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熊肉でパーリーピーポー

 

【薬膳箱】を探索する。


 桐箪笥みたいな見た目の薬膳箱は、『熱温性食品』と『涼寒性食品』と『平性食品』とに段が別れていて、中身の食材は一つづつ仕切りで分けられている。整頓してあって見やすい。

 意識すればどういう食材なのか、ありがたいことに吹き出し説明文も出るから、知らない生薬まで勉強できて何これすごい……!


 吹き出し説明文によると――――


『熱温性食品』とは、成長が遅く水分が少なく小さくて硬い食品のこと。

『涼寒性食品』とは、成長が早く水分が多く大きく柔らかい食品のこと。

 その他分類できないものが『平性食品』となっている。


 ――――ほうほう。よくわからない。

 適当に漁ってみよう。


 一番上の段、『熱温性食品』には生姜や大蒜、胡椒に山椒に唐辛子といった食べると辛かったりと刺激的で、体がホットになるかんじのものが多い気がする。

 山菜、葱、酒類もここ。


 二番目の段、『涼寒性食品』はトマト、キュウリといった野菜。バナナにパイナップルなどの果物。タケノコなどの茸類。あと麦類。胡麻油、アロエにお茶。ワカメやコンブなどの海藻類。味噌や醤油など和の調味料があるのが嬉しい。


『平性食品』は玄米、大豆、人参、キャベツ、ジャガイモ、里芋。鶏卵、牛乳、蜂蜜に……と、なんだかんだで一番たくさんあって、平性食品だけ三段ある。


 合計五段の大容量。これはすごくない?!

 薬膳というと草や実ばかりなイメージだったけど、これなら普通に美味しい料理が作れるよ。

 薬膳箱ひとつあれば雪山で採取できなくて食材ないのに狩った肉だけあるっていう状況でもへっちゃらじゃん!

 ぶっちゃけ今の現状のことだけど。


 薬膳箱から臭み消しに必要な食材を取り出す。林檎、大蒜、生姜、葱などだ。

 熊肉調理は婆ちゃんの総菜屋で、下拵えの手伝いをしたことがあるので知っている。


「では、肉のスライスを……」

「うちらでやるよ。うおーい、そこの暇そうな男、手ぇ貸せ!」


 と、姉貴の命令でやってきたのは空色の髪をした男性。目の下に黒子があって随分と色気のある兄ちゃんである。


「薄さ一ミリで、お願いします」

「そんな均等にはムリだよ。お嬢さん」


 とか言いつつも、風の魔法発動。枝肉状態だった熊肉をバラバラに。

 ロース部分の肉を凍らせて、水のカッターみたいなので薄切りにしてくれた。硬い方が切りやすいから凍らせたのね。水のカッターは人差し指から水鉄砲の強力なやつを発射。そこにお肉の方を当て、スライスしていくっていうやり方。

 これは慣れていないと巧いこと出来なさそうな使い方だ。

 発射された水が飛び散らないよう水の壁で抑えるところも、プロっぽい。やり慣れているのかな。


 きっと彼は加護もちだ。

 加護を持っていると、恩恵を受けている魔法の精度が、ぐんと上がるのだという。

 そんな彼のお名前はヒュール・ディナンブルさん。お互い自己紹介をした。


「水風、氷鋼の竜神から加護を賜ってるよ」


 おお、竜神ってのがいるんだ……?

 さらっと超技巧な魔法技を披露してくれたところをみるとエリートっぽいね。


「こいつスケコマシだから気をつけなヒマリちゃん」

「スケ……? なんですか食べ物ですか?」

「これはこれは、純粋なお嬢さんだな」

「だから、手を出すなっつってんだろーが」

「シアが相手してくれないのが悪い」

「うちの所為にすんな! このロリコン野郎!」


 んっと、よく分からないけど、食べ物ではないらしい。

 ヒュールさんは笑いながら風のように去って行った。


「あ、お肉カットありがとうございましたー!」


 気づいて御礼を言ったけど遅すぎたかも。でも、「どういたしまして」と耳元で囁くようなヒュールさんの声が、風に乗って届いたから聞こえたらしい。


「まったく、あの女ったらしめ。ヒマリも気をつけなー。この隊の奴らって、みんな飢えた狼みたいなもんだからさ」

「狼ですか……。じゃあ早く、お腹を満たしてあげないとですね」


 俄然張り切って熊肉調理しよう。腕まくりして気合を入れた。


「純粋でいい子よねえヒマリちゃんて。はい、玉葱剥いたわよお」

「ブリジットさんありがとう。今度はすりおろしてもらえますか」

「りょおかーい」


「いい子っていうか悪い大人を知らないんでしょうね。

 ……林檎八等分て、これでいいかな?」

「ありがとうございますナオムさん」


 すりおろしてもらった玉葱は味噌と蜂蜜と混ぜる。そこにスライス熊肉の半分を漬け込む。これは後日用で、熟成庫は使わずに一晩漬け込む。

 残り半分のスライス肉は焼肉用だ。脂ごとキレイにスパッと切ってもらえたから、これ絶対おいしいやつ!


 次に、八等分してもらった皮付き林檎。ロース以外の熊肉ブロックと一緒に大鍋で茹でる用。

 お酒ドバドバ。熊肉が隠れるまで入れて煮込むこと10分。出て来た灰汁を丁寧に掬い取り、下茹で完了。


 ここで気づいたこと。


 何故か異常に早く茹だったし、お湯の蒸発も早かった。

 残り汁がほとんどなくなって肉が鍋にくっついている状態を鑑みるに……よく考えたら、ここって雪山。標高千メートルくらいのところらしい。姉貴からその情報を聞いて、え、そんなに高いところだったの?! と、驚愕。

 ならば気圧が地上より低い。沸騰温度が百度より下がるのも当たり前。茹でても茹でても茹で上がらないって話。

 へたすると10分程度の下茹でじゃ殺菌すらできてないかも。うーん……。

 ――――と、思いついたのが圧力調理。

 アルピニストは圧力鍋を背負って登山すると聞いたことがある。


 調理器具の中から圧力鍋を探す。……ない。

 まだこの世界じゃ発明されていないようだ。

 ということは、魔法で代用できるんじゃない? と、再び、ひらめいたのが先程もらったギフト【天空術】だ。加圧できるって書いてあったし、できそう。

 問題はここにある鍋じゃ圧力に負けて壊れちゃうことだな。

 私は実家の圧力鍋を思い浮かべながら【天空術】を発動してみた。


「ん~~……ほ? できたっぽい」


 空気の層を何重にも重ねて圧力鍋の形に成形。できた。


 え、まじ? まじ? まじできた?


 見た目が透明で、そこに鍋があると認識できないけど、できたっぽい。

 ビバファンタジー!!!!

『エアリー圧力鍋 LL型』と名付けよう。業務用鍋くらい巨大になったから。


 下茹でした大量の熊肉はエアリー圧力鍋へ移動。

 茹で汁は捨てて再度の酒ダバダバ~スライスした大蒜と生姜と青葱も加えて、しっかり蓋をする。

 蓋も、エアリーに空気層を重ねたものである。左右上下、しっかり空気層の壁に囲まれ、密閉された空間が出来上がった。


 さあ、いざ加圧。天空術で鍋の中を徐々に加圧する。

 なんと透明な空気層を通して鍋の中の様子が丸見えだ。調理の様子が観察できるなんて、とってもスケルトン。新時代の調理風景きちゃったかも。


 透ける中身を見ながら加圧の調整をする。

 我が家で使っていた圧力鍋だと、蒸気の力で加圧するから蒸気の逃げ出し口が必要で、そこから蒸気が出てきたら20分の加圧をしていた。

 今回の目安も20分キープってところだろうか……。

 だけど、なんだか途中で不安になって止めてしまう。


 中身の量を減らして、もう一度挑戦。

 そうしたらバーーン! て、爆発した! ひええ!


「なんだ?!」

「銃の暴発か?!」

「どこのバカだー」

「またやりやがったか」


「はわわわわわごごごごめんなさいごめんなさい」


 謝り倒す私に「だいじょおぶ。爆発なんか日常茶飯事だから」とブリジットさん。


 それどんな日常……?


 爆発四散した熊肉やらは「あてがある」と言ってナオムさんが片付けてくれた。


 ど、どこへ持っていったのだろう……。


 気を取り直してもう一回。

 加圧の手加減を覚えて上手に仕上がるまで、何度か練習した。


 うまくいったときは感動である。

 肉に串を刺してみる。おお、やわらか。スッと串が通るね。

 成功したところで残りの熊肉全部を加圧調理。

 柔らかくなった熊肉は手でほぐせるほどだ。


 大鍋で、椎茸と昆布の合わせ出汁をとっておいたので、そこにほぐした熊肉を移し、すりおろした生姜と大蒜、乱切りにした人参、大根、牛蒡を投下。

 味付けは砂糖、味醂、醤油と和風味。


 火にかけ、コトコトコトコト煮込むこと一時間くらい。途中で水を差さないといけなかったけど、なんとか地上で作る味と同じになった。


「いい匂いだ!」

「食事当番、誰だ」

「早く食わせろ」

「辛抱たまらん!」の声が続出。


「焼肉もありますよ」と声かけたら「うおーー!!!!」な歓声。

 さすが飢えた狼たちだ。


 熱した鉄板で、ヒュールさんに切ってもらったスライス熊肉をじゃんじゃん焼く。

 熊脂がじゅわじゅわとろ~して、いいかんじ。

 塩だけふって食べる。サイコーにおいしい!


 鉄板に溜まった熊脂を使って、もやし、アスパラガス、茹でておいたトウモロコシや人参、芋も焼いた。

 タレはポン酢と、マヨネーズ入りなんちゃって胡麻だれを手作りしたら、どっちが肉に合うか論争が始まった。


「俺はゴマダレだね。まったりとしてそれでいてコクがある」

「ポンズだ。脂ぎった肉をさっぱり食べさせてくれる」

「ゴマダレだ!」

「ポンズー!」


 木製フォークで剣戟ごっこしながらの低レベルな争い。小学生か。

 うちの弟でも、もうちょっとお行儀よく座って食べるよ。


「どっちでもいいじゃなあい。美味しければ」とはブリジットさん。

 うんうんと満足げに頷くナオムさんと、「ここに麦酒でもあればなあ」と残念がるボーデシアの姉貴。


 ……実はビール、【薬膳箱】に入っているんだな。

 でも、ここで出したらいけないのは分かるよ。

 この人ら軍事訓練中なわけだものね。職務中だ。


 一応、黒毛ばさーな冷徹隊長ことティガー・ロワさんに、アルコール提供していいか聞いたけど、無言で溜息の上に首を振られた。

 ダメダメってかんじ。


「それより、この料理は何て言うんだ? 王都でも食べたことないぞ」


 おっと、ロワ隊長そこ気にしますか。


「これは、お婆ちゃんのレシピで、熊肉の大和煮って呼んでますね」

「ヤマトニ? どういう意味なんだ?」

「えと、大和っていうのが私の故郷の昔の名前だったかな。煮は煮込むの煮です。故郷の調味料を使いましたし、故郷の味って意味ですね」


 そこまで説明した時、ロワ団長の隣で大人しく食べてたシドさんが、ふいに顔を上げて私に声をかけてきた。


「ヒマリの故郷は、ヤマトっていうのか?」

「はい。昔々の話ですけどね。今は日本っていいます」

「ニホン……!!!!」


 すごく驚いた顔をするシドさん。仮面があるから本当に驚いているかいまいち分からないけれど、はっと息を飲む音が聞こえたから余程に違いない。


「どうしたシドエー……あ、ごほん。シド、何か気づいたことでも?」

「いや……今は、なんでもない」

「………………??」


 言葉を濁したシドさんに、ロワ団長も私もハテナーになる。

 どうしたんだろうシドさん。今もだけど、さっきも……天幕で手を握っちゃった後も、何か言いかけていたような……。


 と、思い出した。手、握っちゃったんだ。

 ああいう接触は本当に初めてで、男の子と手を繋ぐなんて家族を除けば幼児の頃にあったかなーというくらい記憶の彼方の出来事だ。

 つまり、覚えていない。だったらこれもノーカンだよね。


 人生初接触を果たした男性だからって、私、意識しすぎだろう。

 心の奥底の方から湧き上がってくるものが……熱い。熱い。これは熊肉食べたからだろう。

 そういえば、薬膳箱に熊の胆のうが入っていたよ。滋養強壮に良いのだね熊って。


 熊肉パーティーは盛り上がった。

 これが噂のパーリーピーポーってやつか。


 なぜか銃士隊の皆さんが私のところに挨拶にきて、「よろしくー!」って、全員と握手をした。

 私はただの迷子で、保護されているだけなのに。みんな律儀だなあ。


 その日の夜はベースキャンプに泊まらせてもらった。

 もちろん女子部屋である天幕に。


 天幕へ行く前にロワ隊長に呼び止められて、明日の朝ご飯も任された。

 合点です。

 味噌漬け熊肉がいい塩梅だと思うので、それを出しましょう。


ヒマリちゃんはスケコマシの意味を知らないので、作中では説明しませんでした。

死語だよねー。


わからない よいこは ぐぐろう

ただし ひとりで


そういえばノーカンの意味も皆様に通じているのか……。

ノーカウントの略です。

これも死語な気がするヤバイ作者の年齢がバレる

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