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師匠(可愛くはない)

勝手で申し訳ないのですが三人称からアラシの一人称に変更しました。

プロローグも一人称視点で書き換えましたが、ストーリーに変更はありません。

「うおおお!」


 時刻は早朝。ジャスタリトルズの三人で一緒に住んでいるおんぼろの家の中で、俺は目を血走らせ、床に置かれた漬物石を必死に持ち上げようとしていた。すぐそばでそれを見ていたルシノは、そんな物も持てないのかとすっかり呆れ返っていた。


「それくらいも持ち上げられないの?」

「……はあ、はあ。無茶言うなって……!」


 ギルドでボルタとの大立ち回りを演じたのは昨日のことだ。類まれなる戦闘能力を見せつけたルシノはその後無事にギルド員登録を済ませ、明けて翌日、つまり今日から早速仕事を任せられたらしい。


 ルシノが三人の住む家にいるのは、一緒に寝泊まりをしたというわけではない。初仕事はジャスタリトルズと合同で行うことになったので、さきほどケインが広場で彼女と待ち合わせて家まで案内したのだ。


 そして彼女は家につくなり俺に詰め寄り、台所にあった漬物石を持つように強制した。その訳は昨日の「弟子にしてくれ!」というお願いにある。彼女はその頼みをはじめは断っていたのだが、必死の懇願に折れて稽古をつけることにしたそうだ。そういうわけで手始めに身体を鍛えるために漬物石を持ち上げさせている、というわけだ。


「……これを一日担いで歩けって?」

「当たり前。私みたいにボルタを倒せるようになりたいんでしょ? だったらそれぐらいできるようにならなきゃ」


 確かに彼女を説き伏せる時に「俺はボルタにやられてばかりでは嫌なんだ!」と言ったが、それを持ち出されると弱い。俺はしばらく肩で息をしていたが素晴らしい妙案をひらめき、顔を輝かせてダンテを見た。


「ダンテ、頼んだ」

「うむ」

「ちょ、ちょっと!? なんでダンテに持たせてるの!?」


 決して軽いとは言えない漬物石をダンテは軽々と肩にかついでみせた。文句をつけるルシノに、精一杯の決め顔で答えてみせた。


「できないことは助け合うのがパーティってやつだろ?」

「あっきれた……」


 結局漬物石を持たせるのは諦め、四人は大人しく家を出た。


 まだ朝早いが街はすっかり騒がしく、夜の気配はどこにもなかった。俺たちが住む家はスラム街とは言わないまでも、街の南西側、特に年季の入った住宅街にあった。今日も馬鹿みたいにでかい剣を背負ったケインが、眠気眼ねむけまなこをこすりながら言った。


「ギルドから与えられた職務に就く前に、寄って行きたい場所があるんだが構わないか?」

「いいけど、どこに行くっていうの?」


 ルシノの当然の疑問に間髪入れずに答えた。


「”師匠”の家さ」

「……師匠?」


 三人の師匠たる家は、自宅を出てそれなりに東に行ったところにある。家を出てから現在地がわからなくなるくらい何度も右折左折を繰り返し、小動物専用の道かと思うくらいこれまた細々とした道を通り、ようやく到着した。


 師匠の家は目につく他の平屋よりも大きかったが手入れが明らかに行き届いておらず、雑草などは生え放題だし、家のところどころにツタが巻き付いていた。見たこともない虫が飛び回り、ルシノが悲鳴を上げた。


 ケインがドアを叩くとややあって中からひげも伸び、だらしない格好の男性が現れた。


「師匠!」

「よく来てくれたね。さあ入って」


 ルシノは小さな声で「お邪魔します」と言った。家の中は足場がないくらいに本で埋め尽くされていた。ホスピトス中の本がここに集まっているんじゃないかと思うほどだ。


 通る部屋のほとんどがそんな有様だったが、案内された部屋だけはそれなりに整理されていた。俺たちがソファに腰掛けると、師匠が「君は?」とやおら切り出した。


「ルシノです。わけあって彼らと行動していて……」

「そうなんだ。僕はチャティ・ケイ()。よろしくね」

「ケ、ケイ()……ですか?」


 ルシノが戸惑うと、ケインがげらげらと笑い声を上げた。


「似てるだろ? ケインとケイ()。元々師匠はめちゃくちゃ凄いギルド員だったんだよ。それが名前が似ていることで可愛がってもらって、時々稽古の指導までしてくれてたんだ」

「いやいや大したことはないよ。皆、齢十八にして既に僕を超えた。もう足の速さはアラシの足元にも及ばないし、ふんばる力はダンテに、パワーだったらケインに敵わない。師匠としてはお役御免だ」

「は、はあ……」


 褒められるのに弱い三人は思わずによによした。


 前述の通りチャティの家はとても入り組んだ所にあるため、手紙を届けようとした郵便局員がたどり着いた試しがない。なので郵便物は一旦ギルドに預けさせ、師匠が受け取ることにしているそうだ。

 ギルド側はそんなサービスは行っていないのだが、これは師匠は元々名のしれたギルド員であり、顔がきくからできることだ。実権こそないが今も頻繁にギルドに出入りをしている。


「でもアラシは窮地に立たされた時、すぐに逃げ出す癖がある。それは優れた身体能力を持っていてもモンスターを一人で倒し切る技がないからだ」

「耳の痛くなる話です……」


 大げさに肩をすくめてみせた。するとケインが身を乗り出して、言った。


「だからいつも俺が言っているのにな。剣士の先輩として特訓してやろうかって」

「君、道場を追い出されたじゃないか。僕は君のたくましさは認めたけど、剣士として認めたわけじゃないからね」


 ケインは落ち込んだ。師匠は気にする素振りも見せずに続けた。


「だから僕は常々言っているんだ。何か一つ切り札を身につけるべきだって。そうすることでしか根本的な自信を身につけることはできないんだ」

「へっへっへ、それが師匠」

「むっ、どうしたんだ?」


 俺がルシノの方をちらりと見ると、彼女は思わず姿勢を正した。


「こちらにいる方をどなたと心得る! 彼女こそが現世に蘇った武術の達人! いやあ師匠にもギルドでの大立ち回りを見せてあげたかったですよ。ボルタなんかもう、そりゃこてんぱんに」

「い、いやあ……」

「ほお、ボルタを……」


 チャティも姿勢を正し、うやうやしく頭を下げた。


「どうかアラシをよろしくお願いします」

「ま、任せてください!」

「嫁に行かすんじゃないんだから」


 ケインが鋭いツッコミを入れた。


 師匠は本をよく読むだけにロマンティックな一面もあり、よくに神話を語って聞かせてくれた。子供が寝物語にするような夢のある話から、歴史書に基づいて作られたような限りなく現実に即した話まで。案外師匠は子供っぽく、数ある神話の中でも邪神や竜がどうたらとかいう話がお気に入りらしい。


 気が合うらしいルシノと師匠がそんな話で盛り上がったあと、師匠がはたと手を叩いた。


「おっとすっかり話し込んでしまった。大分時間を取らせてしまったようだね」

「いえいえ、私も楽しかったですから」

「それなら良かった。それじゃあ最後にちょっとだけ。いつも言っていることだが、決して犯罪に手を染めてはいけないぞ」

「うわあ、また始まったよ」


 俺は思わずうめいてしまった。師匠は俺たちを戒めるためなのか、よく刑務所の恐ろしさについて言って聞かせてくる。しかもその時に必ずと言っていいほど、刑罰を受ける“師匠の知り合い”とやらが登場するのだ。お母さんが説教してくる時に例に出てくるようなやつである。


「僕の知り合いがこの街の刑務所に入った時なんてな、百キログラムの岩石を背負わされ、一日中歩き回らさせられる刑罰を受けてだな。それはそれは辛かったとか……」

「ケイン、これで師匠の知り合いが受けた刑罰の数はいくつになった?」

「三十六回。内、水攻めが十回、火あぶりの刑が七回、鞭打ちの刑が七回、電気椅子と、今回のと同じような刑が六回だ」

「鉄人かな?」


 師匠の家を出る頃にはすっかり太陽も昇っていた。早めの昼食を取ってから現場に向かうことになった。忘れかけていたが、今日の主目的はギルドの業務をこなすことである。ギルドより指定された現場はホスピトスの東門を出てしばらく歩いた場所だった。依頼された現場が街の外なのはよくあることなので俺たちは慣れっこだったが、ルシノはなにぶんはじめてのことなのでわずかに不安がっていた。


 ホスピトスの西側は森も多く見通しが悪いが、東側は見渡す限りの草原なのでとても歩きやすかった。しばらくなだらか丘を進み、現場に到着してみるとルシノは呆然とした。


「な、なによこれ……」


 眼前には胸ほどの高さの柵が、左右に長く伸びていた。柵の向こうには、毛が少ない四足歩行の生き物が数えるのが嫌になるほどうごめいていた。その生き物の名は“プリトン”。この国で広く食されている、最も一般的な家畜である。


「どうしてギルドの仕事で、牧場に来る必要があるのぉお!?」


 ルシノの記念すべき初仕事は、すばり家畜の集荷をすることだった。

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