺の非難するような視線を受けた彼女は、仲間を作りたかったのだろう、ダンテに尋ねた。
「ダンテはそういう子供っぽいの興味ないか」
彼女の言い方はまるで俺だけが子供っぽいとでも言いたげだった。それはあまりにも心外なので横から口を挟む。
「ダンテはホーリーナイトだろ」
「……聖なる騎士ってこと? まあわからなくはないけど……」
ダンテは少し恥ずかしそうにした。……なぜダンテには理解を示すのか。
「さっきから思ってたけど、どうしていちいち外国語に変えるの?」
「そっちの方がかっこいいだろ? ちなみにドラゴンを打ち倒した巨人の剣っていうのは、広場にあるあのオブジェクトのことな」
ルシノの疑問にケインが代わりに解説する。それを聞いて彼女は「なるほどね」とつぶやく。
「話を聞く限りケインは巨人ってところでしょ。変なところで詳しいし。どう、当たってる?」
「ふん、全く持って見込みがあまい……」
「じゃあケインはなんだ?」
巨人じゃなければ何だろうといぶかしむルシノに、ケインは自信満々に言い放った。
「ドラゴンだ!」
「もはや人間じゃない!?」
もはや外国語だとかはどうでもよくなったらしい。