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プロローグ:俺たちは“ジャスタリトルズ”だ!

 1.

 街道を少し外れた森の中。体長ニメートルを超える豚面の怪物のまたぐらを、吹けば飛ぶような痩せた身体で駆け抜けた。豚面の怪物こと“バリトン”は、自分と比べて小虫みたいな大きさの俺を踏み潰そうとしてくるが、のろまな動きでは当たるわけもなく、まさしく地団駄を踏んだだけで終わった。

 おまけにバリトンの背後を取ったおかげで、奴は一瞬俺の姿を見失った。さてあの虫けらはどこだ、ときょろきょろしている奴の顔にめがけて渾身の力で投げつけたナイフは、上手いことその凶悪な横っつらを叩いた。


「くやしいかよ豚野郎!」


 間抜けな顔をする怪物に不敵な笑みを浮かべ、人差し指を天に突き立ててみせた。ナイフを投げつけたくらいではバリトンの頑丈な皮膚を貫くことはできない。だからダメージこそないが、鬱陶しい攻撃にとうとう激昂し、森全体が震えるような雄叫び(おたけび)を轟かせ、右手に握ったこんぼうを振り上げた。


「や、やべっ!」


 こんぼうは直径およそ二十センチはあり、当たればもちろんひとたまりもない。こんぼうが空気を唸らせながら迫り、あと少しで俺の身体を捉えるといったところで、巨大な盾を持った屈強な少年が割り込んだ。


 バリトンの攻撃は凄まじく、巨大な盾を打ち鳴らした後、こんぼう自体がめきめきと音を立てる程だった。そんな物を受け止めた少年は盾の取っ手を握りしめ、全身に力を込めて踏ん張った。腕の血管が浮き上がり額に汗がにじむ。

 半歩ほど押し流され、靴のつま先が地面を深々とえぐったあと、バリトン自身の力に耐えかねてこんぼうは半ばから折れてしまった。


「ダンテ! 助かったよ!」

「油断するな」


 バリトンは折れて役立たずになった武器を投げ捨て、盾をもぎ取ろうと掴みかかる。屈強な少年ことダンテも簡単に奪われてたまるかと、怪物に張り合ってみせた。

 バリトンからすれば人間など子供のようなものなのだが、なぜか中々盾を奪うことができなかった。押しても引いても少年は岩のように動かないのだ。


 しばらく押し合っていると、ずるずると蛇が這いずるような、はたまた何かを引きずるような音が聞こえた。バリトンの後ろには、やはりこれまた子供のような大きさの少年が立っていた。少年は右手に、バリトンの体長を超えるほどの大剣を握っていた。その大剣を引きずって歩み寄ってくる姿に恐ろしさを感じたのか、怪物が後ずさる。背中が盾にぶつかった。


「へえ、豚畜生でも恐怖を感じるんだな」


 少年が大剣を軽々と掲げた。そもそも大剣自体がバリトンよりも大きいため、人間が持ち上げればバリトンの目の高さをゆうに超えるのは当然のことだ。魚が群れたり、獣が毛を逆立てて体を大きく見せるようなもので、剣を掲げた少年は自分よりもはるかに大きい怪物のように見えたことだろう。


「ブ、ブモオオオオ!」


 たまらず逃げ出すと盾を持った少年がさえぎった。弾き飛ばそうとするがやはり微動だにしない。その背後からは大剣が迫っていた。





 2.

 三人の力を合わせて見事な連携で倒したバリトンという生き物は、食生活のせいでひどい悪臭を放つため革を使うことはままならず、その肉もまずい。“バリトンに使うところなし”とは良く知れた名言だ。戦ううまみなどほとんどないのに、どうしてバリトンを相手取ったのか。その理由俺たちのそばに立っている少女にあった。


「いやあ助かりましたよ!」

「助かっただ? よくもまあいけしゃあしゃあと……」


 少女は“ルシノ”と言うらしかった。少女はうす汚れたフードを頭からかぶりその下には、動きやすそうな赤茶けた革製の鎧を着ていた。俺はすっかり疲れ果て、服が汚れるのも構わずに土がむき出しの地面に座り込んだ。そんなこともお構い無しに彼女が脳天気な物言いをするものだから、思わずむっとして返した。


「そもそも人と話すのにフードをかぶったままってのはどうなの?」

「それは確かに!いやあ失礼した!」


 ルシノはみじんも申し訳なさを感じていないような声色で謝り、うすぼろのフードを外した。あまり人の顔を批評する趣味などはないが、まあ整っているなとだけ感じた。ただやたらと眼光が鋭く、なんというか表情は笑っていても常に周りを警戒しているような、そんな目をしていた。俺はふんと鼻を鳴らしたあと、続けた。


「そもそも助けが必要だったとも思わないしな」

「あと少しでもあなた方が遅れていたら、私の命はなくなっていたかもしれませんでしたよ!」

「嘘つけ! お前バリトンの方をちらりとも見ずに攻撃をかわしてたじゃないか!」


 時間をさかのぼること十分前。のんびりと森を歩いていた俺たちは少女の悲鳴を聞き、現場に駆けつけてみるとそこにはバリトンに襲われている少女がいた。


 そこまでだったら将来有望な若者たちが少女の命を救ったという美談で終わるはずだったのだが、肝心の少女は駆けつけたケイン達の方にアイコンタクトを送りながら、背後のバリトンを軽々といなし、きゃあきゃあとわざとらしい悲鳴を上げていたのだ。

 そしてどうしたものかと駆けよった途端、なんとモンスターをなすりつけて安全なところまで逃げていきやがったのだ。


 モンスターを他人になすりつける行為は事故ならまだしも、彼女は明らかに狙ってやっていた。この場合傷害罪に問われることもある。ルシノとのやり取りを眺めていたケインが割り込んだ。


「まあ少なくとも、金なりなんなりの誠意は見せてもらわねえとなあ?」

「なによ、いたいけな少女から金を巻き上げる気?」

「やかましい! さっさと金を出せばいいんだよ! おら、財布をよこせこのアマ!」


 俺とケインがあの手この手で強請ゆすっていると、ルシノはらちが明かないと思ったのか。体格がよくどっしりと構えていて、俺たちのパーティの中でも一番大人びているダンテに媚びるような視線を向けた。


「あなたは見逃してくれるよね?」


 ダンテがなんというか気になったので、思わず彼女に構うのをやめ、彼に注目した。三人の貫くような視線を一身に受け、ダンテはうろたえながらも考えを口にした。


「金目の物を持ってないようだから、強請ったところで意味があるとは思えない。だから……」

「そうでしょうそうでしょう! それでそれで?」


 ダンテはこれまたたっぷりと溜め、なんともなしに言い放った。


「人質にしよう」

「こいつが一番危ないヤツだった!?」


 さては初犯じゃないなというくらい手際よく誘拐の手はずを整えている俺達をよそに、ダンテは猿ぐつわを着けられたルシノを改めて観察し「……指輪」と呟いた。


「ん? どうしたダンテ。指輪がなんだって?」


 ケインが尋ねると、彼はルシノの手元を指さした。見ると傷だらけの手には不釣り合いなほどのきれいな指輪が、彼女の右手の中指に輝いていた。


「なるほど! これを奪えってことだな!?」


 ダンテは飛びかかる寸前の俺を押しとどめ、首を振った。次に彼は信じられないようなことを口にした。


「それは“ソルアック家”の指輪だ」

「あら、少しは見る目のあるやつがいるみたいね」


 いつの間にか猿ぐつわを外したルシノは気取ったように腕を組み、指輪を見せびらかすためか右手を頬に当てた。彼女は自分が豪族ソルアック家の者だとは言わなかったが、その態度が答えを物語っていた。


「うっそだろ!? こんなやつがあの名門貴族だって!?」

「こんなやつだとは失礼な物言いじゃなあい?」


 まさしく一転攻勢だ。わざとらしく語尾を高くするルシノにケインがたじろぐ。すっかり青ざめたケインを尻目に、ご機嫌うかがい検定で免許皆伝もしている俺は手をもみながら彼女にすり寄った。


「やっぱりそうですよねぇ」

「な!? アラシ!?」

「お嬢様って上品なお顔立ちをされてるから、きっと高貴な生まれの方なんだなあとは思ってました」

「嘘つけよ! 卑怯だぞてめえ!」

「それに香水のセンスもありますよねぇ……、お花畑の香りですか?」


 もしかしたら太鼓持ちで世界統一も可能ではないだろうか。彼女は絵に描いたような手のひら返しは気にならないようで、その矛先はケインに集中することになった。


「あらあらさっきまでの態度はいかがして? 私に対する数々の無礼、忘れたわけではなくてよ?」

「いや……その……」


 もしかして貴族のつもりなのか、おっほっほとわざとらしく笑っていたが、ダンテが「こそ泥だ」と呟くとルシノはうっ、と小さくうめいた。「図星か」


「こそ泥だと? そりゃどういうことだ?」

「貴族が一つしか指輪をつけないなんてことがあるか?」


 そこまで聞いたところで俺の中に電撃が走った。点と点がつながり、ダンテの言いたいことを全て理解する。俺はすかさず「そうか!」と膝を叩いた。


「もうわかったのか!? さすがに俺たちの中で一番頭の回転が早いだけあるな……」


 ケインの褒め言葉に、俺は思わずてへへ、照れたあと、続けた。


「貴族はネックレス派ってことだろ?」

「違うわ!」


 珍しくダンテが声を荒らげた。彼はきりきりと痛むのかこめかみを抑えた。


「貴族なら金がある、金があるならいくつもアクセサリーを身につけるだろう」

「なるほどな」

「庶民がソルアック家の指輪を偶然どこかで手に入れ、未練がましく身につけていたと考えるべきだ。少なくともこいつは貴族ではない」

「ふうん……」


 男三人の冷たい視線が集中し、ルシノはびくりと身体を揺らした。気まずくなった彼女はダンテに目線で助けを求めたが、目をそらされる。ケインはずっと動物が威嚇するみたいな音を立てていたので、最後の希望とばかりに俺にすり寄ると、俺は恐ろしいほど冷たい声色で言い捨てた。


「ドブくせえんだよ」

「アラシさん……。さっきお花畑の香りだって……」

「お花畑なのはてめえの頭だろ」


 ルシノはまだ何か言いたげだったが、熊の真似をして追い立てるケインに恐れをなし、結局街の方に消えていった。


「がうがう……。今の見たか? 俺の熊の真似がよっぽど怖かったみたいだぜ」

「街中ではやらないでね」


俺の言葉にケインは口を閉ざした。

 3.

 大都市“ホスピトス”は城壁で囲まれた、いわゆる城郭都市である。国のほぼ中央に位置しており、あらゆる行商隊や旅人がこの都市を訪れるため、交易や宿泊所の経営などで莫大な利益を得ていた。豊富な武器や人材を抱えているため、場合によっては王がいる王都よりも重要視されることもあった。


 俺達は少女と別れたあとそのままの足でギルドを訪れていた。ギルドは都市の西側より入場し、徒歩十五分。街で一番大きい広場の南側に面した場所に建てられていた。

 ギルドとは国が主導する法人団体であり、市民にとって危険なモンスターを討伐することはもちろん、人手不足の公共事業などに人材を派遣したりするのが主な業務である。


 ケイン率いる“ジャスタリトルズ”もギルドに所属しており、色々な仕事を斡旋してもらっていた。ギルド内では貢献度に応じて地位が変動するシステムがある。先ほど言ったとおりバリトンは金にならないが、倒したことはパーティの功績として記録されるので、ギルドに報告しておいて損はないのだ。


 時刻は正午をやや過ぎたくらいである。昼下がりということもありほとんど人影はなく、受付でおじさんが眠気に負けて船をこいでいるくらいだ。ギルド内には打ち合わせをするためのスペースがもうけられているが、食事を提供してくれるわけでもないので、みんな昼食を取るために外に出払っているのだ。


 報告を済ませ、軽く反省会をする。そして出ていこうとした時、ギルドにスキンヘッドの男が入ってきた。男はバリトンよりも一回り大きく、身体をかがめないと入り口に頭をぶつけてしまいそうだった。筋肉も人間とは思えないほど発達しており、二の腕はもはやはちきれんばかりだ。

 そしてその体格に負けないくらい大きな斧を背負っていた。男は俺達を見つけるといやらしい笑みを浮かべて、3人の前に立ちはだかった。ケインが横に避けようとすると男はわざわざ回り込む。どうやら用があるらしい。思わずケインは舌打ちした。


「何の用だ“ボルタ”」


 ギルドが斡旋している仕事はほとんど肉体労働なので、所属している人間も荒くれ者に近い人間が多く、ボルタこと“ボール・ターミディアン”のような攻撃的な人間が多くなるのはある意味必然だと言える。そんな典型的な“嫌なやつ”であるボルタはにやにやしながら口を開いた。


「なんだよお前ら。まだギルドを引退してなかったのか?」

「うるさいな。お前に言われる筋合いはないだろうが」


 ケインが詰め寄るとボルタは大げさに怖がるふりをしてみせた。そしてまるで怯む様子のない二人に飽きたのか、二人の陰で小さくなっている俺に目をつけた。


「おいアラシ! なんとか言ったらどうなんだ!」


 怒声を浴びせられたことで意図せず肩がびくりと震えた。


「俺はギルドのためを思って言ってやってんだぜ?」


 ボルタの一族は代々処刑人の家業を継いでおり、この都市の中で大罪を犯した者を国からの命令で処刑することがあった。処刑人といえば世間からは非常に忌み嫌われる職業である。

 だが“力自慢”であること、すなわち“ろくでなし”であることが重要視されるギルドにおいてはプラスに働き、ボルタはギルドの中ではボス猿的な地位を築いていた。


「お前らみたいなひょろひょろしたガキどもが居ると、ギルドの┃ケンイ(・・・)ってヤツに傷がつくんだ――」


 ボルタはそう言い終わらないうちに拳を振り上げた。ダンテとケインは何をするか察し、掴みかかろうとした。


「――っての!」


 だがそれよりも早く、ボルタの拳が俺のみぞおちを痛烈に叩いた。身体は床から離れ、テーブルや椅子を巻き込みながら倒れ込んだ。一瞬呼吸が止まり、蚊の鳴くような呼吸を繰り返す。


「てめえ!」

「大丈夫かアラシ!」

「おいおい、それくらいでへばっちまうのかよ。身体を鍛えたほうがいいんじゃないかあ?」


 ケインが掴みかかる前に、ボルタはゲラゲラ笑いながらギルドの奥に消えていった。気がつくと受付でぼんやりしていたおじさんの姿がなくなっていた。ごたごたに巻き込まれるのを恐れて職員専用の待機室に慌てて引っ込んだらしい。


「ちっ、“スキンヘッド・ボール”め。あれだけ性根の腐った野郎は中々お目にかかれないぜ」




 4.

 ギルド前の広場は今日も賑わっていた。ベンチに腰掛けたり草場に腰をおろしてゆったりと過ごす者も数多く、外周に並んだ出店は昼食を求める観光客などでてんやわんやだ。大きな広場の東側には細長い岩のオブジェクトが横たわっていた。神話に登場する巨人が武器にしていたという言い伝えから“巨人の剣”と呼ばれていた。


 俺達は罰当たりなことに、その巨人の剣に腰掛けていた。三人の前には簡易的な台座と、不気味な木像がいくつも並んでいた。この木像は全て、その体格に似合わず器用なダンテが彫った物である。普段は俺が言葉巧みに観光客に売りつけるのだが、ギルド内のいざこざですっかりへこたれ、そのせいか木像は一つも売れてなかった。


「元気出せよ、アラシ」


 屋台で買った大好きなストリートフードを差し出されたが、どうも手を付ける気分じゃなかった。ケインはこりゃ重症だなとつぶやいた。


 広場の北側には教会があり、礼装に身を包んだ熱心な信者が次々と吸い込まれていった。この教会は街の歴史上最も古い建築物だが、汚れや痛みは驚くほど見当たらない。建てられた当初はちんまりとしたほこら程度の大きさだったそうだが、ことあるごとに改築・修繕を繰り返し、今では街で最も高い建物になっていた。


 なお吹き抜け構造になっていることが多い教会にしては珍しく二階部分があり、地上からかなり離れた場所にバルコニーが設けられている。一年に一回ほどそこで教会の“巫女様”が民衆に向けて演説を行うことがある。巫女様が姿をさらす貴重な機会ではあるが、首が痛くなるほど見上げる必要があるし、光の加減などで未だに顔をはっきり見たものはいなかった。


 広場を境にして北側には閑静な高級住宅地や宗教関連の施設が並び、まさしく富裕層の街であった。それと対照的に、南側には庶民向けの宿営施設や職人街が多く、街の最南端付近にはスラム街もある。朝から晩まで騒音が止むことがなく、賭博施設も多いため眠らない街と言われることもあった。


 ギルドが広場の南側に面していることは既に説明した通りだが、その西側には巨大な刑務所があった。実は刑務所の方が先に建設されていた。刑務所は並々ならぬ事情によって設置されたわけだが、教会を訪れる熱心な信者の苦情が殺到し、鎮圧武力ということでギルドが併設されたという経緯がある。


「はあ……」


 ため息をついた俺の背中を、ダンテは慰めるように優しく叩いた。


「力が欲しいな……」


 その言葉にケインは顔を輝かせ、「力が欲しいか……」と言おうとしたが、ダンテに恐ろしい目つきで睨まれたので止める。


「ボルタの野郎をこてんぱんにできるなら、剣術でも身に着けるんだけどな……」


 ダンテを見やるとダンテはどうしたんだ? という顔をした。


「最後に剣を持ったのいつだっけ?」

「……四年前だが」

「だよね。だからダンテが剣を教えられるわけないし」


 そして顔を輝かせて自分を指さしているケインをちらりと見た。腐っても剣士である彼を冷たい目で見た。


「お、俺なら教えてやれるぜ。なんて言ったって剣士だからな!」

「でも君、剣術の才能がなさすぎて道場を追い出されてるじゃん」


 ケインは落ち込んだ。目から光がなくなり、すっかりうなだれた。


 ダンテはそんな空気を変えようと、わざと明るい声で言った。


「へ、へこたれてないで木像を売り込んでくれないか」


 俺は台座の上にある木像を一つ手にとってみた。その木像は背中や腹から無数の蛇がびっちりと生え、なぜか両手足がある場所は苦悶の表情を浮かべた顔になっていた。他の木像もそんな具合でほとんどがバリトンがましに見えるくらい醜悪な造形をしていた。


「そ、それは自信作なんだ。それぞれの顔は別々の地獄で味わう苦しみを表現していて……」

「――――こんな薄気味悪い木像が売れると思う?」


 ダンテも落ち込んだ。


 そしてしばらく三人揃ってうなだれていると、正面に誰かが立った。そいつはうすぼろのフードを被っていた。どうやらダンテの作った木像に興味があるらしく、しばらく物色したあと、先ほど俺がけちをつけた例の木像を手に取った。


「これ、いただけるかしら?」


 ダンテが顔を跳ね上げ、信じられないと言った顔で俺の顔を見た。


「も、もちろんです!」

「変わった奴もいるんだな」

「しっ、黙れよ」


 うっかり失礼なことが口をつくと、ケインに頭をはたかれる。客は硬貨を握って差し出した。客は指輪をつけていた。どこかで見たことがある指輪だった。ダンテは喜色満面で硬貨を受け取り、その木像を制作したきっかけやどんな意味があるのかを説明し始めた。ケインはまた始まったよとすっかり呆れていた。


 そのかたわらで記憶をたどり、ようやくその指輪をどこで見たのか思い出し、目にも止まらぬ速度で客のフードを跳ね上げた。


「あらあら、なんて乱暴なことを。この店は客をなんだと思っているのかな?」

「よく言うぜ……!」


 客は朝方、森で出会った少女だった。彼女は受け取った木像をリュックにしまい込むと、早速用件を切り出した。


「君たち、ギルド員なんでしょ? だったら私も推薦してくれない?」

「そんなことのためにここまで尾けてきたのか?」


 それに対してケインはギルドのある方を指差すと彼女は首を横に振った。


「せっかくだから案内してよ」

「一人で行けばいいだろ……」


 一歩も引かない彼女に俺が思わず返すと、ルシノは「あら?」と言った。ボルタとのいざこざで未だに口数の少ないのが気にかかった様だった。


「朝に比べて元気がないように見えるけど」

「別に……」


 その後もしつこく食い下がる彼女に折れ、結局ケイン達はギルドまで案内することになった。俺は道中ずっと文句を言っていたが彼女はちっとも聞き入れなかった。そしてギルドについてみたら、案の定、荒くれ者連中とたむろしていたボルタに絡まれることとなった。


「それみたことか! だから嫌だったんだ……!」

「おいおいおい、今度は女を連れてきやがったのか!」


 ボルタがケイン達四人の前に立ちはだかる。荒くれ者たちが野次を飛ばす。ルシノに目をつけたらしく、ダンテの陰で小さくなっている俺には少しも興味を示さなかった。


「何こいつ?」

「こいつとは失礼な物言いじゃねえか嬢ちゃん。俺は嬢ちゃんみたいなギルドの│ケンイ(・・・)に傷をつけるやつを追い出す仕事をしてんだ」


 そう言ってルシノに手を伸ばした。ケインが前に立ちはだかろうとしたが、その必要はなくなった。ルシノがボルタの手を弾いたからだ。ボルタの額に青すじが浮かんだ。ケインはやっぱり乱闘騒ぎだと思わず天を仰いだ。

 周囲の連中が喧嘩だと野次を飛ばし、受付のおじさんが慌てて奥に引っ込んでいった。


「このガキ!」


 ボルタが怒りに任せて拳を振り上げた。慌ててダンテが少女さえぎろうとしたが、間に合わなかった。そして拳がルシノのみぞおちを打ち抜く寸前、ルシノの姿がかき消えた。

 彼女はいつの間にかボルタの背後に立っていた。一番後ろで見ていた俺だからこそ理解できた。彼女は恐ろしい速さで床を蹴り、熟達した体捌きでボルタの後ろに身体を滑り込ましたのだ。

 見失い、野次馬の声で振り返ろうとしたボルタが右足に体重をかけた瞬間、ルシノは少しのためならいもなく右膝の裏を蹴りぬいた。そして後ろ向きに崩れ落ちるボルタに合わせ、膝を後頭部に叩き込むと、ボルタは床に倒れ込んで身じろぎ一つしなくなった。完全に気を失っていた。本当に一瞬の出来事だった。


 ギルド内は静まり返ったあと、建物が揺れるかと思うほど凄まじい歓声が巻き起こった。


 荒くれ者達がルシノの周りに群れ、次々に声をかけた。彼女はぞんざいにあしらっていたがどこか誇らしげでもあった。芸術的だった。俺の心にひらめきが生まれたのを自覚しながらルシノの横顔を見ていた。人の波が引いた頃、すかさず飛びつき、彼女の手を取った。


「弟子にしてください!」

「……はあ?」


 目をぱちくりさせるルシノを横目に、ケインはぼそっとうめくように言った。


「ほらな。やっぱり一人でもバリトンをどうにかできたんじゃねえのか?」

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