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第4話

………

……


 事務所に通された僕に、レイナ先生がひととおり、ここで暮らすルールを説明してくれた。

 スマホやパソコンの利用は禁止。家族との連絡は、今どき珍しい公衆電話のみ。

 テレビは入所者の共有スペースに一台設置されているだけ。

 つまり完全に島の外とは遮断された中での生活というわけだ。

 理由は単純で、あまり外を知り過ぎると、精神的に不安定になりがちだから、だそうだ。確かにその通りだと思うし、僕自身はまったく抵抗はない。

 事前の許可さえあればいつでも島の外には出てもよいとのことだから、僕らを厳しく縛りつけようとしているわけではなさそうだ。


 またここでの生活は規則正しく、炊事から洗濯、掃除、さらに菜園の手入れまで自分たちの手で行うのは、「生きている」という実感を常に忘れないでほしいという配慮らしい。


 そしてもう一つ。

 毎年冬のはじめに死神チェックを受けることになっている。

 『余命〇年』というざっくりした情報が、時の経過とともに『余命まで〇日』と、より鮮明になるとのこと。突然体調を崩してしまい、家族が最期を看取れないという悲劇を避けたいためなんだとか。

 これについても抵抗はなかった。

 自分でもいつ最期を迎えるのか、こうなってしまった以上は、はっきりと知れた方がかえって気が楽かもしれないと思えたからである。

 そんな風に逡巡しているうちに、レイナ先生が奥に消えていった。

 そして彼女と入れ替わるようにして、奥から姿を現したのは、背の低いおばあちゃんだった。


「長旅ご苦労さま。ようこそいらっしゃいましたね」


 きっと彼女がここの所長さんだろう。

 その人懐っこい笑顔に、緊張が解けた僕はペコリと頭を下げた。

 

「滝田順平です。よろしくお願いします」


「ふふ、礼儀正しいのね。きっとお父様とお母様の育て方がよかったんだわ。あ、わたしは鴨下 波瑠子(かもした はるこ)。みんなからは『ハルコ先生』って呼ばれているの」


「鴨下……」


「あら? もしかしてレイナ先生から聞いてないかしら? わたしは彼女の祖母なのよ。名字が同じなのは、彼女の母がシングルマザーで彼女を育てたからなの」


 さらりと重いプライベートを話してくるハルコ先生。

 しかし相変わらず屈託のない笑顔なので、まったく悪気を感じていないようだ。

 と、そこにレイナ先生がお茶をのせたお盆を持ってやってきた。

 

「ったく……。おばあちゃん! わたしのことを勝手に他人に話すのはやめてください」


「あら、ごめんなさい。ふふ、でも隠し事はよくないでしょう? 早かれ遅かれ、ばれてしまうことだし」


「まあ、そうなんですけど……」


「ふふ、だから次はあなたの好みの男性のことを……」

「やめてください!」


 小気味良いテンポのやり取りからして、いかにも仲良しのおばあちゃんと孫だ。

 レイナ先生の好みの男性のことも気になったが、そんなことを口に挟めるはずもない。だから僕は彼女たちの様子を目を丸くして見ているより他なかった。

 僕の視線に気付いたレイナ先生が、ごほんと咳払いをして表情を引き締めたのだった。

 

「じゃあ、次は食堂へ行きましょう。そこで順平くんの『世話係』を紹介するわ」


「世話係?」


 そう言えばさっきの砂浜で出会った人たちの会話にも『世話係』という単語は出てきたが、あらためて聞かされるとその意味が気になる。

 不思議そうに首をかしげる僕に対し、ハルコ先生がゆったりとした口調で教えてくれた。

 

「ふふ、ここでの生活は今までとは全然違うものになるはずよ。その生活にいち早く慣れてもらうために、順平くんをサポートするのが『世話係』なのよ」

 

「簡単に言えば、このホスピスで暮らすルールを教える人ってことさ。ここでは一つ前に入所してきた人がその役目をになうことになってるんだけどね……」


 ハルコ先生の言葉を継いだレイナ先生が、難しい顔つきで言いよどんでいる。

 僕の一つ前に入所してきた人に、何かまずいことでもあるのだろうか……?

 そんな彼女を見たハルコ先生が、にこりと微笑んだ。

 

「あら、メイちゃんなら大丈夫よ。彼女ならきっと上手くやってくれるわ」


「おばあちゃん……。それマジで言ってるの? あのメイだよ?」


「ええ、マジよ」


 ハルコ先生が口元をきゅっと引き締めて、何度かうなずいた。

 その顔を見ながら僕は『メイ』という聞き覚えのある名前に、頭を巡らせていた。

 だがその名前の持ち主の顔は、すぐに浮かんできた、

 

――キレイな今を与えてくれて、ありがとう!!


 あの女の子のことか……!

 食事当番をさぼってカメラで夕日をおさめるために砂浜へ走ってきた彼女は、きっとレイナ先生の頭を悩ます問題児なのだろう。

 そんな彼女が僕の世話係に……。

 むくむくと湧きあがってくる不安の雲。

 ……と、その時だった。


――バタンッ!


 突然、勢いよく事務所の扉が開けられたのだ。

 爆発したような音に、思わず「ひゃっ」と情けない声が口から飛び出る。

 そんな僕と目を合わせてきたのは砂浜で見かけた少女……メイだった。

 彼女は満面の笑みを浮かべて右手を差しのべてきた。


「おお! 君が新入りくんだね! わたしは新田芽衣にっためい! メイって呼んでね!」


 どうしたらよいのか分からずに、僕はとまどってしまった。だがメイは迷いなく僕の右手を強く掴んだ。

 その柔らかな感触に、さらに鼓動が高まって頭が真っ白になる。


――なんて強引な子なんだ……。

 

 ありきたりかもしれないけど、僕が彼女に感じた第一印象はそれだった。

 そんな僕のことなどおかまいなしに、彼女握手した右手をぶんぶんと上下に振りながら、満足げな表情を浮かべた。


「うん、うん! わたしが今日から君の『世話係』だからね! 早速だけど、『食事当番』のやり方を教えてあげるわ!」


 彼女の言葉にレイナ先生がいち早く反応した。


「食事当番……って、メイ! 今晩の夕食はあんたが……」

「あは! じゃあ、さっそく食堂のキッチンへ案内するね!」


 先生の言葉をさえぎったメイは、掴んだ僕の手をぐいっと引っ張りながら部屋の外へと僕を連れ出した。


「食堂はね、この廊下をずっと真っ直ぐ行った先にあるの! さあ、行こっ!」


 僕の返事など待たずに長い廊下を駆けていくメイ。

 この時からもう僕は、彼女の世界に飲み込まれてしまったのだと思う。

 その証に、僕は彼女の背中を追いかけていたのだから……。


「ねえ、新入りくん。君の名前を聞かせてくれないかな?」


「滝田順平」


「じゅんぺい……。うん、『ジュンペイ』ね! ところでジュンペイの余命はあとどれくらい? あと未来での恋愛成就の回数は?」


「え?」


 まったくもってデリカシーのかけらもない質問だ。

 でも口をついて答えが出てきたのだから不思議だ。


「3年……。それに0回……」


 あらためて自分で口にすると、なんだか気がめいる。

 絶望の黒い雲が心に集まり、自然と顔がうつむくと、ついに足が止まってしまった。

 するとメイもまた足を止めた。

 僕の雰囲気が変わってしまったことを悪く思って、謝ってくるのだろうか……。

 

 だが、僕の予想は見事に外れた。

 くるりと振り返った彼女は、満面の笑みでこう告げてきたのだ――。



「そうなんだ! じゃあ、私たち一緒だね!」

 

  

 それは心の中心を貫く槍のように力強い声で、巣くっていた絶望の雲はたちまち霧散していった。


「え……?」


「あは! 私もあと3年なの! だから一緒だね!」


 初めて彼女を目にした時と全く同じだ。


――どうせわたしは、あと3年の命だし! ろくな大人になるより、私らしく生きるんだもん!


 どうして彼女は残酷な未来を、いとも簡単に受け入れているのだろうか。

 それが僕には不思議でならなかった。


「こらあ、メイ!! 食事の準備をほったらかしにして、どこへ行ったあ!」


 廊下の奥からゲンと呼ばれた青年の声が聞こえてきた。


「あ、やべっ! 急がなきゃ!」


 舌をペロリと出したメイが、僕の手を再び掴む。

 自分でも分からない興奮に包まれた僕の右手は、少しだけ汗ばんでいる。

 そのことを彼女はどう思っていたのだろうか。

 いや……。

 きっと彼女はそんなことは何も感じていないだろう。

 だって今の彼女の頭の中は……。



「今日のお料理はカレーだよ! うんと美味しいカレーを一緒に作ろうね!」


 

 今晩の食事のことでいっぱいだろうから。

 定められた未来のことばかりに、頭も心もいっぱいだった自分が、急にばかばかしくなってきて、腹の底から感情が込み上げてくる。

 そして、喉を通って口元まで上がってくると、笑いとなって漏れ出したのだった。


「ぷっ……! ははは!」


 突然笑いだした僕に、彼女は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに目を細めて彼女もまた笑顔になった。


「あは! ジュンペイもカレー好きなの?」


「ううん、そうじゃなくて。ははは!」


「え? じゃあ、嫌いなの? 嫌いなのに笑ってるの!? もしかしてジュンペイって変な人?」


「はははは!!」


 気味悪がっているメイをよそに、僕の笑い声はますます大きくなっていく。

 そしてたった一つのやり取りだけで、僕は気付いた。


 メイに強く惹かれている自分に……。


 それは未来に成就する回数が0回と宣告された『恋愛』のような感情とはまた違う。自分でもよく分からないけど、簡単に言ってしまえば、もっと彼女のことが知りたい、という極めて純粋な欲求だった。


 だから僕は彼女の右手を強く握り返した。

 すると彼女は弾けるように明るい声をかけてきた。


「ジュンペイ! 行こう!」


「うん!」


 そう返した自分の声が思いのほか力強くて、自分でもびっくりしてしまった。


◇◇


 君は覚えていたかな?

 君と僕との出会いを。

 軽い足音をたてながら廊下を駆けるように、この頃から君は『今』を疾走していた。

 そんな君の姿は、出会った時から眩しくて、美しかった。


 今の君はどうだろうか。

 キレイな今をありがとう、って心から言えているかな?



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