プロポーズは突然に
日本からやって来た私は今、地球とは違う異世界の『銃騎士団』というところで、おさんどんをしている。
おさんどんというのは簡単にいうと食堂のおばちゃんである。
まだ16歳な私だけれど、頭には三角巾、割烹着のような作業しやすく袖を引き絞って丈が長い仕事着を身につけているので、見た目は本当にまかないのおばちゃんという出で立ち。
職場は銃士や騎士たちが集う食堂だ。
万年腹へり脳筋ムキムキ男子たちが、朝昼晩そして訓練の間にも、つまみ食いにやってくる。
さながら戦場だ。
一日中料理を作りまくっている戦場である。
そんないつもの食堂。いつもの顔ぶれ。
昼食後、まったりと休憩していた私は、いつものようにシドさんと他愛無いお話をしていたはず。なのに――――
「君のことが好きだ。僕のとこへお嫁にきて欲しい」
――――と、そのシドさんから突然プロポーズされたのだ。
私は呆然とするばかり。
シドさんが席を立った。
たったそれだけで、周りの隊士たちが同じように席を立った。
一斉に食堂に居た全員が立ち上がるものだから、椅子を引いた音が重なり合って、かなり大きな摩擦音がした。
ビビる。果てしなくビビっている私。
シドさんが跪いた。
これまた周りの隊士の皆さんまで同じ動作をする。
総勢20名くらいの大の大人が、それも屈強な男の人たちが、私に向かって片膝を折る。
ひえええ待って傅かないで。戸惑う。パニくる。
どうして私に向かって頭を垂れるの?!
「偽りの姿で結婚を申し込むのは、君に対して礼を欠いていると判断した」
片膝立ちで頭を垂れてたシドさんが、その頭に被っているものを脱いだ。
頭に被っているもの……それは、出会った頃から彼の頭を飾っていて、トレードマークみたいなものだったはず……。
赤熊――そう呼ばれる被り物は、いわゆる鬘というやつだ。
現代風に言うとエクステかな。
高地に棲むラクダに似た魔獣リャンマドルクの毛を使った、お洒落ド派手なエクステを、銃士団で肩書を持っている人たちは愛用している。
何故そのような派手なものを愛用しているのかというつっこみは……しちゃいけない。
きっと、高貴な人たちの、やんごとなきご事情があるのである。
たぶん。おそらく。Maybe……。
シドさんは赤熊だが、他にも黒熊や白熊に青熊と、色とりどりである。
そんなトレードマークを、シドさんは初めて、私の前で脱いだ。
赤い長毛の下、曝け出されたのは見たこともないくらい純麗なプラチナブロンドだった。
更に、いつも付けている白梟の仮面もとる。
白梟の仮面は双眸に穴が空いていて、そこからいくら覗き込んでも瞳の色を確認できたことはないのだけれど……。
これもまた、私の前で一度もとったことなどないトレードマークだと、私は思っていた。
なのに、なのに……。
彼は、その両方共を、脱いだ。
偽っていたという。
その仮面も赤熊も、剥ぎ取って私に素顔を晒してくれた。
「僕の本名はシドエール・ヨクナという。この王国の第七王子だ」
「おうじ、さま……」
て、えええええええええ王子ってあの王子?! 王様の息子ってこと?!
しかも第七の、王子! 第七王子……!
私は雲上人である彼、第七王子を探していたし、気にかけていた。
まさかシドさんが、そうだったなんて……。
道理で見つからないわけだ。
「改めて申し込む。ヒマリ、君は僕の太陽だ。いつも温かい日差しを僕にくれる。
そんな君のことが好ましい。これからも一緒に、傍にいて欲しいと思った。だから、どうか、僕の妃になって――――ヒマリ」
手をとられて、手の甲に口付けを落とされる。
ボーとしていたのだろう。
私はその一連の動作を、まるで他人事のように受け入れていた。
自覚したのはのんびり数拍後のこと。
その瞬間、私の頬は朱に染まり心臓は大きく脈打った。
ぶわわわわわっとなにかが押し寄せてくるような、波。風。心の中は嵐だ。頭の天辺まで嵐の旋風が舞い上がって、お湯が沸騰したかのようにのぼせ上がる。
うあああアアアまああぢでえぇぇええ
だ、だだだ誰か嘘だと言ってください!
こんな美形が、王子という雲上人が、私に、私にプロポーズしている、だと……?!
キスを終えた王子は、私の手を愛おし気に両手で包み込んで、それから上目遣いで、にこっと口元を微笑ませる。
――――う。ズキュンときた。
笑うと可愛い。男の人を相手に可愛いって思うのは、シドさんの年齢が年下なのが大きいのだろうか。初めて年齢を聞いた時は驚いたもんね。
シドさんて見た目はどうみても成人男子なんだけど、年齢13歳だから。三歳も年下だから。異世界ありえないから。
背が高くて銃の名手で、確かに他の銃士や騎士たちに比べれば、手足が細くて腰も細くて成長しきっていないのかな? と、思うところもあるけれど、でも、それでも少年には見えない。
日本だと中一くらいだよね?
私の手を包み込むシドさんの手は男の人のものだ。
甲にキスしてくれた唇は私より薄い。薄いと云えば色素。抜けるような白い肌。野外演習もあるだろうに、どうやってその美肌をキープしてるのか知りたいほどだ。
初めて知った髪の毛も色が薄いプラチナブロンド。むちゃくちゃ綺麗だな。どうなっているんだ。それこそお手入れ方法を教えてほしい。私のカサカサ乾燥気味黒髪と雲泥の差である。
眉毛や睫毛までもプラチナブロンド。
これまた初めて知った瞳の色は温かみのあるオレンジ色。
私のことを太陽だと表現してくれたシドさんだけれど、あなたの瞳こそが太陽のようだと、私は思う。
ほう~と、見れば見るほど美しい造形のシドさん。
また一気に耳まで熱が昇って沸騰しそうになる。
私ってこういう人が好みだったんだーと、今にして他人にときめくということを知る。
……それにしてもシドさん、こういうキャラだったっけ?
詩的な表現と歯の浮くような台詞を笑顔でのたまえるような……その白い歯からハンサムビームでも出しそうな……そんな、そんなキャラだったっけ?
出会った当初は、こんな風ではなかったはず。
もっとクールだったはず。
出会った頃、初めて出会ったのは――――。
私は何ヶ月も前、この地球外の異世界へと招かれたばかりの頃を思い出していた。