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競技大会1/2

 牧場での奮闘から幾日が経ち、とうとう競技大会の開催日を迎えた。この大会を本気で狙っている俺は、ここ数日はギルドからの依頼も受けずにしっかり身体を休め、簡単なトレーニングをして備えていた。


 大会自体はおよそ半年に一回くらいと頻繁に行っているものの毎回会場から人があふれるほどの人気があった。参加者も信じられないほど多く、実力を試すためや付き合いで参加するゆるい人が半分ほどではあるが、本気で優勝を狙っているような腕に覚えのある者もかなり多かった。


 なので競技大会で優勝すれば実質この国の頂点に立ったと言えるのではないだろうか。


 大会は都市の西側にある軍事演習場が会場になっていた。普段は何もないだだっ広いだけの空間なのだが、大会に合わせて受付や参加者用控室、それに特設の観覧席が会場を囲うようにして設けられていた。


「じゃあ本戦頑張れよ。俺たちは観覧席で応援しているからな」

「おう、お前らの分も頑張ってくるよ」


 ケインが俺とルシノの肩を励ますように叩いた。

 参加者の多さゆえ、何日かにわけて行われた事前選考の結果俺とルシノは無事に突破したが、ケインとダンテは結果が振るわずに残念ながら予選敗退だった。

 その後ダンテとも拳を突き合わせ、俺たちは参加者用控室に向かった。


 今日はかなり日差しの強い日であったが、控室だと案内された大きなテントの中は涼しく快適だった。俺たちの他に、参加者であるらしい筋骨隆々ないかにも実力者な男たちがしめて五十人弱はいた。しかも控室用のテントが他にも三つあることを考えるとこの大会の規模がうかがえる。


 ただ今回の大会には障害競走やリレーなどいくつかの種目にわかれているので、参加者全員で優勝を奪い合うということにはならなそうだ。ちなみに俺とルシノは平場を走る短距離走部門でエントリーしている。


 控室のテーブルの上には大皿に乗った料理が何種類も用意されていた。マリネや肉類など多岐にわたり、どれも自由に食べていいらしい。


「このお肉、私たちが担当したプリトンのお肉かな」

 ルシノがそんなことを言うもんだから少しだけ感慨深い気持ちになった。次に彼女はテーブルの上のいくつもの料理を見て目じりを下げた。


「素敵な料理を用意してくれる気遣いはありがたいけど、手を付けるやつは中々いないだろうね。皆大会に向けて調整はすませているだろうし、試合前に身体を重くしてパフォーマンスを落とすのは大ばかものさ」

「え?」


 彼女は既に二皿を平らげ口を、ぱんぱんに膨らませた俺を見て深い深いため息をつく。すると少し離れた席で、俺よりもずっと豪快に食事をしていた大男が豪快に笑った。


「がはは! 譲ちゃんの言い分は最もだがな、うまい飯を前にして食わんやつの方がずっとあほだ! そうは思わんかね?」

「あ、あなたは……?」


 男は服の上からでもわかるほど筋肉でふくれ上がり、間違い無くこの場にいる誰よりも大きかった。気のせいかもしれないが、周りの参加者が遠巻きにしているような気もした。


「ゼドランツだ。試合で当たったらよろしく頼むぞ」

「俺はアラシ。悪いが負ける気はないぜ」


 しばらく待機時間を挟んだあと、俺たちは開会式を執り行うためにフィールドに集められた。会場を囲うようにして建設された仮設の観客席は人で溢れかえっており、まさしく圧巻の一言であった。もしかしてこの都市の人間全てがいるのではないだろうか、そんな錯覚すらした。


 通例だと市長の開会宣言を挟んだあと競技に移るはずだが、なぜか中々始まらなかった。沈黙が続き観衆がざわめき始めた頃、ようやく開会宣言が始まる。しかし聞こえるのは女性の声だったので思わず首をかしげた。確かこの都市の市長は男性だったはずだが……。

 そして宣言が終わって声の主が名乗ると、まだ競技も行われていないというのに歓声が巻き起こった。俺もあまりの驚きについ叫んでしまった。


「宣言、エミリー・ティブ」


 その名はまさしく教会の象徴ともされている巫女様の物あった。表舞台に立つことも少ない彼女がこの大会に参加するとはいったいどういう風の吹き回しだろうか。観客席よりも高い位置にある宣言席を見上げたが、やはり逆光などで顔は見えなかった。

 しかし授賞式で賞状を授与するのは例年なら市長であるので、市長が行うはずの開会宣言を彼女が担当するということは、もしかしたら上手く上位に食い込めば素顔不明の巫女様の顔を拝むことができるのではないだろうか。そう思うとさらにやる気が上がった。


 開会式が終わったあといったん控室に戻る。俺の出番はかなりはじめの方なので、早々に会場に立つことになった。大会はトーナメント戦になっており、同時に四人走り、一位のみが次の試合に行くことができる。この大会では試合を盛り上げるために実況がついており、軽妙なトークに観客も熱がこもっていた。


『さあお待たせしました! 一回戦、二回戦と接戦が続く中、三回戦はいよいよあの男が登場だぁ! 本大会を語る上で決して外せないあの男! “超人ゼドランツ”!』


 そんな実況に会場が今日一で沸き上がった。出走コースの隣には、先ほどテーブルで料理にがっついていたゼドランツがいた。


「さっきぶりだな。あんた超人だなんて呼ばれてんの?」

「がはは! 嬉しいことにな! だが坊主、負けると思って挑むんじゃないぞ! 勝つ気でかかってきなさい!」

「当たり前さ。悪いが、俺は負ける気はないんでね」


 会場はゼドランツ一色だった。俺に期待をする者など誰一人もいなかった。誰一人だ。そんな境地にあって、俺の心は静かに、熱く燃えたぎっていた。


 出走はすぐに行われた。四人が等間隔に並べられ、盛大な太鼓の音に観客が静まり返る。ややあって空を切り裂くようなかん高い笛の音が響き、選手たちが一斉に走り出す。

 別に緊張していたわけではないが、俺は瞬き一つ分走り出すのが遅れてしまった。ほんの一瞬であるが、一瞬を競い合う短距離走においてはそれは致命的であった。もともと期待などしていなかった観客は「あ、あいつは敗退決定だな」そんな感情を抱いたことだろう。


 だがやはり、俺に負ける気などはさらさらなかった。


 他の選手の背中はずいぶん遠い位置にあった。俺はプリトンの主を相手取った時のことを思い出す。俺とプリトンの主。俺と他の選手。それ以外の何も見えなくなり、対象の動きが緩慢になる。その中で俺だけが普通の速度で動ける。そんな世界だ。

 遠かった選手たちの背中がぐんぐん近づいてくる。一人抜き、もう一人抜き、そして全員抜いた。抜き去る瞬間その表情を盗み見るほどの余裕さえあった。


 終わってみれば圧倒的だった。中盤ほどでごぼう抜きしたあと、ありえないほどの差がついていた。


 走り切ったあと、気がつくと会場は静まりかえっていた。ばかばかしくて思わず笑ってしまうほどの走りに誰もがなにも言えなかった。どこか遠くで水の落ちる音さえ聞こえた。


 もしかして走っていた時の感覚の拡張が世界に及び、本当に時が止まってしまったのではなかろうか。とち狂った俺が近くの女性審判に抱きつこうとしていると、誰かの拍手が聞こえた。ケインとダンテだった。その拍手はぱらぱらと波及していき、やがて大雨のような凄まじい拍手になった。


「おめでとうアラシくん! 君は実に素晴らしい足を持っているな!」


 うっすら汗をにじませたゼドランツと固い握手を交わす。興奮さめやらぬ俺は上ずるような声で言った。


「言っただろ、俺は――」


『なんて言うことだ! 超人ゼドランツが破れてしまった! しかし皆さん、どうか安心してほしい! 若きスーパースターの誕生だ!』

「――負ける気はないんでね」


 ゼドランツが豪快に笑い、観客が割れんばかりの大歓声が響いた。

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