コードルはママの味
真昼を少し過ぎたくらいに銃士隊は戻って来た。
「手土産にブランフザン狩ってきたぜ!」
元気な声でロルカンくんが叫ぶ。
ブランフザンってなんだろうね?
ドシンッと地面に置かれた獲物は、見たところ真っ白な巨大鳥である。でかい。熊くらいでかい。
この世界の生き物って大きいものばかりだなあ。食べれるところが多くて素晴らしいと思ってしまう私は食い意地が張っているのでしょう。じゅるり。
「ブランレプスと同じで、この時期になると新雪と見分けがつかないくらい全身が白い羽毛に覆われる鳥なんだ。飛び立ったところで羽を狙って落としたから、身に傷はついていない。旨いぞ」
博識なマホンさんの解説を聞いて、やっぱり最初に思うのは「誰が撃ち落としたんですか?」ということ。
一斉に皆の視線を集めるシドさん。
「あ、でも、追い込んでくれたのは皆でだし。俺だけで狩ったってわけじゃあ……」
謙虚な言い訳を始めるシドさんだが、刈り上げヘアーなノラティオさんが、「慰めはいらねえぜシド。撃墜王はお前だ」と彼の肩を叩く。
ロルカンくんに聞いた話だと、ノラティオさんは以前から狙撃の名手と評判で、スカウトされて銃士隊に入隊したほどの人物だ。
でも、シドさんには敵わないのだそうで。
シドさんの射撃速度は異常に早く、また精密な射撃で、どちらが先に獲物を仕留めるか競争をすると、必ずシドさんが勝つという。
ならば二人はライバル関係。嫉妬の火花を散らし互いに憎しみの感情を抱いているに違いないと邪推しがちだが、そうでもないらしい。
二人して食器を持って昼食のコードルを配膳する列に並んでいる。
二人して野外食堂の即席丸太椅子に座って食事をし出した。
「ノラティオ、ここ空いてる。一緒に食おう」
「おうよ。……狭いな。もちっと詰めろ。お、このシチューうめえ」
「うん、美味しい……あったまる」
狭いスペースで膝付き合わせて食事をしている二人の姿は、とても仲良しに見えた。
その仲を割って入ったのが、金髪ツンツンなシドさんの兄ちゃんだ。
「やあやあ弟よ元気かい俺は元気だスープがうまい!」
一息でまくし立てる金髪兄ちゃん。無駄にハイテンション。
「ソラノス様、なんでここに?」
「ノラ! 決まってるじゃないか可愛い弟の為に食糧を運んで来たんだよ!」
胸張る金髪兄ちゃん。可愛いと評する弟シドさんに肩を寄せ、抱擁せんばかりの勢いだ。
「ありがとうございます兄上」
「シドー! そんな他人行儀な敬語はやめてくれ! 俺、兄、お前、ラブリー弟。ツーカーでいこうじゃないか!」
「相変わらずですね兄上」
兄弟仲は非常に良好らしい。ノラティオさんも交えて愉しく話をしているのを、聞き耳立てながら肉厚ベーコンにかぶりつく。それが私です。
塩気のあるベーコン肉が、お口の中でほろほろ崩れてええかんじや~。
「ああ、こういうの実家でよくでるわ」
「実家……母ちゃん思い出す……」
「弟たち元気かなあ……」
「嫁に行った妹、ちゃんと飯食えてっかなあ」
な、なんか、あの辺しんみりしだした。
狙ったわけではないけど、おふくろの味的なものつくっちゃった? 日本人でいう肉じゃが的な?
なんか、ごめーん!
私、居た堪れなくなってきて早めに食べ、こっそり炊事場へ戻った。
それから、鍋に残ったコードルと果物の皮を持って、ウパ爺さんのところへ行く。
ウパ爺さんは天幕からちょっと離れた牧場にいる。
「ウパ爺さん、余り物だけど、どうぞ」
『うむ、すっかり爺呼ばわりが板についたの。どれ、いただくか……』
餌台みたいな机があったので、そこに持ってきたものを置く。
ウパ爺さんは、のそっと立ち上がって、もぐもぐご飯を食べだした。
『ふむ……、ふむむ……』と、何故か唸りながら食べてるけど、どうしたのだろう?
ウパ爺さんが食べだしたら、その向こうにあった何かの山だと認識していたものが、のそそっと動いて、こちらにやって来た。
……あれ? もう一匹モジュビフルがいる。
ウパ爺さんよりは小柄だけど、もう一匹、茶ドレッドなモジュビフルが、餌台の上のものをフンフンと嗅ぎ、林檎の皮の切れっ端をもそもそ口に入れた。
ウパ爺さんがコードルの入った器を、後から来たモジュビフルに譲る。
またもやフンフン匂いを嗅いでからコードルを食べだしたモジュビフル。名前なんていうのだろう。
食べている時に話しかけるのもなと思い、しばらく、その食べっぷりを眺めていた。
やがて、『うまかったぞ』と、器から顔を上げたモジュビフルが鼻をふごふごした。
ウパ爺さんも『まいう~』と、鼻を鳴らす。転生者から教えてもらった言葉だそうだ。
「お粗末様でした。お口に合って良かったです。食べてくれてありがとう」
『感謝するのはこっちだ。ここにいると温かい料理が出てくるんだな。いいところだここは』
茶ドレッドなモジュビフルが応えてくれたので、嬉しくなって私も疑問をぶつける。
「前にも温かい料理を食べたことあるの?」
『前にブランベアの肉を貰ったぞ』
あ、爆散したやつだ。
初めての加圧調理で手加減が分からなくて、やらかしちゃったやつである。
あの時ナオムさんが「あてがある」と言っていた「あて」とは、どうやらモジュビフルに餌として……だったらしい。
「すいません……」
『なんで謝ってんだ?』
「やーあれ、調理失敗しちゃったやつなので」
『そうなのか? 失敗でも、うまかったぞ』
「おおう。お粗末様ですう~」
私は捨てるようなものを食べさせてしまったことに恥じ入っていたのだが、モジュビフルが鼻ブフルンさせて笑っているから赦された気になってしまうよ。
茶ドレッドなモジュビフルはウパ爺さんより若くて、パニヴェッダという名らしい。長いのでバニィさんと略し、更に兄さんって感じなので、合体してパ兄さんで。
バニィ+兄さん=バ兄さんね。
「パ兄さん、今度はもうちょっとまともなの持って来ます」
『今までのも十分うまかったけどな』
いやいやそこはリベンジさせてくださいよ兄さん。
よく見たら茶ドレッドがいい感じに横分けに決まっていて、イケメン動物に見えなくもないパ兄さん。もっと良いもの食べてもらおうと私は気合を入れる。
昼に貰ったブランフザン。こいつを使って、今夜の料理も頑張るぞ。
鳥料理といえば、あれでしょう。あれ、あれ。
や き と り に決まりだね!
シンプルな塩焼、そしてタレ焼と、どっちも美味しいよねえ。
牧場から炊事場へ戻ったら、銃士隊の皆さんはもう出掛けた後だった。
え、お見送りできなかったよ?!
そしてブランフザンも、既に解体されていた。は、早いな。
新鮮でぷりぷりっとした桃色肉が調理台に乗っていて、臓物は大きなボールいっぱいに。羽根は有効活用するということでブリジットさんが持っていったのだと、留守居役なエイ先生が語る。
きっと、うさぎの毛皮と共に、女子力を上げるグッズにされてしまうのでしょう。南無。
というかね、またもや、エイ先生とふたりぼっちなの……。
今回はお見送りすらできなくて、さみしさが極致。私はいつからこんなに寂しん坊になってしまったのでしょうか?
そもそも、このような雪山へ一人で放り出され、彷徨うわ魔獣に追いかけられるわで怖かったところを助けてもらって、暖かい場所へ招き入れてもらい、やさしい言葉をかけられて……懐かないって方が無理だよ。
同じ釜の飯も何度ご一緒したと思っているの。銃士隊の皆さん、本当に良い人たちばかり。
うううううう~~。そういうことを考えていたら、より一層さみしくなってきた。
私は一心不乱に焼き鳥用の串を削る。薪はいっぱいあるからね。半端に余った木片やら木の棒も、木材置き場の脇に固めてあったから、その中から串に使えそうなのを選んで、ただひたすら削ってゆく。
小型ナイフで。
誰のか知らないけれど、置いてあったから使わせてもらっている。これが意外と難しい。
焼き鳥の串だから、細く、先も尖らせたい。細くしようとすればするほど、無骨なものが出来上がってゆく。
もうちょっと表面は滑らかにしたいよう。かと言って力を入れて削ると、パキッと折れる。
ええー、私、超不器用。
「手伝ってやるよ!」
見かねたのか、シドさんの兄ちゃんが串を一本、ささっと作ってくれた。
「え、めちゃくちゃうまいんですけど。匠ですか?」
「加工系のギフト持ってるからな。こういうのは得意だぜ」
言うだけありまして、本当にお上手です。細い木串を作るだけでも大変なのに、最後、ひとなでしただけで彫りムラが無くなり、つるつるになるの。
何が起こったの? ホワーイ?
ギフトの力だというのは教えてくれたけど、どんなギフトかは内緒らしい。
私も深くは聞かないようにした。
「ありがとう! すごく助かったよ」
「おお、もっとやってやる。さっきの飯つくったのお前なんだってな。うまかったからさ。これぐらいなら、何本でも拵えてやるぞ」
なんと、昼ご飯の御礼。律儀だなあ。さすがシドさんの兄ちゃんだ。シドさん、真面目でいい人だもの。兄ちゃんもいい人だ。金髪ツンツンだけど。
私は微笑みながら、ブランフザンの内臓を仕分ける。
シドさんの兄ちゃんが串を作ってくれる間に、肉の下拵えをしちゃおう。
ブランフザンは巨大だけど鳥だけに、日本でいう養鶏と同じ内臓のようだ。
肉屋の伯父さんちで手伝ったことがあるから、思い出しながら腑分けをしていく。ちょっと気持ち悪いけど、愛らしいウサギからでろんと出てくるよりは、インパクトが少ない。
これは食べられるところ……これは美味しいの…………。
暗示がうまくいったのか、皮・肝臓・心臓・砂肝を見分けることができた。あと、きんかんも。この鳥、雌鳥だった。ということは、ひもがある。
きんかんは卵黄。卵白と卵殻に包まれる前のもの。ひもは輸卵管のこと。噛み応えがあるから、こてっちゃんのような味わい。こてっちゃん知ってる? 牛モツを味付けした製品なんだけど、あれって牛の小腸なのよね。コリコリして味わい深いの。醤油味が好き。
だからこれも、甘辛く醤油で煮付けようと思う。絶対おいしいやつ。間違いない。
木製のボールに部位ごとに腑分けした臓物たち。水雷の神様の加護で水雷を操り、汚れを落としていく。水の塊の中で磁力を起こして汚れを吸着させるのだ。
浮いた汚れは、水の塊ごと樹林の方へ向かって、ポーイ。バシャン。木に水雷球が当たって弾けた。樹皮がめくれてしまった。これはいけない。自然破壊は駄目だ。
二回目からは地面に投げた。バッシャーンと弾けた水雷球は周囲の雪を点々と溶かし、静電気が土へと吸い込まれる。
「豪快だな、お前――と、名前なんつーの?」
「私、垣原 陽葵だよ。陽葵が名前。ヒマリって呼んでね」
「イマリ?」
「おしい。ヒマリね、ヒ・マ・リ」
シドさんと同じ、発音間違えだ。さすが兄弟ね。
そのことを指摘したら、「そうか。俺はソラノスだ。ソラって呼べ」って、嬉しそうにしていた。
弟のこと、大好きなのね。そこは私と同じだよって、また話が弾む。
「ソラくんて呼んでいいの?」
「おう。ヒマリは子供だからな。呼びやすいように呼べばいいぞ」
「子供じゃないのですが……」
来月で16歳だと伝えても、「嘘だろ」と信じてくれないソラくん。
ソラくんだって、あの落ち着いたシドさんの兄ちゃんだって知らなかったら、けっこう子供っぽく見えるんですけど。
「俺は18歳だ!」
それこそ嘘だろ。
「シドさんの方が年上に見えるので、却下」
「いや、却下されてもな。純然たる事実だ。ちなみにシドは13歳だぞ」
「…………………は?」
聞き間違いかな?