銃士隊に出会った
戻って行くと、なんだか黒い塊の集団が見えた。集団は十人近くいるだろうか。
誰もが背中に銃剣を背負っていて、仕留めたブランベアを囲み、何やら口々に喋っている。
「素晴らしい。一発だ」
「やるな。さすがシド」
「お前は外れたから罰金。百ポゾな」
「ちくしょう金持ってねえよ!」
「グレッグも賭けてんのか?」
「オリヴァーに勧められてな。ノラティオは外すと思った」
「だな。俺はシドに賭けて勝った。オッズは……」
あれ? 日本語が聞こえる。
明らかに外人顔した人たちなのに、口から出る言語は日本語。なんだか違和感ばりばり。おそらく異世界の言葉は別言語だろうに。私の耳に到達する間に自然と訳されているらしく、それはありがたいけど、初めての珍現象。たいへん違和感を覚える。
二重音声ではないから聞こえやすいっちゃあ聞こえやすいけどね。
これは言語の神様からの贈り物、【自動翻訳】の効果かな。
このギフトを貰っているのは知っていたけど、この世界の人たちに会ったのはこれが初めてなので、只今初体験中ってとこ。
……うーん。
彼らの話からして、どうやら賭けをしていたみたいだね。
聞こえた限りだと、シドって人とノラティオって人が銃を撃ち、シドって人が魔獣を仕留めた。
他の人は、二人の内どちらの弾が当たるかを賭けていたと。
そういうことね。
賭けでも何でも私は助けてもらったみたいなので、御礼を述べるべく、集団へと近づいた。
「あの~……」
一言発したら、集団から一斉に注目を浴びた。恐怖。
振り返ったスキンヘッドの人、目つきが超怖い。
黒いもさもさの毛皮みたいなものを頭から被っている人なに……? 得体の知れなさが怖い。
他にも、体格が良く、魔獣より毛もじゃな人がいるな……。
なんかもう全員ゴツくて怖いだけ。
男の人ばかりである。女の人はいない。
銃士隊だっけ。軍隊っぽい集団だから男性ばかりなのだろうか?
それにしても怖い。さっきからずっと怖いとしか思わない。
「あ、と、えと……」
男の人ばかりから感じる威圧感で、私は言い淀んでしまった。
別に男性恐怖症ってわけではない。これでも喫茶店と総菜屋の接客業でならした身。若い子から中年お年寄りまで、営業スマイルゼロ円で乗り切れる自信はある。
でも、自分の言葉が、きちんと伝わっているかどうか……。
異世界の言葉は理解できたけれど、私の言葉は理解できないかもしれないという不安も入り混じって、声をかけるのも萎縮気味だ。
それでも私は勇気を振り絞り、笑顔を顔面にビタッと張り付けた。
第一印象大事。ここで挫けたら人里に連れて行ってもらえないかもしれない。もうこんな雪山を一人で彷徨い歩くのは嫌なのだ。
「銃士隊の皆さん、危ないところをお助けいただき、ありがとうございましゅた」
舌噛んだ。深々とお辞儀。
エプロンの前で両手を揃え斜め45度。感謝の意。
お辞儀し終わった後も、なんとか笑顔を保つ。
この人たちは助けてくれた人たち怖くない怖くない怖くない……。
「お嬢さん、こんな寒い中、そんな薄い服装で何をしていた? カーナ村の住人ならば、危険な魔獣情報は知っているはずだ」
あ、私これ怪しまれてる。
黒いもさもさの毛皮みたいなものを頭から被っている人に言われてしまった。
その毛皮は温かそうだけれども、私を疑う目は心底冷えていて凍てついている。冷徹な瞳ってこういうの差すのかな……。
カーナ村というのは、
『これより北北西に十キロ下ったところにある村。名物は雪像まつり。シンボルツリーにお祈りすると吉』
と、視界に万物説明文な吹き出しが出ているので、読む。
そして万理の導き矢印が差す方角が北北西だ。
たまにこうやって万物万理ペア神たちがタッグを組んで教えてくれるのよね。仲良しだなあ。
しかしシンボルツリーにお祈りとな?
おそらく何かの神様からギフトをゲットできる情報に違いない。
今までも万理の神のお導きはこんな感じで、従えば何らかの見返りがあったから。
で、私はそのカーナ村の娘だと思われていると。そして、エプロン姿に不審を持たれていると。そういう状況である。
「ええええーと、私、炎風の神様から【炎と風の加護】をいただいてまして、決して怪しい者ではなく……人里を探して、歩いていただけなのです」
必死の弁明だ。炎風の加護があるから、私の周囲は温風ヒーターの如く温かい風が舞っており、寒さもへっちゃらなんである。
あと、この服――学生服である校章ワッペン付きワイシャツに、紺色スカート、エプロンという格好は、この世界の人にとったら、おかしな格好だろうけども――勘弁して欲しい。
ここにいることも、うまく説明できないので、職質は本当に勘弁を願いたい。
「ああ、加護もちなのか。ならば余計、こんなところをウロウロしているのもおかしな話だ」
ひいいもっと疑われたああああ
後から聞いた話だが、加護もちというのは王侯貴族なんかに多くいて、一般人だと一万人に一人とかの稀少な存在だとか。
一般人の加護もちには国から補助金が出たりするから、該当する神様の神殿で保護されるのが決まりだという。
だから、本来なら私はこんなところでウロウロしていたら、あかんのです。完全に不審者なのです。
「どうするシド?」と、黒い毛皮男がチラ見で視線向けたのは、これまた奇抜な赤いもさもさ毛皮を被ったお兄さんにだった。
他のゴツムキッとした体育会系兄貴たちに比べたら、随分と細身なお兄さんだ。
シドと呼ばれた赤毛皮もさもさ兄さんは、猟銃のようなものを肩に担いでから私の方へ振り向いた。
え……この人、目のところ仮面で隠しているよ。
白い羽毛で飾った仮面? よく見ればそれは梟みたい。嘴がついている。嘴は黒い。
赤毛ばさーと白梟仮面。なんのコスプレだ? と、現代日本で見かけたらそう思うかもだけれど、ここは異世界。この人らは銃士隊とかいう人たち。私の基準に当てはめちゃいけない。
しかし銃士隊、奇抜で個性的なコスプレ集団だとお見受けする。
赤毛ばさーに黒毛ばさー、スキンヘッドに毛もじゃに刈り上げに、他にも黒レンズ眼鏡かけた人と、煙草を銜えている人と、麿眉毛な人がいる。
その誰もが銃剣や猟銃を携え、黒いダッフルコート着用でワイルドな姿。
もし、うちの実家の商店街に出没したならば、全員が銃刀法違反で警察案件である。
「保護しよう」とは、赤毛ばさー白梟仮面お兄さんこと、シドさんとやらの発言。
たった一言なのに、黒毛ばさー冷徹男も、その他のゴツムキ個性派な銃士の皆さんも、全員が合点とばかりに各自行動し出した。
ブランベアを運ぶ人たちと、荷物まとめて運ぶ人たちとに別れての行動だ。
黒毛ばさーの人は司令塔のような役割を果たしている。
「君、名前は?」
「陽葵です。垣原陽葵と申します。苗字が垣原で、名前が陽葵です」
「……イマリ?」
「ヒマリです。呼びにくくてすみません」
「いや。あー、こちらこそ間違えて失礼した。僕はシド・エンド。シドと呼んでくれて構わない」
「はい、シドさん」
この時の出会いがシドさんと初対面で、後にまさかプロポーズまでされちゃうとは……。
未来は私の想像以上に、波乱な嵐に満ちている。