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第6話

………

……


「じゃあ、みんなに紹介するわね! 今日から入所することになった、滝田順平くんよ!」


 食事が始まる前に、ホスピスで暮らす人たちに向けて、レイナ先生が僕を紹介してくれた。

 ぱちぱちと拍手の音が聞こえる中、自分の席で起立した僕は、ペコリと頭を下げると小さな声で挨拶した。


「滝田順平です。ジュンペイって呼んでください。……えーっと、趣味や特技は特にありません。あ、昔ちょっとだけハーモニカを吹いてました。これからよろしくお願いします」


 

 なお入所者は、メイ、ゲンさん、僕を含めて五人で、スタッフはハルコ先生とレイナ先生の二人だけ。だから食堂にいるのはたったの七人だ。それでも他人の前で何か言う経験なんて一回もなかった僕は、恥ずかしくて顔を上げられないでいた。すると隣の席のメイが肘でつついてきた。


「ハーモニカ吹けるなんてかっこいいじゃない! 今度聞かせてね」


 目を細めながらニコリと微笑む彼女の顔を見て、固くなっていた肩の力がすとんと抜ける。


「う、うん」


 短い答えしか出てこない僕に対して、メイが「やったぁ」と手を叩きながら喜んでくれたのが、ちょっぴり嬉しくて、ぎこちない笑みがこぼれる。

 でもメイは首を横に振ったんだ。


「まだダメね。それでは『風景』にならない」


「え? なんのこと?」


 席につきながらメイに問いかけたが、その答えが返ってくる前に、レイナ先生の声が響いた。


「それから、ジュンペイの世話係はメイよ」


「はいっ!」


 得意満面でメイが立ち上がる。

 しかし「大丈夫か?」と容赦なく浴びせられたゲンさんからの声に、彼女は頬を大きく膨らませた。


「ちょっと! いかにも『メイじゃ、無理でしょ』みたいな反応しないでよ! いいもん! 見てなさい! わたしがジュンペイを立派な……」


 そこでピタリと言葉が止まってしまったメイ。


「あら、立派ななにかしら?」


 ハルコ先生が穏やかな口調で問いかけると、メイは肩をふるふると震わせ始めた。

 きっと勢いに任せてそう言ってしまったものの、続き考えていなかったのだろう。

 皆の視線がメイにじっと集まる中、彼女は目をつむりながら吠えたのだった。


「立派な男にしてみせるんだからぁ!!」


 明らかにやぶれかぶれだ。

 立派な男ってなんだよ……。

 言われてるこっちが恥ずかしくなり、顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。


「がはは! そいつは見ものだな!」


 ゲンさんの大笑いをかわきりに、食堂内はどっとわく。


「もういい! いただきますっ!!」


 頬をリンゴのように染めたメイが、一人で勝手にカレーをかきこみはじめると、そのまま食事の時間へと移っていった。


「ふふ、メイちゃんがジュンペイくんをどんな男にしてくれるのか、楽しみね」


「ちょっと、おばあちゃん! メイがすごい目で見てるからやめなさい」


「がはは! ジュンペイも哀れだなぁ! メイが世話係なんて!」


「なにぃ! わたしだって、ゲンさんみたいなツキノワグマみたいな男が世話係で、大変ったらありゃしないんだからぁ!」


 にぎやかな雰囲気の中、口にするカレーは、とても美味しくて心も体も温もりに包んでくれる。


「おかわりっ!」


 ほっぺにご飯粒をつけたメイが、目の前に座っているゲンさんにお皿を突きだした。


「自分でよそってこいよな」


「だってゲンさんもおかわり行くんでしょ? だったらついでにお願いっ!」


「……ったく。人使いが粗いんだからよぉ」


 しぶしぶ立ち上がるゲンさん。

 ゲンさんに満面の笑みを向けているメイ。

 そんな二人に笑顔を向けているホスピスの人々――。

 

 いつぶりだろう。こんなにも温かい食卓は……。

 ふと脳裏をよぎったのは家族四人で囲った食事のシーンだ。

 

 黙々と食べる父さん。

 もういらないって言っているのにお皿におかずをよそってくる母さん。

 けらけら笑いながら僕にちょっかいを出してくる美香。

 

 このカレーがおいしい理由が分かったような気がして、自然と口元に笑みがこぼれる。

 その瞬間だった。


「その笑顔だよ!」


 メイの鋭い声とともに、


――カシャッ!


 すぐ横で小さなシャッター音が聞こえてきたのだ。


「え?」


 音の方へ視線を向けると、小さなカメラを僕の方へ向けたメイがニコニコと笑っている。

 そして目を丸くしている僕に、彼女は明るい声で言った。


「ジュンペイ、これで一つ『風景』が残せたね!」


「風景?」


「うん、風景だよ! 死神さんのお迎えがきた時に、胸に浮かべる風景のこと!」


 死神さんのお迎えがきた時……それは余命を迎えた時のことに違いない。

 その時に僕が胸に浮かべる風景か……。

 そんなこと考えたこともなかった。

 どう反応していいのか分からずに戸惑う僕に、メイは告げた。



「これからはジュンペイも『風景』を見つけよう! わたしと一緒に!」



 青空に輝く太陽のような笑顔のメイに、どくんと胸が大きく脈打つ。

 風景を残す、という意味はいまいちピンとこない。

 でも僕は……。

 

「うん!」


 大きな声で、返事をかえしたのだった。



◇◇


――これからはジュンペイも『風景』を見つけよう! わたしと一緒に!


 この一言から一筋の光が差し込み始めたのを、確かに感じたんだ。

 その先に笑顔の君がいる。

 だからこの時の僕は君に誓ったのさ。


 僕は僕の『最高のハッピーエンド』を演出すると。

 今もそれは変わらない。

 だから僕は君にも『最高のハッピーエンド』を迎えて欲しい、そう願っているんだ。



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