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夜は兎鍋・かやくご飯

 

「さ、ブランレプス捌くわよお」


 ブリジットさん、柳刃包丁のようなスラッと長くてよく切れそうな刃物で、巨大なウサギを解体し始めた。


 木に吊り下げて洗い、血抜き済みなので、血が飛び散ることはないけれども、後ろ脚のところからナイフを入れてザクザク皮を剥いでいく光景は、けっこうショッキングだ。

 枝肉の解体は、肉屋をしている伯父さんのところへ手伝いに行った時に、見せてもらったことがある。しかし、原型から生皮剥ぐところなんて初めて見た。


「毛皮引っ張ってえ」と指示があったので私も参戦。

 言われた方向、頭の方へ毛皮持って引っ張ったらウサギ脱皮。ずるんと剥けた。

 一メートル近い兎なだけに皮剥ぐの大変なのかと思ったけど、あっさりできた。体力無尽蔵万歳。そこはかとなく筋力もアップしているのかも。


 ……これ、着ぐるみじゃなくて本物なのよね。

 背中にチャックを探すが、そんなものあるはずもなく……。


「この毛皮もらってコート作りたいけど、隊費で落ちるかしらねえ」


「そういえば。前に参加した遠征で、サーペントを素手で絞殺してハンドバックにした女傑がいたよ。経費に出来るんじゃないな」


「あら。それどこの剛腕女の話かしら。でも朗報だわ。これからは余すことなく毛皮もらっちゃお」


 ひーん。エイ先生とブリジットさんの会話こわーい。

 会話に出てきた剛腕女さんとは何者だ?

 サーペントって蛇のことだよね。素手? 素手で絞めれるものなの? そして勝てるものなの? 霊長類最強女子ってこと?


 話をしながらも兎さんの解体は進む。

 お腹をパッカーンしる。おぶあぁ臓物ってこうなってんだ鮮烈ううう中身掻きだして洗うううおっふうぅぅ……うぷ。

 以上、解体実況中継でした。ただ叫んでいただけともいう。


「んじゃ、ヒマリちゃん後は頼んだわあ。美味しく調理してねえ」

「ふぁい。がんばりましゅ……」


 ちょっと後遺症があって遠い目をしたけどお気になさらず。これは料理の支度として当然のこと。これはごはん、これはごはん、これはごはん……。


 ……よし、切り替えていこう。


「解体ありがとうブリジットさん。それにしても手際良かったですね。前にもやったことあるんですか?」


「ちょっとね。そういうことばっかして過ごしてた時期があったから。でもねえ、捌くのは巧くなったけど料理は駄目ね。塩で煮込むことしか出来ないわ」


 塩だけは味気ないね。お任せください。和風テイストに旨味たっぷり仕上げてみせますよ。

 洋風や中華っぽくも出来なくはないのだけど、薬膳箱の中身が和風寄りなのよね。つい、醤油や味噌に頼ってしまう。


 バターやチーズが欲しいなと思う。

 牛乳あるからできそうじゃない? ペットボトルに牛乳入れて振って作るのは、テレビ番組で観たことがある。観ただけで、作ったことがないから不安なの。


 ヨーグルトも欲しい。菌があれば作れるだろう。どこかにビフィズス菌落ちてないかな? 乳酸菌の神様はいないのかな?


 ……と、ないものねだりをしても、仕方ない。

 有るものを使って調理しよう。


 兎肉を熟成させる。熟成庫のメニューに『ブランレプス』があった。これを選択。自動でチン。なんということでしょう。本来なら三日ほどかかるはずの熟成が一瞬で終わるではありませんか。時の神様ありがとう。


 本日の夕飯メニューは兎鍋にしようと思う。それと兎肉入かやくご飯。

 昨今のジビエブームに乗っかり、我が家の喫茶店メニューで名物にならないかと料理研究した成果を発揮したいところだ。


 まず、熟成兎肉から骨を外して鍋水の中へ。兎骨スープを作るよ。

 このスープが今回の料理の基本、出汁になるから、気合入れて作るど。


 兎骨出汁スープは半日煮込んで作る。でも夕飯まで時間がないので、灰汁をある程度回収したら圧力調理開始。


 天空術でつくった空気の層に、兎骨と玉葱と焦がし大蒜をぎゅっと閉じ込めて火にかける。この焦がし大蒜がミソなんだ。真っ黒に焼いた大蒜丸ごとだからね。香ばしさとコクを与えてくれるよ。


 中身は透けて見えるので、目視しながら具合を確かめる。

 骨髄液が染み出ていい感じにスープと混ざり合い色濃くなっていく様を見極め、蒸気が吹き出したところで火から降ろし、しばし放置。放置中に鍋の中に充満した蒸気が、いい感じに食材を柔らかくしてくれるのだ。


 蓋を開け、中身を再び大きな鍋へ移す。


 兎骨ス-プを味見してみたところ、これだけで一品料理になりそうな深い味。砂糖は入っていないのに甘みもあって、異世界産兎肉の奥深さを知った。

 てか、うまい。なんじゃこら。


 感動に打ち震えつつ鍋の蓋を閉め、その上に焼けた石を置いた。

 これで火から離してもスープは冷めない。


 次に兎肉をぶつ切り、ざっくばらんに。

 熊肉と同じでロースのと箇所だけ二~三ミリの削ぎ切りに。削ぎ切った肉はご飯と炊く用だ。味醂、酒、醤油を混ぜた液体に漬けておく。


 鍋用に切った兎肉は鍋底に胡麻油を引いて焼く。いい感じに焼けたら酒をジャボジャボ投入。肉が隠れるまで入れる。

 煮込むとこれでもかと浮いてくる大量の灰汁を退治。掬っても掬っても湧いて出てくる灰汁と戦う。

 戦いの後は勇者アツリョクガーマで閉じ、柔らかく煮込んだ。


 ──と、ここでブリジットさんに呼ばれる。


 水で洗った手を拭きながらで失礼します。

 女子専用天幕にお呼ばれ。天幕の中は広く、リビングと各人の寝室が仕切りを挟んで三カ所あったのを、私が増えたので昨晩の内に急遽もう一部屋追加された。


 追加してくれたのはロワ隊長。隊長がちょちょいのちょいと何かしたら、一部屋分の空間ができていたのだ。あら不思議。

 一体どういうものなのかは一切理解不能。

 訊こうとしたら「じゃあな。仕事があるんでな」と逃げられた。


「あれがあるから隊長は隊長なのよ」


 意味深な言葉をブリジットさんが言う。


「そうね。暴いちゃ駄目よ。一応あれは極秘扱いだから」


 ナオムさんまで諭すように言うってことは本当に触れちゃいけないことのようだ。お口チャックしよう。


 多分だと思うけど、隊長のあれはスキルじゃなくてギフトなのだろう。

 ギフトは極秘情報扱い。

 そういえば私のギフトにも誰もつっこんでこなかった。知ってしまっても口を噤むのが暗黙の了解ということなのだろう。


 そんな女子部屋。キャンプだとは思えないくらい潤沢に、魔力で動く道具も置いてあって大変充実した設備。

 それぞれの寝室は個性的で、皆さんそれぞれにお菓子とか隠し持っている。


「ヒマリちゃん、ヒマリちゃん」


 ブリジットさんにおいでおいでされる。

 何かなと思ったら下着セットをくれた。ブラジャーとパンティーである。


「────え?」

「着替えがないと不便でしょ。サイズ合ってるか確認してみて。あまいとこあれば縫い直すから」

「へ、あ、はれ? これ、手作りですか?!」


 よく見りゃこの下着の柄、昨日ブリジットさんがマチコ巻きしていた布と同じなわけで……。

 私、焦った。大事な髪を煤から守る為に使っていた大事な布ではないのかと。


「ふっふっふ~実は私、縫子してたことあんのよ」


 ブリジットさんの過去の謎職業第二弾である。

 兎の解体もやってたみたいだし、本当に謎だ。


「ひたすら縫うだけの三徹とか普通にやってたわあ。お肌荒れちゃうから辞めたけどね」


 驚異的な事実を発言しつつ、ブリジットさんが私のエプロンに手を掛けた。

 ひええええっ!


「ふぁ?! あの、あの、ひええええ」

「だいじょぶだいじょぶ女同士でしょ遠慮しなあい」


 あっさり服を剥かれた私。それはもう全裸に。確かに女同士だけど。裸の付き合いっていう入浴文化もある島国出身だけども、いきなり、これは、ない。

 いきなり全裸とはこれいかにいいいいいいいいいいいいと、心の中で叫ぶ間に、剥かれ終わっていた。


 剥かれた上に胸のささやかな膨らみを揉まれる。

「うん。サイズぴったり」


 ブラと、おパンティー付けてもらう。


「似合うわあ」


 太鼓判だ。

 上下の柄が合い、レースの縁取りまであり、確かに可愛いし良い下着だけど……乳揉む必要あった?


「はううう……お嫁に行けない」

「あらあ、だいじょぶよお。シドが貰ってくれるわ」

「な、ななななんでシドさん?!」

「あらやだ。満更でもないくせにい」


 責任転嫁はよしとくれえ……! 恥ずかしさで俯いていたら、頭ぽんぽんとなでなで。

 優しくされたら絆されちゃう。私ちょろい。


「なんならお嫁入りの衣装も縫ってあげるわよ」


 なんかちょっと違う気がしたけど嬉しかったので頷く。

 シドさんが貰ってくれるかどうかはともかく、もしお嫁に行くことになったら、ブリジットさんと一緒に支度する未来は楽しそうだと思ったのだ。


 下着セットはありがたくいただいておいて、いつか何かでお返ししようと決心しつつ、具材を刻む。


 先に茹でておくものは人参、里芋、冬瓜。これは鍋用。

 かやくご飯には皮つき筍を、朝の精米で出た米糠と鷹の爪を一緒に入れて茹でる。

 そして恒例の圧力調理。


 ほあ~、筍の良い香り。これ網焼きにしても絶対イケる。

 今回は味ご飯用に、椎茸と人参と共に薄く切る。


 この辺で銃士隊のみんなが帰ってきた。

 おかえりと出迎えつつ、鍋に兎骨スープどばばっとぶちまけて味噌いれる。急いで味噌を溶かす。醤油もちょっと入れる。

 茹でた具材を混ぜ入れて、それ煮込め、やれ煮込め。


 ご飯、ご飯、炊き込みご飯は圧力調理だ。

 漬けておいた薄切り兎肉を米の上に漬け汁ごとドバドバ。いざ炊飯。


 先人曰く、はじめちょろちょろなかぱっぱ赤子泣いても蓋とるなとは云うけれど、我がエアリー圧力鍋はスケルトンだから中を見放題。

 いい感じにお米がたってくるのが見えたら、それでいい。


 できたどー!


 声掛けしたら、銃士の皆さんが自主的に皿を持ってきて鍋の前に並んだ。忠犬だあ。


 兎鍋の具は木の深皿に盛る。ほかほか湯気が味噌の香りを運んで、早くお口で味わいたくなるね。

 かやくご飯も皿に盛る。洋食レストランのように平たく盛られたご飯。すぐに冷めてしまうから、素早くかっこんでねと注意事項。


 では、いただきまーす。


 おっふ。おいひい。兎肉って砂肝のような味だなあ。これならもっと醤油入れても良かったかも。

 時々に味見しながら作っていた身としては、そんなに沢山の量は食べれないと思ったけど、気づけばご飯をおかわりしている始末。

 私こんなに大食らいだったっけ?

 異世界に来ても元気な胃袋に感謝だ。


「うんめー!」とロルカンくん。


「こんな旨いブランレプス初めて食ったぞ」


 褒めてくれてありがとうマホンさん。


「舌が喜ぶ旨さだな」

「よっ! グレッグ詩人!」


 楽しそうだねオリヴァーさんとグレッグさん。


「旨いぞヒマリ~! ありがとな!」


 アンドロスさんもありがとう。


 薬味に刻んだ青葱とカイワレ大根を散らしたのだけれど、女子は食べてくれるが男子で残す人がいる。

「胃もたれ防いでくれるから食べてね」と言ったら食べてくれたけど、言わなきゃ残しちゃうところだった。

 もしかして薬味は飾りだと思われている?


「ねえねえ、もしかしてこの葉っぱも美容効果があるのかしら」


 ブリジットさん敏いね。


「ありますよ。特に美肌効果が。お肌のツヤを良くしてくれます。肝臓の働きも助けてくれて、風邪予防にも。あと、お通じが良くなりますね」


 この後、女性陣がカイワレカイワレ言い出したのはいうまでもない。


 ボーデシアさんは「肝臓に……じゃあ、これと一緒に麦酒飲めばいいんだね!」と極論を。

 ナオムさんも「いっぱい食べたら下痢になるのかな……」と、真意が読めない何かに悩みだした。もしかして便秘気味なんですかね。


 ええーと、食べ過ぎは何でもよくないと思うの。


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