表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/29

第12話

………

……


 迎えた11月の最後の日曜日。いよいよ『俺たちの日』を迎えた。

 この日は屋島花火工房から数名の職人さんたちが招かれて、打ちあげの準備を進めてくれている。

 僕たちでは作れなかった大きな花火も持ってきているというから、余計に楽しみだ。

 

 一方の僕とメイはというと……。

 

「ついた!!」


 夕陽が水平線に沈む寸前で、岩山の頂上にたどり着いたんだ。

 

「ねえ、ジュンペイ! あれ見て!」


 まだ息の荒いメイが指差したのは西の方角だ。

 沈みゆく太陽に照らされた海原がオレンジ色に染まっている。

 思わずため息とともに言葉が漏れた。

 

「綺麗だね」


「うん! また一つ『風景』ができたよ!」


 メイが嬉々としてカメラのシャッターを切っている中、僕は適当な岩の上に腰をおろした。

 

「あは! まさかジュンペイから言い出すなんて、思ってもいなかったよ!」


「僕が言い出さなかったら、君の方から連れ出しただろう?」


「あはは! そうかもね!」


 実は僕がメイを誘ってやってきたのだ。

 もちろんレイナ先生には許可を取ってあり、帰りが心配だからと懐中電灯を持たされている。

 

「おお! いよいよだね!!」


 メイが僕の隣に座ったのを見計らったかのように夕陽が完全に沈み、空は紫色となった。

 そして……。

 

――ヒュゥゥゥゥ……。


 高い音が聞こえてきた瞬間から、僕たちは空に視線を集中させた。

 

――バアアアアン!!


 爆音とともに目の前で開く大輪の花火。

 

「うわぁ……」


 ひとりでに漏れる感動の声。

 

「すっごーい!! 真正面で花火を見たなんて初めてだよぉ! あはは!!」


 メイはおおはしゃぎして、懸命にシャッターを切り始めた。

 

――バアアアアン!!


 ピンク色を中心とした可愛らしい花。

 きっと今のはモモカさんが作ったものだ。

 

――バアアアアン!!


 鮮やかで何色も重なった美しい花。

 これはゲンさんだろう。

 

――バアアアアン!!


 綺麗に咲いたけど、色がバラバラ。

 間違いない。メイの作ったものだ。

 

 そして……。

 

――バアアアアン!!


 これが僕の作った花火……。

 白とオレンジが入り混じっている。

 決して規則的ではなく、お世辞にも芸術的なんて言えないけど。

 精一杯、咲いていた。

 それを見て、僕の心はようやく決まった。

 

 

「ねえ、メイ」



 名前を呼ばれたメイが僕の方へ顔を向けた。

 花火の光に照らされた彼女の顔は、さながら絵画から飛び出したように美しい。

 小さく口を開いて、不思議そうに僕を見つめる彼女に僕は続けた。

 

「僕は死神に負けたくない」


 メイの目が大きく見開かれていく。

 僕は彼女から目をそらさずに、花火の音に負けないくらいに声を張り上げた。

 

「君と一緒に死神にあらがいたいんだ!」


 連続していた花火が止まり、僕たちの間に静寂が流れた。

 メイの薄い唇がかすかに震えている。

 互いに視線をそらそうとせず、視線が絡み合う。

 ……と、その時だった。

 

――ドオオオオオオン!!


 腹に響く低音とともに、ひときわ大きな大輪の花火が空を埋め尽くしたのだ。

 しだれ桜のように落ちていく光の筋を、二人で見つめる。

 白い煙がたちこめる中、メイが口を開いた。

 

「どんなに頑張ったって、余命は変わらないんだよ?」


 消え入りそうな細い声だ。

 その声を聞いた瞬間、僕は覚ったんだ。

 

 メイも未来が怖くて、怖くて仕方なかったんだって。

 

 彼女に目をやると、一筋の涙が白い頬をつたっている。

 僕は穏やかな声で答えた。

 

「分かってるさ」


「どんなに苦しんだって、未来は決まってるんだよ?」


「ああ、そうだろうね」


「それでもジュンペイは……。死神さんと戦うっていうの?」


 メイが空から僕に視線を戻した。

 僕は彼女の涙をそっと拭いながら答えた。

 

「ああ、最高のハッピーエンドを迎えたいからね」


 メイはそっと目をつむり、一度大きく深呼吸した。

 彼女は目をつむったまま、自分自身に言い聞かせているように口を開いた。


「死神チェックを作ったのは人。だったらそのチェックの結果をくつがえせるのも人だよ」

 

 死神チェックの結果をくつがえすだって……。正直言って僕はそこまでは考えていなかった。ただ『未来』から目をそむけるのはよそう、と思っていたのだ。

 僕は彼女の言葉の意味をはかりかね、目を見開いてしまった。

 しばらくした後、彼女はゆっくりと目を開けた。何かを決心したことを示すように力強い瞳だ。

 そして柔らかな口調で僕に告げたのだった。

 

 

「ねえ、ジュンペイ。恋をしよ。恋をして自分たちの手で未来を作ろう」

 


 それは放たれた一本の弓矢のように、僕の心をいとも簡単に貫いていく。

 

「えっ……」


 言葉を失った僕に、メイは早口で続けた。

 

「死神さんにあらがって、未来を変えよう。恋愛成就が0回の未来なんて、やっぱりわたしは許せないもん」


 そこでもう一度大きく息を吸い込んだ彼女は、晴れやかな表情で言った。

 

 

「わたしはジュンペイと恋をしたい」



 噛みしめるようなゆったりとした口調だ。

 しばらく僕は口を開けないでいた。

 メイはちょっと泣きそうな顔でうつむいて「ダメかな?」とつぶやいている。

 僕はそんな彼女の細い肩を掴んだ。そして心を込めて告げたのだった。

 

 

「僕も君と恋をしたい。恋をして死神にあらがおう」



 と。

 

 次の瞬間。最後の仕上げとばかりに、今までで一番大きな花火が夜空に咲く。

 その時、岩山に映る僕たちの影は……。

 

 一つになったのだった――。

 

 

………

……


 花火の余韻が消え、無数にまたたく星が夜空の主役にとって代わった時。

 僕の唇はゆっくりとメイの唇から離れた。

 僕にとって初めてのキスだ。

 メイの唇はとても柔らかくて、熱かった。

 わずかに潤んだ彼女の瞳が目に入ったとたんに、急に恥ずかしくなってしまい、僕は彼女から一歩だけ下がった。

 

「ねえ、ジュンペイ」


 親を求める子猫のような甘い声が耳をくすぐった。

 僕は彼女から顔をそむけて「なに?」と聞き返す。

 すると彼女は逃げる僕を追いかけるように、顔を覗き込んできた。

 

「ハーモニカ。吹いて欲しいな」


「うん」


 言われるがままにポケットからハーモニカを取り出して口をつける。

 メイの唇とは対照的に、ひんやりとした感覚に、ぼーっとしていた頭が冴えてきた。

 そして僕は『きらきら星』のメロディーを奏でたのだった。

 

「ジュンペイのハーモニカ。大好きだよ」


 そうつぶやいた彼女は、いつもと同じように歌詞を口ずさむ。

 二人で一つになった音楽が、星空に吸い込まれていった。

 今までとは違った幸福感が僕の体を温かくして、晩秋の冷たい風が心地良く感じられる。

 すごく単純かもしれないけれど、「生きていてよかった」と心から思えたんだ。

 

 そうしてしばらくした後、

 

「そろそろいこっか!」


 と、メイは弾んだ声をあげながら僕に右手を差し出してきた。

 僕は大きくうなずくと、その手を左手で掴む。

 彼女の温もりがぎゅっと胸をしめつけてくるのを感じながら、僕たちは岩山を下りていったのだった。

 

 ホスピスに向かっている間、僕たちは色々と話したんだ。

 

 

――ねえ、ジュンペイ。恋ってどうすれば成就したってことになるのかな?


――さあ……。どうだろう。


――毎日、ちゅーすればなるのかな?


――それはちょっと恥ずかしいかな……。


――じゃあ、毎日むぎゅぅってすればなるのかな?


――それもどうだろう……。


――むむぅ……。ジュンペイはわたしとちゅーもむぎゅぅも嫌なの?


――そ、そういうわけじゃないよ。でも、何んとなく思うんだ。もっと心がつながるって感じなのかなって。


――心がつながる? もう、わけ分かんないよ!


――ははは、大丈夫だよ。一緒に探せばいいんだから。


――あはは! そうね! これから一緒に探そう! わたしたちにはあと2年もあるんだから!


 

 それは僕たちが今まで目をそむけ続けていた『未来』の話だ。

 たとえその先に死神の大きな鎌が待ち受けていようとも、もう僕は逃げたりしない。

 なぜなら僕は一人じゃないから。

 左手をぎゅっと握りしめているメイが横にいてくれる。

 それだけで死神に立ち向かっていける、そう確信していたんだ。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ