第11話
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花火作りは今も昔も変わらず、手作りで行われている。
生活用品のほとんどがAIが管理する無人工場で作られている現在において、希少な産業と言えよう。
そして工程はおよそ1ヶ月もかかるなんて、僕はまったく知らなかった。
「よぉし、できたぞー! もっていけぇ!!」
「はいっ!」
今は『ホシ』と呼ばれる火薬の玉を作っている。
一番最初にテッチャンが配合した火薬の粉を、機械で丸めて数センチほどの玉型にしていく作業だ。
丸めたものを天日干しして、再び粉と水をかけてまた丸めていくので、かなり時間がかかる。天候によっては1ヶ月半も費やさねばならないとテッチャンは教えてくれた。
そして今の僕の当番は作業場で丸めたホシを外まで運ぶ係だ。
大量のホシをつめた箱をテッチャンに手渡されると、ずしっとした重みに思わず顔が歪んでしまった。
「ははは! 重いか!」
「い、いえ。大丈夫です」
僕は口をついて出てきた言葉が強がりではないことを証明するように、ゆっくりと歩き出した。
だが作業場を出た直後、待ちかまえていた強い陽射しにグラリと立ちくらみを覚えてしまった。
「あつっ!」
10月も半ばだというのに、直射を浴びた脳は溶けるんじゃないかと思ってしまうくらいに暑い。
とそこに響いてきたレイナ先生の声が、僕の背中を支えた。
「あ、ジュンペイくん。そこに置いて!」
張りのある声に気を取り直した僕は、気迫を振り絞って足を動かす。そして言われた通りの場所で箱をおろした僕に、レイナ先生は目を細めた。
「はい、御苦労さま! ジュンペイくんも立派な男の子なんだね!」
「その言い方だと、今までは男と認めてくれていなかったということですか!?」
「ははは!」
そんな軽いやり取りをしながら、僕は目の前に並べられた多くの箱に目をやった。
ぎっちりとつめられた黒色のホシが太陽に照らされて光っている壮観な光景だ。
これが全部花火になると思うと、妙に感慨深い。
僕がふぅと息をつくと、レイナ先生は澄んだ声で問いかけてきた。
「どう、ジュンペイくん。ここでの暮らしは?」
ざっくりとした問いに、どう答えていいか戸惑う。
すると彼女は僕の目を見て続けた。
「目をそらさずに、受け入れることができたかな? 自分と未来のこと」
パンと頬を張られたかのような痛みが僕の中を駆け巡った。
自分と未来を受け入れる、ってどういうことだろうか。
どう答えたらいいのか、どう問いかけたらいいのか、それさえも思いつかない僕に対し、レイナ先生は小さく微笑みかけた。
「さあ、もうひと踏ん張り! がんばってきなさい!」
レイナ先生は僕に考えさせる余裕を与えようとせず、バシっと僕の背中を張った。
そして僕はテッチャンの待つ作業場へと戻っていったのだった。
………
……
さらに時がたち、11月に入ると、いよいよ花火作りは佳境を迎えた。
ホシ作りが終わり、『玉込め』と呼ばれる、花火の組み立て作業に入ったのである。
僕たちの作る花火は4号という大きさの花火で、玉の直径は12cmに満たず、両手にすっぽりと収まるくらいの大きさだ。
それでも打ちあげたら直径65mほどの大輪を咲かせるらしいから驚きだ。
作業は簡単に言ってしまえば、球体を半分に割ったものの外側に、ホシを敷きつめていくもの。
しかし実際にやってみるとすごく難しい。
ホシを敷きつめようとしても、玉の中でコロコロと転がってしまい、なかなか進まないのだ。
「綺麗に咲くように、という願いも一緒に込めるんだぞ」
テッチャンの声が飛んでくるが、願いを込める余裕はない。
ホシを敷きつめる、ホシを敷きつめる、と心の中でつぶやきながら、黙々と作業を進めていった。
「おお! さすがはゲンだな! ほんと、お前さんを花火職人にスカウトしたいくらいだぜ!」
テッチャンが右隣で作業をしているゲンさんをべた褒めしている。
僕はちらりとゲンさんの手元に目をやると、大きく目を見開いてしまった。
なんとほとんど隙間なくホシが敷きつめられていたのだ。
まったく花火作りのことを知らなくても、美しいと素直に感じる。
「すごい……」
思わず漏れ出た感嘆とともに、自分の手元に視線を戻す。
明らかに隙間だらけで、見た目からして不細工……。
昔から僕は手先が不器用で、こういう手作業はすごく苦手だ。
ひとりでに「はぁ……」と大きなため息が漏れたところで、ポンと肩に大きな手が乗っけられた。
「ははは! ジュンペイは初めてにしては、随分と筋がいいな! いいぞ。そのまま丁寧にやっていくんだ」
テッチャンが二カッと笑って、今度は僕を褒めてくれている。
ちょっとだけ気分が良くなったが、すぐに「どうせお世辞なんだ」と再び自己嫌悪の雲がモクモクとわきあがって、顔が自然とうつむいていく。
するともう一度ポンと僕の肩を叩いたテッチャンは、穏やかな声で続けたのだった。
「全力で挑戦した先の答えは、花火が見せてくれるさ」
「え?」
彼の言葉がドンと強く胸を打ち、彼の方へ目を向ける。
すると彼はぐっと表情を引き締めた。
「だから、自信を持って、自分なりの全力で挑戦するんだ。それが良い花火を作る秘訣さ……。ってな。じいちゃんの受け売りだ! ははは!」
照れ隠しだろうか。テッチャンは顔をそむけながら、僕の左隣にいるメイの方へ足を運んでいった。
「こらぁ! メイちゃん! 相変わらず、雑すぎ!! そんなんじゃ、花は咲かないぜ!!」
「あはは! 大丈夫だよ! 花火が見せてくれるさ!」
「おいっ! 大人をからかうんじゃない!」
「あははは!!」
そんなやり取りを耳にしながら、僕は手元の玉に視線を落としていた。
不完全で、いびつで、不格好……。
僕の目にはそう映った。
……と、そこによぎったのはレイナ先生の言葉だった。
――目をそらさずに、受け入れることができたかな?
その瞬間に重なったんだ。
目の前にある玉と、自分の『未来』が……。
――自信を持って、堂々と自分なりの全力で挑戦するんだ。それが良い花火を作る秘訣さ……。
不完全で、いびつで、不格好な自分の『未来』に対して、僕は挑戦できていると胸を張って言えるだろうか。
僕は『未来』を受け入れたんじゃなくて、ただ目をそらしているだけなんじゃないか。
僕にとって『最高のハッピーエンド』ってなんだろうか――。
僕は無意識のうちに、玉込めに没頭していった。
そして気付いた時には玉一面に隙間なくホシが埋め尽くされていたのだ。
「素晴らしいよ、ジュンペイ!! たいしたもんだ!!」
大げさに僕を褒めたたえるテッチャンの声が耳に届くと、何とも言えない達成感に思わず笑みがこぼれた。
「おお! ジュンペイはやるなぁ!」
「ジュンペイくん、すごい!」
ゲンさんとモモカさんが満面の笑みを浮かべる一方で、メイだけはぷいっと外を向いている。
「ふーんだ。どうせわたしは下手ですよぉ」
僕はメイの手元にある玉に目を向けた。
大きな隙間だらけなのが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
――花火作りが楽しかったから、それでいいんだよ!
きっと彼女は不格好に咲く花火を見上げなからそう笑うだろう。
でも、僕は……。
玉を持つ彼女の手の上に、そっと自分の手を添えた。
「ほえ? ジュンペイ?」
驚いた顔で僕を見てくるメイに僕は自信を持って告げた。
「大丈夫だよメイ。僕と一緒に挑戦しよう。最高の花火を二人で作るんだ」
頬をわずかに桃色に染めながら僕を見つめているメイ。
そんな彼女に僕はホシを一つ取り上げて、微笑みかけた。
「さあ、頑張ろうか」
メイは大きな目をさらに大きくしたが、すぐに目を細めて笑顔を作った。そして青空に輝く太陽のような声で言ったのだった。
「うん! ジュンペイと一緒に頑張る!」
と――。