表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

第22話

………

……


 一方。夢美は波瑠子の見送りをしていた。

 だが波瑠子は迷いなく早足で進んでいく。

 夢美は彼女が差している赤い傘についていくのがやっとで、これではどちらが見送られているか分からないくらいだ。

 そんな波瑠子が、とある場所でピタリと足を止めた。


「ここでいいわ。ユメミちゃん」


「え? こんなところで?」


 夢美が驚いたのも無理はない。

 そこはひとけのない病院の森の中。空は木々に覆われて、雨粒はほとんど落ちてこない。

 ただし森といっても遊歩道が整備されており、いわば庭の一部のようなものだ。

 しかし街の方へ出るバス停までは距離がある。

 それにきっと同じバスに乗って帰るのだから、ここでお別れする意味もない。

 だが波瑠子は穏やかな笑みを浮かべて、さも当たり前かのように言った。

 

「ふふ、もう大丈夫よ」


「は、はい……。そうおっしゃるなら……」


 半ば気圧されるように夢美がその場から離れようとする。

 ……と、その時だった。

 

――クイッ!


 夢美の袖が強い力で引っ張られたのだ。夢美がさしていたピンク色の傘がふわりと舞う。

 

「きゃっ!」


 彼女は思わず小さな叫び声をあげた。

 だが次の瞬間……。

 

――ボフッ。


 なんと波瑠子の小さな胸の中に、顔が収まっていたのである……。

 

「ここなら大丈夫よ」


 耳元で優しくささやかれた途端に、夢美の中で固く閉ざされていた扉が音を立てて開く。

 すると奥底から濁流のように感情が溢れてきたのだった。

 

「あれ? あれ? なんで……。なんで私……。ううっ……。うわああああああ!!」


「頑張ったわね。偉かったわよ」


 波瑠子がそっと彼女の柔らかな髪をなでる。

 その優しさで、余計に涙と嗚咽が止まらなくなってしまったのだった。

 

「私……私……。うわああああ!!」


 波瑠子は気付いていた。

 夢美が順平を見つめている時の瞳の色、息遣いに。

 彼が手紙を読み上げた際、美麗な顔へ落とした影に……。

 

 そして彼女が順平に寄せる、決して報われぬ恋心に――。

 

 夢美は当然知っている。

 順平の余命も、さらに未来の恋愛成就の回数も。

 それでもせめて彼のそばにいたい。

 それが彼女の精一杯の『意地』でもあったのだ。

 

 しかし今日。

 彼女は知ってしまった。

 順平が自分の知らない誰かと恋に落ちていたこと。

 そしてその相手は、彼の境遇を知っているにも関わらず、彼との恋を決して諦めていないことを。

 

「私だって……。私だって言いたかった! あなたが好きだって。でも、でも仕方ないじゃない! 死神チェックは絶対なんだから。それなのに! うああああ!!」


 波瑠子は何も言わずに夢美を抱きしめていた。

 そして彼女が落ち着いたのを見計らって、彼女をそっと離して顔を合わせたのだった。

 

「こんなことを言うのは残酷に聞こえるかもしれないけど。決して恋を叶えることだけが、人を愛することではないわ」


 いつの間にか雨があがり、分厚い雲間から差し込んだ太陽の光が、木々の合間をぬって二人の影を作っている。

 夢美の頬の涙が光に照らされて乾いたところで、波瑠子は続けた。


「これは老い先短い老婆からの身勝手なお願いなのだけど。これからもジュンペイくんを愛して欲しいの」


「順平くんを愛する……」


「私は人が人を愛することで起こった『奇跡』をいくつも見てきたわ。きっとジュンペイくんもそう。彼を取り囲む全ての人の愛が、彼に奇跡を起こしてくれるって、私は信じているの。だから、お願いね」


「でも……。私は何をすれば……」


「ふふ、今までどおりでいいのよ。ただそばに寄り添ってあげるだけでいいの」


 ただ寄り添うだけが、人を愛するということなのか……。

 夢美には分からない。

 でも彼女の目に映る波瑠子の強い瞳が、彼女の疑問をたちまち霧散させた。


「はい……。わかりました。私、これからも彼のそばにいます」


「ああ、やっぱりユメミちゃんはお利口さんだわ。メイちゃんとは大違い」


「え? どういうことですか?」


「ふふ、きっとメイちゃんならこう言ったわ。『ただ寄り添うなんて、つまらないじゃない! 一緒に手をつないで大冒険に出るのだよ!』ってね。ジュンペイくんは人がいいから、いつも振り回されてばっかりなの」


「まあ! ふふふ、面白い子なんですね。メイさんって」


 夢美の顔に小さな笑みが漏れる。

 すると波瑠子は茶目化たっぷりに言った。

 

「それに、もしジュンペイくんの余命が延びたら、まだ分からないじゃない」


「え? 何がですか?」


「ユメミちゃんにも勝つチャンスが巡ってくる、ってお話しよ。ふふ」


「まあ!」


 夢美の顔がりんごのように真っ赤に染まる。

 波瑠子は落ちている二本の傘を手に取って、くるりと夢美に背を向けた。

 

「さあ行きましょうか。もうすぐ次のバスがやってくる時間だわ」


「はい!」


 夢美の明るい声が森に響き渡る。

 空には夏の到来を思わせる青色が顔をのぞかせていたのだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ