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第1話

◇◇


 君と出会う前の僕は、どこにでもいる普通の少年だった。

 そして『普通』から一歩でもそれた時、人は誰しもこう言うと思うんだ。


――なんで自分が?


 それは僕もまた同じだった。


◇◇


 猛暑日の連続する夏が異常気象から通常へと定義が変わったのは、もう六十年も前。

 文部科学省、厚生労働省、気象庁の三省庁の主導で、全国の小中高の夏休みの始まりが『梅雨明け』からと定められたのは四十年前。

 そして梅雨明けが、例年よりも十日も早いと、気象庁の誇るスーパーコンピューター『FUURAI』がはじき出したことにより、全国の高校生たちが歓喜にわいたのが今年だ。


 高校二年の僕、滝田順平たきたじゅんぺいもまたその歓喜の輪の中にいたうちの一人であった。

 灰色の鬱憤をもたらしていた期末テストが無事に終わり、今朝の僕は駅から学校までの道のりを弾むように駆けていた。母さんから受け継いだ柔らかな髪がさらさらとなびき、思春期の男子にしては白い肌がわずかに桃色に染まっているのが自分でも分かる。


「おはよう! 順平! 今日はやたら元気だな!」


「当たり前だろ! 明日から夏休みなんだぜ!」


 すれ違った友人と軽い調子であいさつを交わしながら校門をくぐった。

 今日は終業式で明日からは待ちに待った夏休みだ。

 だがその前に、高校二年生にはとある検査がある。

 その話題で一色に染まる教室に入った僕は、誰とも会話を交わさずに自分の席についた。

 と、そんな僕の背中に声をかけてきたのは、後ろの席に座る親友の日下陽太くさかようたであった。


「順平は怖くねえのかよ? 『死神チェック』」


「ああ、別に」


 そっけない僕の答えに、陽太は夏前にも関わらずよく日に焼けた黒い顔を肩越しにぬっと出してきた。

 

「なんだよ、つれねえなぁ。俺なんか心配で心配で、夜も眠れなかったんだぜ」


「おまえ、昨晩のグループチャットで『もう限界、寝るわ』って言ってたじゃんか。そのあとは、既読もつかなかったけど、寝ないで何してたんだ?」


「うっせえ! そういうへりくつっぽいとこ直さねえと、いつまでたっても童貞のままだぜ!」


「おまえが言うな!」


 そう突っ込んだところで、黒い西瓜すいかのような陽太のひたいを軽く叩く。あとは互いに笑顔になれば、いつの間にか朝のホームルームの時間が訪れる。そこまでが僕らの日常だ。

 

 ただこの日がいつもと違うのは、担任の古河亮二こがりょうじ先生が、採尿ビンのようなプラスチック製の小さな容器を生徒たちに配り始めたことだろう。

 彼は添えつけてあるシールに名前を書かせた後、一人一人から髪の毛を一本ずつ受け取り、ビンの中へと入れていく。

 そうして全生徒の髪を回収し終えたところで、深みのある低い声で言った。

 

「これで『心理・医学的未来予測検査』の遺伝子採取は完了だ。結果は夏休み後に、ご両親同伴のもと手渡しする。日程は追って連絡するので都合の悪い者は、前もって相談するように」


 僕は周囲と声を合わせて「はい」と返事をした。

 そして終業式が開かれる体育館に向かって、陽太と一緒に教室を出たのだった。



………

……


 『心理・医学的未来予測検査』。

 

 

 『心理』の『SHIN』、『医学』の『IGA』、そして『未来』の『MI』をとって『SHINIGAMI』……。かなり強引な語呂合わせだが、『死神チェック』と呼ばれるには、れっきとした別の理由がある。ただ、それを説明するには、『心理・医学的未来予測検査』とはなんなのか、というのを紐解いた方が早いかもしれない。


 『心理・医学的未来予測検査』の歴史をさかのぼれば、かれこれ百年以上も前となる。

 それは、とあるアメリカの研究機関が、数億人にもおよぶ膨大な人間の情報をデータベース化することに成功したところからはじまった。

 そのデータの有用性は人類に革命を起こすもので、『個人の未来』を高精度に予測するプログラムが開発されるにいたったのである。

 

 プログラムの仕組みは、いたって単純なロジックにもとづくものだ。

 たとえば、とある時代にリンゴが好きな女の子がいて、彼女が百年の天寿をまっとうするまでのあらゆるデータが残されていたと仮定する。

 そこに、生まれてきたばかりの赤ん坊が、彼女のデータと、遺伝的、家庭環境、経済状況、社会情勢まで酷似していたならば、きっと科学者はこう告げるだろう。

 

「この子はリンゴが好きになって、百歳まで生きるよ」


 と。

 つまり被験者とデータベース内のデータの類似している点を分析し、被験者の『未来』の嗜好や行動、さらには病気の発症などを予測するのである。


 そうして現在から遡ること五十年前。

 ついに『心理・医学的未来予測検査』は、ほぼ完成を見た。

 ほぼ、と表現したのは、AIでも予測がつかない医療や技術の進化がもたらされる可能性が、わずかながらに残されていたからだ。

 裏を返せば、その奇跡とも言える可能性を排除すれば、確実に人の未来を予測できるに至った。

 熾烈な経済戦争にさらされ、深刻な人口減少の問題に悩まされていた先進国にとっては、まさに渡りに舟だったのは想像にかたくない。

 なぜならその検査によって、生まれてきたばかりの赤ん坊の『余命』『未来の犯罪歴』『未来の性格』など、どの学生が提出してくるよりも正確な履歴書が、たった一本の産毛で作られてしまうのだから。

 すなわち生まれながらにして優秀な人材を選抜し、自国の産業や企業にいち早く確保させたのだ。

 

 だが同時に、耐えがたい悲劇や差別を生むことになると人類が気付いたのは、検査を行った赤ん坊が育児放棄される事件が続出したからだった。

 なおこの頃から日本では『心理・医学的未来予測検査』が『死神チェック』と呼ばれるようになる。

 検査結果で人生が決まってしまう点が、死神からの預言そのものであるという皮肉がこめられているのは言うまでもない。

 

 今から四十五年前。国連人権委員会で各国代表は、親子に切っても切り離せない絆が生まれた後でなければ『死神チェック』を禁止するという共同声明を発表した。

 それが日本では満十六歳まで、と法律で定められた。

 だがそれは『満十六歳以降は検査を受けること』と義務付けたのも同然だった。そして高校二年生の夏休み前に検査が行われ、その結果をふまえて、今後の進路相談を行うのが『常識』となったのである。


………

……


 僕の自宅は、埼玉県のちょうど真ん中にある。

 昭和と呼ばれた頃から住宅街として開発された区画に、我が家は建っていた。

 そして午後八時から家族そろって夕食を取るのが、滝田家のルールだ。

 早すぎる夏休みを迎えた今日もそれは変わらず、風呂上がりの父さんが席についたところから始まった。

 

「そう言えば、順平も例の検査は受けたのか」


 父さんが淡々とした調子で問いかけてきたので、僕も同じような口調で答えた。

 

「うん」


「どうだった?」


「普通だよ。普通」


 僕にとって『死神チェック』がさほど重いものではなかったのは、両親の結果を事前に知っていたからかもしれない。

 

 僕はいたって普通の家庭環境に生まれ育った。

 サラリーマンの父さん、智洋ともひろ。専業主婦の母さん、佐知代さちよ。さらに中学三年生になる妹、美香みか。そして僕の四人家族。

 当然、妹は『死神チェック』を受けたことはないが、両親は彼らが高校二年生の時に受けている。

 その結果、二人とも『余命八十年以上』、『未来の犯罪歴なし』、『未来の精神状態は安定』と、三拍子そろった優秀なものだったのだ。とは言え、どれか一つでも問題があれば、結婚に大きな支障をきたすのは当たり前で、僕がこの両親から生まれてくる可能性は低かっただろう。


 そして、二重まぶたとすらっと伸びた鼻すじが特徴的な顔は母さん似、起伏の少ないさっぱりした性格は父さん似と言われ、これまで大きな病気やトラブルにみまわれたことのない僕ならば、両親と同じ結果を得られるに違いない。そのように僕だけでなく、家族の誰もが確信していたのだった。

 

「お兄ちゃんは『余命』よりも『未来の恋愛成就の回数』の方が気になっちゃうわよねぇ」


 夕食を取り終えて席をたとうとしたところで、美香がいやらしい目つきで茶化してきた。

 

「馬鹿を言うな。なんで僕がそんなことを……」


 即座に言い返したが、我ながら歯切れが悪い。

 なお『死神チェック』では『未来の恋愛成就の回数』という項目もある。

 非常にセンシティブな内容のため、本人は『知らない権利』を行使することもできる。

 だが、高二の男女にとっては好奇心のど真ん中の情報だ。

 恋愛経験のない僕であっても気になって仕方ない。

 

「ふふ、だってさっきもテレビ観ている間、ニヤニヤしながらスマホいじってたじゃん。あれってやっぱり好きな人としてるんでしょ」


「な、なにを言うんだ」


「ああ、やっぱり図星なのね。その人と結ばれる運命なのか。死神さまに聞いてみなきゃねぇ。おかあさん、ごちそうさま」


 そう言い残して美香は肩まで伸ばした髪をさらりと揺らして立ち去っていった。近頃の彼女は急に大人っぽくなった顔立ちだけでなく、言動までもがませている。

 幼い頃は「おにいちゃん、おにいちゃん」と自分の後ろを離れようとせず可愛かったのに、近頃の彼女には困ったものだと、妙に年寄りくさい思いを抱きながら、僕は彼女の背中を眺めていたのだった。


 だが、美香の指摘はあながち間違ってもいないのだから、余計にたちが悪い。

 僕は自室にこもると、即座にスマホを手に取りSNSのアプリをタップした。

 

『ねえ、今日のミュージック・キャッスルみた?』


 わずか10分前に届いたメッセージ。

 送り主はほのかな想いを寄せている相沢夢美あいざわゆめみという同じクラスの女子だ。

 だが、僕は「出遅れた」と舌うちし、高速で指を画面上で滑らせた。

 

「見たよ! 福澤コースケの曲が最高だった! ……と」


 急いでテレビをつけて、ミュージック・キャッスルという歌番組が流れているチャンネルに合わせる。

 ミュージシャンと司会者が談笑している様子を横目で見ながら、しばらくスマホとにらめっこしていた。

 しかし送ったメッセージは10分たっても『既読』にはならなかった。

 

「ああ! くそっ!!」


 乱暴にスマホをベッドに投げつけると、自分の身もまた弾力性のあるマットレスに投げ打った。

 夢美は、陽太と同じく僕の幼馴染だ。

 誰にでも優しいクラスの人気者で、誰もが彼女と会話をしたいと思っている。

 だから送られてきたメッセージに対して、すぐに『既読』をつけなければ、彼女の居場所は他の誰かに移ってしまう。

 僕は出遅れた10分に激しく後悔し、あいつの不毛な会話につきあってさえいなければ、と妹に対して理不尽な八つ当たりをしていた。

 

 ……と、その時だった。

 

 ピロンという通知音が聞こえてきたのだ。

 急いでスマホを手に取った。

 

『ごめん! お風呂入ってた! そうそう! 福澤コースケ! かっこよかったよね! あと、DOT42もめっちゃよかったと思わない?』


 自然と口角が上がっていき、頬に熱が帯びてくる。

 小さくガッツポーズすると、再び指を画面に滑らせたのだった。

 

 これが部活もなく、特にこれといった目標もない僕にとってのささやかな幸せだ。

 僕は『死神チェック』で示される『未来の恋愛成就の回数』が1回でかまわないと思っている。

 ただし、その相手が夢美であって欲しいと願わずにはいられないのであった。

 

 ただ、片想いに浮かれていた僕が気付くはずもなかったんだ。

 すでに僕の首すじには、死神の大きな鎌がぴたりと当てられていただなんて……。

 

 

………

……


 青天の霹靂とは、まさにこの時の僕のことを言うのだろう。


――順平くんについて少しお話ししたいことがございますので、ご両親様と順平くんの三人で夏休み中のどこかで学校にお越しいただけないでしょうか。


 まるで客商売のような丁寧な言葉遣いで、古河先生が母さんのスマホにメッセージを送ってきたのは、夏休みも中盤に差し掛かった、とある月曜日のこと。

 そして父さんが休みをとって、親子三人で学校を訪れたのはその週の金曜だった。

 

 成績はそこそこで、学外で問題を起こしたこともない僕が、学校から呼び出される理由が見当たらない。

 それは父さんと母さんも同じだったようで、僕らは釈然としないまま目的の校舎に入った。

 そんな僕らを迎えてくれたのは古河先生だった。

 

「お暑い中、お呼びたてして申し訳ございません。どうも、順平くんの担任をしておる古河と申します」


「順平の父、智洋です。いつも息子がお世話になっております」


「母の沙知代です。よろしくお願いします」


 そうして通された教室は違和感を感じるなというのが無理がある光景だった。

 なぜなら教頭、学年主任それにスクールカウンセラーと、偉い大人たちがずらりと顔を揃えていたのだから。


「はじめまして、当校の教頭をしております……」


 形式ばった挨拶が終わったところで、髪の薄い教頭が広いおでこに浮かんだ汗をハンカチで拭きながら、古河先生の顔をちらりと覗いた。

 

「では、古河先生」


 どの社会でも逆らいようのない上下関係があり、下っ端に一番損な役が回ってくるのは変わらないらしい。

 と、どうでもいいことを考えながら、僕は冷めた視線を先生たちに送っていた。

 もう覚悟はできている。何を告げられるのかはわからないが、早く済ませてほしい。

 その一心で待ち構えていたのだ。

 それでも古河先生の震える声は、心を打ち砕くのにじゅうぶんなインパクトであった。

 


「単刀直入に申し上げます。『心理・医学的未来予測検査』の結果、順平くんの余命は、あと3年と判明いたしました」



 スクールカウンセラーの女医、勝山かつやま先生が綺麗な顔を歪めたのは、古河先生に対して苦言をていしたかったからだろう。

 何かで聞いたことがあるが、裁判所でも重大な判決の場合は、主文よりも判決理由から述べられるケースもあるらしい。

 この場合、勝山先生が言いたかったのは、きっとそういうことだ。


「よく聞いてください。順平くん、それに御両親様。この結果はあくまでAIがはじき出したものであり、確実にそうなるとは決まったものではありません。ですからまずは将来に悲観せずに、今後のことについてじっくりとお考えいただきたく……」


 彼女は必死に古河先生の失態をカバーしようと言葉を並べてくるが、そんなものは右から左へと流れていくだけ。

 

 泣き崩れる母さん。

 悔しさをかみ殺しながら、母さんの背中をなでる父さん。

 そして心に空洞があいたまま、どこか別世界にトリップしてしまったかのような僕。

 たとえ分厚い言葉のクッションを並べてから余命宣告を聞いたところで、この状況は何ら変わらなかっただろう。

 無意味な勝山先生のフォローが続く中、僕は古河先生に問いかけた。

 

「僕の『未来の恋愛成就の回数』について、教えてください」


 余命3年の宣告を受けても、なお色恋沙汰に興味があるのか、とでも言いたげに、学年主任と教頭が顔を見合わせている。

 でも、もし恋愛成就の回数が『1』だけでも示されれば、残りわずかの人生を明るく過ごせそうな気がするのだ。それは僕に残された唯一の希望の火だったのである。

 しかし、古河先生は……いや、先生ではない。『死神チェック』は、その火さえも容赦なく吹き消したのだった。

 

 

「恋愛成就は『0』。つまり順平が誰かと恋に落ちることはない」



………

……


 『突発性劇症型多機能不全』。

 僕が3年後に発症すると『死神チェック』の予測した病名で、何の前触れもなく様々な臓器が機能不全に陥ってしまう難病らしい。発症後、24時間以内の致死率は100%だというのだから手に負えない。

 予防も治療も現代の医学では不可能。原因は脳の中枢にある特定の神経の異常であることが推測されているが、詳しいことは分かっていない。

 過去に発症した患者の遺伝的、生理学的な情報と、僕のそれが完全に一致しており、もはや避けようのない未来なんだとか。今の時点で体のどこも変調をきたしていないのだから実感はわかないが、余命3年という事実だけは確かに心のど真ん中に深い傷として刻まれたのである。


………

……


 僕の死神チェックの結果を聞かされた日をさかいに、我が家は一変した。

 簡単に言えば、家族全員が僕に気を使い始めたのだ。

 

「おにいちゃん、これ、買ってきた。食べてね」


 貴重な小づかいを割いてまで、兄のためにコンビニでアイスを買ってくるようになった妹の美香。

 夕食を少しだけ豪勢にしはじめた母さん。

 帰宅時間を早めるようになった父さん。

 しかし暗黙の了解で、僕の余命や未来の病気について、誰も僕の前では口を開こうとしなかった。

 

 まるで客人のようでいて、それでいて腫れ物のような扱い。

 家族にしてみれば、僕に残された短い時間のことを思って、最大限の配慮をしているつもりだろう。

 でも彼らの思惑とは裏腹に、僕は自分の居場所が音を立てて失われていくのを感じていた。

 

 しかし、それは家族だけのことではなかった。

 余命宣告を受けた翌日、僕はスマホを捨てた。

 いや、厳密には買い替えた。外出先で体に変調をきたした際の連絡手段として使うためだけに所持し、ネットを使えないようにした。

 つまり僕はあらゆる『外部』との接触を絶ち切ったのである。

 

 だってそうだろう。

 親友の陽太やクラスメイトたちに、自分の余命のことを何て話せばいいのか。

 話せるわけがない。

 それでいて余命のことを隠しながら、上っ面のコミュニケーションをやり取りするなんて、ストレス以外の何ものでもないではないか。

 

 正直に打ち明ければ、彼らもまた自然と僕を特別扱いしてくるだろう。

 放課後の清掃を代わってくれたり、学食で並ぶ順番を入れ替えたりしてくれるかもしれない。

 さらに進学や就職の話を僕の目の前では避けるに違いない。

 そんな『未来』は死神チェックでなくとも、火を見るより明らかだ。

 

 そして僕が恋した相沢夢美についても同じだ。

 もし余命3年しかない男が、自分に恋をしていると知ったら、優しい彼女はひどく傷つくに決まっている。

 良心と本音の狭間で、彼女は苦しみながら笑顔を見せてくるに違いないし、それを見た僕は、もっと苦しむことになる。

 さらに言えば、未来の恋愛成就は『0回』であり、このまま彼女に恋をしても失恋するのは明らかなのだ。

 

 だから僕はこの恋をおりた。

 想いを告げることもなく、僕の恋はSIMカードの抜かれたスマホと共に終わったのだった。

 

「はあ……。もういいや」


 僕はすべてに絶望していた。

 夜ベッドに横になれば明日がやってくるのが当たり前のように、高校生になれば大人になっていく未来がやってくるのは当たり前だと思っていたのだ。

 でも、それはまったくの勘違いだった。

 すべては奇跡に近いバランスのうえで成り立っていたのだ。

 健康も、自由も。

 そんなことを知ろうともせずに、僕は長い夏休みと小さな恋にうつつを抜かしていた。

 そして今、『死神』の鎌を首筋にあてられた僕にとって、現実はつらいものでしかなかった。

 

 突然僕と連絡が取れなくなったから、という理由で陽太や仲の良い友達が僕の家まで押し掛けてきたが、僕は部屋から出ようとはしなかった。

 夢美もそのうちの一人として、何度か来てくれていたらしい。

 でも、嬉しいという感情よりも、悔しいという感情の方が勝っていて、僕はさらに自分の殻に閉じこもっていったんだ。

 

 いつしか僕は家族と距離を置き始め、食事を一緒に取ることすら拒絶するようになった。

 さらに新学期が始まってからも、僕が部屋の外から一歩も出ることはなかった。

 3ヶ月もすれば陽太ですら家に押しかけてこなくなった。

 

 こうして僕は孤独になり、完全にひきこもりと化した。

 

 時はたち、死神チェックの結果を聞いた日から半年たった2月。僕の様子をみかねた父さんのすすめで、僕は『美しが島ヤングホスピス』という施設に入ることに決めたのだった。




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