モジュビフル族ウパッタリ
「あれ? ソラくん。わざわざ君が来たのかい?」
「やあ、エイフレム。補給の荷運びに来てやったのになんつー言い草だ。ひょろっとしてねえで飯食えよ」
「生憎だけど、ちゃんと食事してもこの体型だねえ。種族的なものだから」
やって来たのは金髪ツンツンした兄ちゃんだった。
白い軍服? かなあ。詰襟で、袖や裾の刺繍が細かくて、とっても洒落た服とマントを着ている。
日本だと本格的なコスプレイヤーってところかな。
この雪山でそんな格好でいるなんて酔狂な人だと思うけど、この世界は魔法でドーピングすればこの寒さでも生きていける。
コスプレしていようが裸だろうが、私のように炎風の加護などがあれば関係ない。
この人は温度調節に光の魔法を使っているようなので、そういう系の加護を持っているのかもしれない。
「弟は元気か?」
「シドなら毎日魔獣を仕留めてるよ」
「そりゃ元気だ」
なんと、シドさんの兄ちゃんだった。
兄ちゃん、エイ先生の後ろに居た私に気づいて、こっち見る。じーと。
手に雑巾、頭には三角巾、前掛け姿の私である。あんまり見つめないでほしい。
しかも兄ちゃん、訝し気な顔して、だんだんと眉根を寄せていく。
「……なんで、こんなとこに子供がいるんだ?」
また子供扱いか。この世界の人たち軒並み背が高いから、身長150の私なんか子供に見えるのだろう。
エイ先生が、魔獣に追いかけられていた私を保護したいきさつを話す。
シドさんの兄ちゃんはエイ先生の説明を聞きながら、ビフルンビフルンと鼻を鳴らす動物の背から、荷物を引き下ろす作業を始めた。
動物の鼻息が荒いのは、ここまで荷物を運んできて疲れているから、かな?
私は木桶に水を汲んできて、それを謎の動物へとあげた。目の前に置いただけだけど。ドレッドヘアに隠れた目で見えるか心配だ。
お水だよー。飲んでおくれ。雪山の美味しい雪解け水だよ。
ピコンッ☆
「んえ――――?!」
まさかのギフト降臨に変な声が出てしまう。
―――吹き出し―――
<新着>
生類の神より【意思疎通】が贈られました。
<【意思疎通】について>
この世界の、どんな生き物とも会話ができる。動物しかり、相手に伝える意思があれば、魔獣とも竜とも話せるだろう。
―――吹き出し―――
ふおおおおキタアアアーー!! ついにキタ! 手に入れましたよ動物好きには堪らないギフト……!!
なんというメルヘン。なんという正統派ギフト。ム〇ゴロウさんもびっくり垂涎もののギフトである。
私は、その動物と目を合わせた。といっても、ドレッドなもさもさ髪に隠れて目がどこにあるか分からないから、目がありそうなところを見ただけだけど。
「お疲れ様。お水あるよ。飲んでね」
『おお、水のにおいだ。喉が渇いて仕方なかったんだ』
うわああああいいいいい聞こえたあああああああああ
この感動をどうしたらいいだろう。心の底から震えが来てドバーンてかんじなんだけども……!
もっさもさのドレッドヘアの下から長くて厚い舌を出し、木桶の水を飲む動物。可愛い。なでなでしたい。しかしここは我慢。お水を飲んでいる時に警戒心を抱かせちゃいけない。でも可愛いああああ。
『おいしい水だった。ありがとう』
深くて渋い声が頭の中に響いた。この動物の声だ。
「いえいえ、どういたしまして。ところでお名前は? 私は垣原陽葵。ヒマリって呼ばれてます」
『おお、おお、異世界の人間か。ついに来たかね……!』
わなわな震え出した動物。もさもさドレッドな髪も震えている。
日本風な名前を聞いただけで、私が異世界の人間だって見抜くなんて、この世界の動物はすごいな。
震えが落ち着いた頃に、動物はまた声を届けてくれた。
『そうかそうか。ヒマリ、わしはモジュビフル族のウパッタリ。この世界で世話になっとる人間たちにはウパと呼ばれとるよ』
「ウパ爺さんか。よろしくね」
『おっふぉ。まだ八十六歳だ。じじいには早すぎる』
「え。そうなの? 人間で八十過ぎは十分爺ちゃんだけどなあ」
『わしらは人間の倍は生きるでの。異世界の嬢ちゃんや』
「ヒマリだってば。てか、異世界を知ってるんだね」
『だてに長生きする種族じゃないということだの。異世界のことは、この世界にいる転生者から聞いとるよ』
ふぁ?! 転生者……!?
まさか、この世界の生き物からそんな単語を聞けるなんて思ってもみなくて、動揺した。
『うろたえるほどのことかね。わしは王宮に飼われとるがの。人懐こいわしに秘密を打ち明けてくれる若者は多い。前世の記憶があるんだ……なんて、真剣に告白する者には、もう何人も会っとるわい』
なんとまあ……。そんなにメジャーなのかな転生者って……しかも王宮で……。
これまでに聞いた王宮の話を総合すると、銃士隊の本拠地で、食堂があってコーヒーはセルフサービスで、転生者がいるところが王宮だ。
どんなところだろうね?
「おーい、ヒマリちゃん」とエイ先生の呼ぶ声がしたので、そちらを振り返る。
「食材もいっぱい届いたから見ておくれ」
「食材!」
わおわお! この世界の食べ物を初めて見るよ。わくわく。
奇抜な色や形したものあるかなあと、未知なるものを探す好奇心いっぱいで見たところ、日本にもあるものばかりだった。
ワイン、ハム、ラッシャーベーコン、ソーセージ、バター、ヨーグルト、チーズ、パン、オートミール、キャベツの塩漬け等々。
果物は林檎。ジャムやドライフルーツもある。サケ・タラ・ニシンは燻製したものだ。
そのまま食べれるものばかりだね。調理は考えない方向らしい。
これら食材は、本来なら私がブランベアに追いかけられた日に届くはずだったものだそうだ。
ところが輸送経路に魔獣が出現。それが『上越級魔獣』といって強い魔獣だったから退治に時間が掛かってしまい、荷物の到着も遅れたということだ。
「へえ。じゃあ、その魔獣は白騎士隊が駆除したのか」
「上越級倒せる魔法騎士はうちしかいないからな。先輩たちが打ち取ったよ」
「おや謙虚だ。俺がやっつけたぜと自慢してもいいのに」
「いや、俺見てただけだし。解体して売りさばくまで、新米騎士の俺は勉強しながら雑用してるだけだ」
「相変わらず血の気が多い上に狡っ辛い隊だねえ。隊の名称変えたらいいのに。血濡れ悪徳騎士隊とかどうだろ?」
「白騎士隊の清純なイメージがパアだな。ぶぁっはははは!」
めっさ笑ってますよソラくんとやら。
小馬鹿にされても笑い飛ばせるなんて、彼は大物だなあ。
「んで? この子供は保護してんだっけ。俺と一緒に下山させてもいいが」
「それは待って。さっきも言ったけど、この子が作る料理おいしいんだ。薬食にも造詣が深い。是非、傍に置いておきたい」
「エイフレムがそこまで言うなんて……まさか、この子に惚れた? 幼趣味か?」
「ははは面白い冗談言うなあソラくんは。その金髪鶏冠頭には海綿体でも詰まってんのかねえ」
「ひいいやめてやめてハゲちゃうハゲちゃうううううう」
空恐ろしい笑顔で金髪兄ちゃんのツンツン逆立ち髪に手を掛けるエイ先生。
心狭いですね。
スキンシップ過多な二人を横目に、私は到着したばかりの食材を使って昼食の支度をしようと思う。
洋風な食材ばかりだからシチューにしよう。
シチューは実家の喫茶店での看板ランチメニューである。
Aランチってやつである。
日替わりで具材や味を替えるから飽きないと、毎日決まってAランチを頼む常連さんもいるくらい人気だ。
今日はシチューの中でもコードルを作ろう。
届いたパンにも合うと思うんだ。
届いたパンは、ずっしり重いライ麦パンだった。でかい。そして硬い。でも日持ちするから今回の荷物に選ばれたのだろう。
こんな重量級パンの他にも、チーズ丸ごともある。ワインだって樽で運んできてくれた。
素晴らしき力持ちなウパ爺さんに敬礼!
コードルというのは実に単純な料理である。その意味は 『ことこと煮込む』だ。
食材を切って水と共に鍋へ入れて、実際にことこと煮込むだけ。味付け不要。なぜなら、食材から出る塩気と甘みと、ほのかな酸味だけで大変に美味しいからである。
そんなコードルに使う食材は、じゃが芋に玉葱、ラッシャーベーコンとソーセージ、そして林檎。
皮つき食材は皮を剥いて、玉葱を櫛形に、林檎はイチョウ切りに。芋と肉は全部丸ごと鍋に投入だ。
水ジャバー。食材が浸ってもまだまだ。鍋から溢れないよう数センチ空けたくらいで水ストップ。
ハーブのタイムを加え煮込む。沸騰させないよう弱火で、ひたすら煮込む。ここは標高千メートルの雪山ということも考慮して、一時間以上は煮込んだ。
灰汁を掬い取りながら煮込みの間、ウパ爺さんに御礼をと思い立つ。
薬膳箱から豆、トウモロコシ、燕麦などを取り出し、適当に配合したブレンド穀物飼料を、ブリキっぽいバケツの中で作って、差し上げた。
「おお、うまいの」とガツガツ食べるウパ爺さん。普通の家畜感覚であげてしまったけど、大丈夫だったようだ。美味しそうに食べてくれて嬉しい。
「ウパ爺さんは穀物が好きなの?」
『ふーむ。特に好きというわけではないがの。わしは何でも食べれるのだよ』
「あ、そうなんだ。基本、雑食なんだね」
『そうだの。肉も野菜も果物もいけるの。酒があると尚良いの』
じゅるりと舌なめずりしたウパ爺さんの舌は長い。ど厚い。涎が大量に溢れ出ている。
そんなに酒好きですか?
煮込んだコードルを味見する。いい塩梅だ。
肉から塩気と旨味が、野菜から甘みが、林檎からも果糖の甘みと酸味が混ざり、複雑な味になっている。
仕上げにブラックペッパーを振って、彩りで刻んだパセリとチャイブを散らして、完成だ。