かわいいプリトン
「おお、君らが仕事を手伝ってくれる人らか?」
牧場の柵の外側に設置された小屋のそばに、四十代ほどと思われる牧場の管理人がいた。
「今週末ホスピトスで開催される競技大会に備えてプリトンの大量発注がかかってなあ。今日はそのために必要な数だけ馬車の中に詰め込んだほしいわけさ。馬車は入り口に横付けしといたから」
この都市では有力な人材を発掘するために、定期的に競技大会を開催しているのだ。毎回必要とされる能力の異なる競技が行われ、単純な力比べや、王道の剣術大会が行われることもある。今回の競技のテーマはすなわち“足の速さ”であるため、もちろん俺も参加するつもりでいる。
「そういえばプリトンの出荷を担当したことはあるの?」
否定すると牧場長は露骨に不安そうな顔をした。
「……君ら若そうに見えるけど大丈夫なの?」
「……大丈夫とは。プリトンを馬車にぶちこめばいいだけでしょ?」
負けず嫌いなケインがわかりやすく反発する。かなり失礼な態度だったが、牧場長は気にもとめず、コップ一杯ほどの餌を柵の中にばらまいた。途端に方々に散らばっていたプリトンが一瞬で集い、我先にと地面の餌を食らい尽くしてしまった。波のように押し寄せたプリトンの迫力に俺は思わず悲鳴を上げた。
次に牧場長はケインに柵の中に入るように促したが、なぜか彼はすごく嫌がった。牧場長がケインの肩を掴んで柵の中に押し込もうとしたが必死で抵抗してみせた。
「な、なんで嫌がるんだ!?」
牧場長に問われたケインは泣きそうな顔で言った。
「俺をこいつらの餌にするつもりなんでしょう!?」
「違うから!?」
しばらくなだめられ、ケインはようやく柵の中に身を投じた。すると牧場長はプリトンを捕まえてみるように指示した。
「捕まえればいいんですよね? 楽勝でしょ」
ケインは三メートルほど先にいた丸々とした身体に短い足のプリトンに目をつけた。ふごふごと地面の匂いを嗅いでいる、見るからに鈍そうなプリトンに目をつけ、少しも気負わずに駆け寄る。
丸々とした身体に短い足を生やしたプリトンは外見の通りのんびりとした生き物なのか、どたどたと足音を立ててもちらりともしなかった。あと一歩の距離に迫っても、やはり逃げ出す素振りも見せなかった。
そしてケインの手が触れようとした瞬間、プリトンは弾かれたように飛び出した。プリトンが地面を蹴るたびに土がえぐれ、飛散する。慌てて追いすがろうとするケインをぐんぐんと突き放していく。まさにあっという間の出来事だった。
「う、うそだろ。なんだあのスピード……」思わず俺はひとりごちた。丸々とした身体に短い足、外見からは想像できない脚力だった。ケインはいつのまにか俺たちのところまで戻ってきていた。
「本当に任せて大丈夫なんだね?」
「もちろん任された以上やりきってみせますよ」
ケインが自信満々に言い切ってみせた。その自信にいったいどんな根拠があるのな小一時間問い詰めてやりたい。思わず「お前今だめだめだったじゃん」と口をつきそうになったが、空気が読める俺はすんでのところで飲み込んだ。
「ケイン君、だめだめだったじゃん……」
ルシノが言った。
「今のを見てわかったと思うがな、正面から突撃されたらひとたまりもないぞ。以前君たちよりもずっと大きいギルド員が、プリトンに弾き飛ばされて病院行きになったこともある」
「ほ、他の人はどうやってたんですか? やっぱり人海戦術しかないんですかね?」
不安を隠せない俺の言葉に牧場長が「安心してくれ」と言った。
「プリトンは尻尾の付け根が性感帯になっていてな。そこを触られると途端に大人しくなるんだ。言うことも少しだけ聞くようになるから、その状態にして馬車まで誘導すればいい」
となるとやっぱり足音を殺して忍び寄るしかないのだろうか。
「なるほどねえ……」
ルシノがつぶやいた。彼女は顎に手を当て一人納得した様子だ。
「なにがなるほどなんだよ。今の見てただろ? この仕事、もしかしたら夜までかかるかもしれないぞ」
思わず声を荒げると、ルシノはにやりと、それはそれは愉快そうな笑みを浮かべた。
「これ、君を鍛えるのにぴったりじゃない?」
その後、俺は彼女の見込みが正しかったこと、それと彼女が思ったよりもずっと鬼コーチだったことを知ることとなる。