銃士娘と衛生兵
銃士隊に保護された私。
遠くに見えた樹氷のところにベースキャンプがあるという。
そこまでブランベアは二人のムキムキ男たちによって運ばれた。
何百キロもする熊の巨体をたった二人で……。
重いものは引き摺って運ぶという発想しかなかった私にとって、男二人で巨大熊を肩に担いで運ぶという図は、なかなか刺激的だった。
力持ちさんだねえ。
樹氷の間に張ったベースキャンプでは、残りの銃士隊が待機していた。
驚いたことに女性銃士の姿が何人も見えた。男の人ばかりだと思っていたから本当に驚いた。
女性銃士たちが近づいて来る。その中でも、短いアッシュブロンド髪を鶏冠みたいにした野性的な髪型のお姉さんが、最初に口を開いた。
「大きな獲物じゃないか。目撃情報のやつだね。仕留めたの誰? ……ああ、やっぱシドか。やるね。で、その子供は何だい?」
子供って私のことかなあ。一応、身長は150なんだけども。
鶏冠お姉さんの身長は高い。170センチ代なのは確実。へたしたら180かも。
異世界の女の人は欧米の人並みの背丈なのだろうか。
隣に居るストロベリーブロンド髪なお姉さんや、ブリュネット髪なお姉さんも、高身長だ。三人並ぶとあれ、チャーリーなエンジェルのよう。敵対組織に三人で乗り込みそう。かっこいい。
「この娘はブランベアに追われていた。保護することにした。ボーデシア、君に任せた」
冷徹黒毛ばさー男が、私を鶏冠お姉さんにパスした。
どこか投げやりな風に。
「へえ、いいよ任された。あんた名前は? うち、ボーデシア・ナツティン」
鶏冠お姉さんことボーデシアさんは、気を悪くするどころか興味津々で私の傍へ来て、名を尋ねる。
私が名乗れば、もう一人の女性銃士も自己紹介してくれた。
「私、ブリジット・スタンニ。こっちがナオム・ヨデル」
ストロベリーブロンドのお姉さんがブリジットさんで、ブリュネットのお姉さんがナオムさんね。
ブリジットさんは快活に喋るけど、ナオムさんは軽い会釈だけで無口な女性だ。
ベースキャンプの天幕は男女で別れていて、その内の女子専用幕へと連行される。私ドナドナ。手錠はないけど。気分的に。
これから尋問が始まるのかなと思うと、胃の腑辺りがキュッと縮む。
「ん~そんなに固くならなくていいよ。その辺に座って。はい、リラックス~リラックス」
ボーデシアさんに促されて、座布団やクッションがわさわさっと積んであるところに、座った。
あ、ここ温かい。下からじんわりあったかい。
電気カーペットみたいなのが敷いてあるんだな。この世界に電気は……なさげだから、魔法の力かな。
これってどういうものですか? とも訊けない私は、大人しく正座をしていた。自主的正座で背筋ピーンって伸ばしていたら、まだ固いとボーデシアさんに言われ、正座をやめる。
足を崩したはいいが、やはり緊張。
カチンコチンな私の前に、木製マグカップが差し出された。
「どうぞ飲んで。ブランベアに襲われたんでしょ。怖かったよねえ。これ飲んで温まるといいよお」
ブリジットさんが優しく微笑んで手渡してくれたのはコーヒーだ。この世界にもコーヒーがあるようだ。砂糖とミルクがたっぷりの甘いコーヒーだった。
コーヒーを飲んで体の内側から足も爪先から温まってきたら、だんだん緊張も解れてきた。
ふと見やれば黒くて四角い形の箱がある。暖房器具かな。あれもきっと魔法の力で動いているものだと思う。
暖房器具の方からも温かい熱が伝わってきて、その暖房器具をつけてくれたナオムさんの方を見る。
ナオムさんも笑んでくれた。
優しい淑女三人に囲まれ、私の尋問は始まる。
定番の、「君どこの子? 名前は住所は家族は」の攻撃に耐える。どれも正直に答えると、おかしな子認定される困ってしまう質問だ。
異世界から来ました。家族は異世界におります。神様に召喚されてこの世界に来ました。責任の所在は神様にあると思います。
そう答えれたら楽なのに……。
私は誤魔化しつつ家族構成を語る。
父母弟と暮らしていたこと、故郷は遠くにあって、もう帰れないことを告げた。
「故郷を失ったということかい?」
「あ、いいえ。故郷はあります。ただ、家族は私が死んだと思ってるはずです」
そう、私は死んだことになっている。
物理と万理の神様たちから説明してもらったことによると、私をこの世界に召喚した時点で日本での私は死んだことになっているって。
こちらの世界へは、私の記憶と魂を引き継いだ新たな肉体で顕現させたって。
はい? と、意味が分からなくて何度も神様たちに聞いたから、間違いない。
日本での私は死亡者扱い。こちらの世界へ新しく生まれ変わった存在なのだそうで。
ただし日本で生きていた頃の姿形そのまま、記憶も魂もそっくりそのままで、この世界で甦ったことになっている。ややこしや。
……でも、明確に理解していることが一つだけある。
もう二度と、私を育んでくれた故郷には戻れないということ。
これまで慈しんで育ててくれた家族とは、今後一生、会えないということだ。
「家出娘かー」と、ブリジットさんが呟くのも無理はない。私の拙い説明ではそうなっちゃうよね。
続いての「どうやって雪山まで来たの?」の質問には「神々のご加護のおかげで」と無難に答えた。実際そうだから嘘などついてないよ。
この世界には沢山の神様がいて人間を手助けしてくれるから、それぞれに神殿があって、みんな信心深いそうだ。
だから、神様のおかげって答えれば「なるほど。さすが神様ね」ってなる。
と、ここで誰か来た。天幕の入口から「入っていいかな」の声がして「いいよ」とボーデシアさんが応える。
「失礼するね」って入って来たのは、ひょろ長い背丈の男性だった。
「俺はエイフレム・ダガート。衛生へ~~~~いだよ」
なんで兵のとこ伸ばした? 衛生兵だよね。
軍服の上に白衣を着ている衛生兵。
「隊長から診察を頼まれたんだよね。君がそうかな?」
「エイフレム、この子はヒマリ。診察するなら、うちら出てった方がいいかい?」
「いんやあ。ここに居てよ。その方が君も安心するだろ。ねえ」
と、私の方を見て言うエイフレムさんとやら。ひょろ長い背丈に、草原を連想させるような髪。全体的に草のように細長い人だ。
衛生兵ってことは、お医者さんかな。医療道具が……聴診器すら見当たらないけど、この場でするのかな。
「はい。立ってみて。そうそう、で、一回ターン。真っ直ぐ。前見て、この指見える?」
右手人差し指を立て、私の目の前30センチくらいの距離のところにあれば見えないわけない。
こくこくと頷いていると、その人差し指にポワワンと光が灯された。
綺麗な暖色だ。
「正常だね。ついでに訊くけど、この色、何色に見えるか順番に答えてみて」
「色……ほんのりピンク色で……あ、赤になった。青色、黄色、緑、白……かな」
「そう。正解だ。……よし、いいよ。怪我もなし。健常だ」
なんかよくわからない内に終わったらしい。
「ありがとうございます先生」
「おや。へえ、挨拶できて偉いね。親御さんの躾が良いのかな。俺のことはエイでいいよ」
「はい。エイ先生」
微妙に子供扱いされた気がしたけど笑顔で応える。
エイ先生は長い草色の髪を翻して「じゃあね」と去って行った。爽やかミントの残り香がした。清潔感溢れるおしゃれ衛生兵だ。
「珍しいわね。あの人が他人にエイって、愛称で呼ばせるなんて」
「ブリジット?」とナオムさん。
「別にいいのよ。別に」
別に良くないかんじのブリジットさんの緋色の双眸が据わっている。不機嫌そうだ。
もしかして私、ブリジットさんの押してはいけないスイッチ押しちゃった……?
<今話の人物紹介>
エイフレム・ダガート(男)衛生兵
┗草色の髪。草のように伸びた背。ミントの匂いがするのは種族的な何か。
ボーデシア・ナツティン(女)銃士
┗短いアッシュブロンドを鶏冠みたいにした野性的な髪型。面倒見のいい姉御肌。
ブリジット・スタンニ(女)銃士
┗ストロベリーブロンド髪を巻き巻き。緋色の目。エイ先生に片恋中。
ナオム・ヨデル(女)銃士
┗髪型はブリュネットをボブカット。的確な説明をしてくれる冷静な人。