第15話
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……
僕にとって2回目の死神チェックの結果は、今までに味わったことのない喜びをもたらしてくれた。
もはや「死神」ではなく「天使」とネーミングを変えた方がしっくりくると思う。
余命は短くなってしまったことはちょっぴり寂しいけど、それでもこれから訪れる恋愛成就の未来が待ち遠しかった。
そして翌朝。僕はメイと顔を合わせるのが楽しみでならなかったんだ。
しかし、メイは朝食の時間になっても現れなかった。
さらにハルコ先生とレイナ先生の二人はそのことについて、何も口を開こうとしなかったのだ。
特にレイナ先生は時折、苦しそうな表情を浮かべている。
一体メイに何があったのだろうか……。
「ごちそうさま。ああ、今朝の食事もとても美味しかったわ。ありがとう」
ぎこちない空気の中、いつもと変わらぬ調子のハルコ先生は一人で食器の片付けをはじめている。
そして後を追うようにレイナ先生もまた食事を終えて食堂を去っていったのだった。
「おい、メイのこと何か聞いてねえのかよ?」
ゲンさんが肘で僕をつついてきたが、僕の方に心当たりはない。
ぶんぶんと首を横に振った。
「でも、朝食にこないメイちゃんなんて初めてだよ」
心配したモモカさんも近寄ってくる。
「まあ、あいつも年頃の女の子だからな。今朝は虫の居所が悪かっただけかもしれん。もう少し様子を見よう」
「タイミングを見て、わたしがメイちゃんの部屋に行ってみるね」
ゲンさんとモモカさんの言葉に僕がうなずき、この場は解散となった。
メイに何かあったのか……。
もし何かあったとするならば、一つしか考えられない。
それは紛れもなく、死神チェックの結果だ。
……と、その時、ポンと僕の背中を叩いたのはゲンさんだった。
彼はにこっと笑みを浮かべて言った。
「あんまり気にするなよ。きっと昼になったら『あは! 寝坊しちゃったよ!』なんて言って、出てくるに違いねえから」
「うん」
「がははは! 俺がメイの真似をしたなんてチクるんじゃねえぞ! なにをされるか知れたもんじゃないからな! がはは!」
きっとゲンさんはメイのことだけじゃなくて、僕のことも心配してくれているんだ。
だからつとめて明るく接してくれている。
そう思えただけで、鼻の奥にツンとした痛みが走った。
僕もまた小さな笑みを浮かべて、彼に心配をかけまいと努力した。
そして次にメイと顔を合わせた時は、もっと明るい話題で彼女を笑顔にしよう、そう心を固めたのだった。
しかし……。
僕にその機会は与えられなかった。
メイは自室にこもりっきったまま、昼も夜も出てこようとしなかったのだ。
夕食を終えて、食器の片付けをしている間に、僕はモモカさんにメイの様子をたずねた。
「ううん、だめ。呼びかけても返事すらくれないの」
と、暗い顔をして首を横に振っている。
やっぱり彼女に何かあったんだ。
それに死神チェックがからんでいるのは間違いない。
僕はいても立ってもいられなかった。
「これ、お願いします!」
僕は手にしていた食器をゲンさんに押し付けて、食堂の扉の方へ駆けていった。
「おい! ジュンペイ! いったいどうしたんだよ!?」
背中からゲンさんのだみ声が聞こえてくる。
でも僕は振り返らなかった。
向かう先はただ一つ。
ハルコ先生とレイナ先生がいる事務所だ。
………
……
「まあまあジュンペイくん。とりあえずここに座ってちょうだい」
きっと自分でも分からないくらいに顔がこわばっているのだろう。
事務所に駆け込んだ僕に、ハルコ先生はおっとりした口調で言った。
そして僕と自分の分のお茶をテーブルの上に置き、じっと僕を見つめている。
座らなきゃ話しはしませんよ、と言わんばかりの視線だ。
僕ははやる気持ちを抑えて、ハルコ先生に向き合うように腰を下ろした。
「では次に、お茶をいっぱい……」
「もうそういうのはいいです! 教えてください! メイの死神チェックの結果に何かあったんですか!?」
こらえきれずに身を乗り出す僕を尻目に、ハルコ先生は悠長にお茶をすすっている。
そしてゆっくりとお椀を空けた後に、ようやく口を開いた。
「せっかく来てくれたのに、ごめんね。死神チェックの結果は本人とそのご家族の方にしか明かせないという法律になっているのよ」
「詳しい結果が知りたいんじゃないんです! メイの様子がおかしくて……。いったい彼女に何があったのでしょうか?」
早口でまくしたてて、呼吸が荒くなる。
けどハルコ先生は、そんな僕に柔らかな視線を向けたまま微笑みかけていた。
「ジュンペイくん。ならば逆にうかがいましょう」
「はい……」
「仮に、死神チェックの結果でメイちゃんの寿命が短くなってしまったなら、あなたはどうするつもりなの?」
「やっぱり……! やっぱりメイは……」
「ふふ、早とちりしないで。仮に、の話しよ」
穏やかだけど、有無は言わせない芯の強さを感じる。
僕は言葉につまってしまった。
一方のハルコ先生は変わらぬ口調で続けた。
「仮に、メイちゃんの未来の恋愛成就の回数が0回のままだったら。ジュンペイくんはどうするつもりなの?」
「え……? それは……」
「他に恋愛成就する回数が1回以上の相手を見つけるつもりなの?」
バシャッと冷水を浴びせられたかのように、さっと血の気が引いていくのが分かる。
そうか……。
僕は浮かれていただけだったんだ……。
僕とメイの結果は常に同じものとは限らない。
もしかしたら誰にも口にしたくない結果だったのかもしれない。
それなのに僕はずけずけと無遠慮に彼女にデリケートな質問を投げかけてしまった。
なんてデリカシーのない男なんだろう……。
しゅんとして顔をうつむかせてしまった僕に対して、ハルコ先生は優しく言った。
「はぁ、安心したわ。ジュンペイくんは、やっぱり良い子ね」
「え?」
「メイちゃんのこと。すごく真剣に考えているのでしょう?」
意外な質問にどう答えていいか分からない。
「ふふ、困らせちゃったわね。じゃあ、質問を変えましょう。メイちゃんのこと、好き?」
かっと顔が熱くなってしまったけど、その質問に対しては無意識のうちに大きくうなずいていた。
するとハルコ先生は嬉しそうに目を細めた。
「そう、ならばやることなんて、たった一つなんじゃない?」
「やることがたった一つ……。それはなんですか?」
「メイちゃんを見てあげること。ジュンペイくんが見るべきものは、メイちゃんの死神チェックの結果じゃなくて、メイちゃん自身だと思うの。ふふ、ごめんなさいね。ちょっと説教くさくなっちゃったかしら」
「いえ……。そんなことありません。ありがとうございます」
僕は頭を下げて、その場を立ち去ろうと立ち上がった。
するとハルコ先生が、わずかに語調を強めて言ったのだった。
「メイちゃんのこと。よろしくお願いしますね」
「はい」
気圧されるように短く返事をすると、ハルコ先生は目を細めて微笑んだ。
そうして事務所を出た僕は、真っ直ぐに向かったのだった。
メイの部屋へ――。