未来観測
気を取り直して。
「あーそうそう、で、ヒマリはさあ、ぶっちゃけなんで家出したわけ?」
ボーデシアさんがコーヒーをすすりながら、気まずい空気をクラッシュするように私へ質問だ。
気を遣ってくれてありがとう姉貴。私も居たたまれなかった。思わず姉貴呼びだよ。心の中でだけど。
ちなみに姉貴のコーヒーはブラックである。イメージ通りだね。
さて、困った。私は家出少女ではない。そうにおわせておいた方が無難かなと、敢えて勘違いのまま訂正しなかったけど、理由まで聞かれると困る。
神様に誘拐されましたーと神を悪者にしたら神への冒涜になるかもしれないし。
この世界には神様がいっぱいいて、それぞれに敬い奉られている。
どの神様の悪口も言えない。悪口を言う気もないけれど。それでも個人的に、神々へは勝手に死亡者扱いされ召喚されたのだ。不条理への恨みしかない。
咄嗟に頭が回らない。
「うえーと、あ~~」などと唸りながら、視線を泳がせ、言い訳を考える。
駄目だ。思いつかない。もう少し頭の回転が早ければ、言い訳でも何でも出来ただろうに、今ほど自分の頭の悪さを呪ったことはないよ。
高校受験だって、なんとかギリギリの成績で合格したし……。
「ふむ。ま、理由はいいや。言いたくないこともあるだろうし」
と、手のひら返したかのようにボーデシアの姉貴。
「ええ、そうね。言いたくなったら教えてね。どんな理由があろうと、ご家族は心配してると思うのよ」と、これはブリジットさん。
こくこくとナオムさんも頷いている。
なにこれ三人のお姉様方が本当に優しい……!
私を家出娘として、何か言いにくい事情があるのだろうと、心配して気を遣ってくれている。純粋なその好意に、私は嘘をついてるわけじゃないけど胸が苦しくなった。
うううう……こうなったのも全部、この世界の神様たちの所為だ。ありがたくも便利な諸々のギフトだって私への贖罪みたいなもの。
勝手だよねー神様って。
「考えなきゃいけないのは加護のことね。一般人の加護もちは国から補助金がでるし、保護対象なの。報告によっては加護に関連のある神殿から迎えを呼べるけど……。
ヒマリちゃんはどうしたい?」
ボーデシアの姉貴に尋ねられる。
「神殿……それはどこの神殿でしょうか? 私、色々な加護を持ってるので……」
「複数加護もちか。何個もってんだい?」
「はい。えっと、いっぱい。いっぱいです」
使ったことがあるのは炎風の神からのだけで、他にも水雷の神からと光雪の神からも加護を貰っている。
これからもきっと万理の導きで増えるだろうから、加護何個もちになるか断定できないよ。
私の頭悪い答え方に、ボーデシアの姉貴のみならず、ブリジットさんもナオムさんも、三人ともが驚きで目を丸くしている。
いっぱいって言い方が悪かったんだろうな私。きっとアホの子と思われたよ。
「聞いていいかい?」
「は、はい……」
「ヒマリちゃんが加護もちだってこと、ご両親は知ってんの?」
「いえ。それは、知りません。私、私は……故郷を出てから加護を授かったので、家族は知らないことです」
召喚されてからのことなので家族は当然知らないんだよー。
「そうか。じゃあ……こういう場合ってどうなるのさ?」
ボーデシアの姉貴、ブリジットさんに訊く。
「一番強い加護ゆかりの神殿へ預けるんじゃなかった?」
と、ブリジットさんはナオムさんの方をチラッと見る。
「でも、彼女の場合、どれが一番強い加護なのか把握してなさそうだよ」
なんと、今まで無口だったナオムさんまでもが、私を見据える。
おっしゃる通りです。どれが一番強いとか強力だとか、そういうのは知らない。
「………………」しーん。
誰も何も発しない。じっと三人から見詰められるだけだ。私が。
気まずい。緊張がまたぶり返してきた。注目されるのって居心地悪いよね。
胃の腑がまた悲鳴を上げそうになる中、外から物音がした。
また誰か来たみたいだよ。天の助けだといいな。
「ん? ああ、シドか」
来客はシドさんだった。
ボーデシアさんが応対に出て、ブリジットさんが木製マグカップ持ったまま席を立って、なにかの箱のレバーを捻った。お湯がじょーと出ている。
後から聞いた話、あれはお湯を沸かして保温しておく魔法器具らしい。外見、木製のただの箱にしか見えないけど、よく見れば側面にお花の絵が描かれていて可憐である。
ブリジットさんが人数分のコーヒーを淹れ直してる間に、ナオムさんが円座布団を増やし、背もたれ用クッションを整えた。素敵な連係プレーだ。
「二人共、食事当番だって。男どもが飢えてるんだとさ」
戻って来たボーデシアの姉貴が告げる。
「あらあら。仕方ないわね。お給金分は働きますか」
「この場にはシドが?」
「そう。話がしたいんだとさ」
女子三人の会話の後、彼女らは天幕を出て行った。
残されたのは私と――シドさん。
シドさんはブランベアから助けてくれた赤毛ばさー白梟仮面の人である。
それ、室内でも脱がないのね。何か拘りがあるのだろうか?
シドさんは入口近くの円座布団に座った。私から左斜めの位置だ。
そこで木製マグカップに口をつける。
直ぐに口を放したところを見ると、熱かったか苦かったかしたのかもしれない。
顔上半分が仮面に覆われているとはいえ、その反応は顕著で、彼がコーヒーを苦手としていることが私にも伝わった。
男の人は皆コーヒー好きだと思っていたから、ちょっと意外。
私の視線に気づいたシドさんは気まずそうにしている。
あ、いけない。じろじろ見過ぎたかも。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます。銃……? 撃ったの、シドさんですよね」
「そうだが……。仕留めれて良かったものの、あんなところを独り歩きとは感心しない」
はっ。そうだ私、不審人物だった。
「やーそうですよね。すみません。初めてのところでよく分からなくて。迷子です迷子」
「そういうレベルの話じゃないと思うんだが。君はいったい、雪山で何をしていたんだ? ブランベアに追いかけられて逃げ切れるなんて……魔獣より早く走っていたことになる。
どういうスキル持ちなんだ?」
「えーと、何と申しますやら……」
誤魔化すことは出来そうにないので、スキルじゃなくて、【翼足】と【体力無尽蔵】というギフトを、神様から貰っていることを話した。
「他にもあるだろ」
バレてーら。でも内緒。
万物万理神様ペアの【贈り物】はチートすぎると思うんだよね。
代わりに加護の方を話す。
「炎風神から<炎と風の加護>、水雷神から<水と雷の加護>、光雪神から<光と雪の加護>をいただいてます」
「そうか。話てくれてありがとう。僕もそこまでは視えるんだ。でも、君はもっと色々と隠し持ってるよね」
ふぁい。吹き出しや矢印が視界に現れるなんて言えません。説明もし難いし。しても理解不能だろう。
「えーと、もしかしてシドさんもギフトをお持ちなんですか?」
私がギフトの話をしても冷静だったから、なんとなくそうじゃないかなって。
シドさんも、希少価値の高いギフトの所持者だと推測する。
「そうだね。僕は【視察】のギフトを授かっている。現場の、様々な状況や人となりをも見抜ける力だ。君の情報は視えにくい。多分、君の加護が、かなり強力な所為だろう」
おお、加護のサブ的な効果すごーい。と思いながらも、私は別のところへも関心がいっていた。
話半分に、ぼへーとシドさんを見る。失礼な態度でごめんだけど、どうしても、頭に被っている真っ赤な毛もじゃが気になってしまう。
あの毛は何の毛なんだろ?
何故か、そっちの方が気になる。あの毛、すんごくふわふわしていて、綿菓子みたいだもの。
触ってみたい――と、思ったのがいけなかったのか、無意識に私の左手は動いて、その赤毛もじゃもじゃに触れようとした。
「――――あ」
左手を掴まれた。そりゃそうだ。いきなり触れようとした私が悪い。
払い除けられたり邪険にされなかっただけでも御の字だ。
そう思うとシドさんはいい人だ紳士だ。
ごめんなさいと言おうとしたところで、
「――――え?!」
それが私の頭の中に入ってきた。
瞬間的に様々な映像が私の脳内を苛む。
色んな人物が……ほとんど知らない人たちばかりが、風景が、映り、消え、また何らかの事象が起こっては、過ぎ去ってゆく――――。
時間にして、ものの数秒だったと思う。
その間に脳内の映像では沢山の人に出会い、会話し、出来事が起こったのだが、それのどれもが記憶に残らなかった。
ただ一つ、鮮明に印象づけられたのが、プラチナブロンドの髪を翻し、黒い塊の方へ向かって行く、白い軍服姿の軍人さん。
彼は何かに突撃し――――そして、散った。
私の胸がザワつく。引き裂かれるような痛みも伴い、呼吸すら難しくなる。
嫌だ。どうして。彼が。どうして――――。
「まさか―――【未来観測】!?」
シドさんの声で現実に引き戻された。呼吸できる。
はふ~~。今のなんだったんだろ。
未来、なんだって?
「君、君は……君の、名は……」
某有名アニメ映画の題名かな。
違うだろ。ボケている場合じゃないよ。
「陽葵ですよ」
「そうだねヒマリ……変わった響きの名前。君はもしかして……。
いや、君は時の神にも愛されてるようだ。でも【未来観測】は、これは危険すぎる。だから僕の兄は――と、あっ、ヒマリは大丈夫か?!」
突如、掴まれてるだけだった左手に力がこもった。ぎゅっと握られたのだ。痛いと思うほどじゃないけれど、何事かと思う。
「え。へ、平気ですよ」
なにが? とは問えずに適当に答えてしまった。
「本当に? 気分悪いとか、酩酊感や貧血、あと嘔吐感とか。強力なギフトを行使すると魔力を奪う。体調を崩すんだ。酷いと病気になる。だから、どこか痛いとかもあれば直ぐに申告してくれ」
えーとえーと、痛いとこはないけども……。
シドさん、こんなに必死になってくれるのは何でだろう。いい人だなあ。
「どこも何ともないから。その、心配してくれて、ありがとう」
しまった。敬語忘れちゃった。接客バイトのおかげで敬語を使うことは覚えたけど、根が適当な性格なので、化けの皮剥がれたら言葉遣い雑なのバレちゃう。
「あ、ああ……何ともないなら良いんだ」
そう言ってからシドさんは手を放してくれた。それがちょっと惜しいと思うなんて……。
私どうかしているよね。
今になって手を掴まれたこと、恥ずかしいと思ってしまった。
これまでに男の人と手を繋いだ経験ってあったっけ?
お父さんとはノーカン。爺ちゃんもノーカン。弟とはしょっちゅうだ。弟はまだ幼いから手を繋いでいないと、どこへ行くかわからないから。これもノーカンで。
他には……あれ? ないぞ。家族以外では初めてじゃないか?
シドさんが初めて――――て、うわあ、そう思うと益々に恥ずかしくなってくるよ。
顔が火照ってくるの、止められない。
両頬に手をやって俯いた。こんなことで、真っ赤になってしまった顔を隠せるとは思えないけど、でも、つい顔を隠してしまうの。