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第五話 来訪者

 ロズワグンと名乗る女に連れられて進んだ先は、街道を離れ森にほど近い一軒家だった。

 周囲は真の暗闇に閉ざされており、吹き抜ける風は冷たく湿っており、土の臭いが強い。

 まるで、墓場に迷い込んだような印象を何故か受けた。

 死霊術師ネクロマンサーなる物が如何なる者かは、騎馬民族の知識より得ているが、実際に間近にみれば尋常な存在ではなさそうだと気付かされる。

 それでも、私は然したる危機感も無く彼女が手招く扉から、家の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中は、真っ暗ではあったが外の不快さと打って変わり、良い香りが漂っていた。

 何処となく寺の本堂を思い出す香りだ。

 銀色の狐耳をふわりと動かしながら、ロズワグンはランプの明かりを灯してから、私に椅子を勧める。

 簡素なテーブルの前に置かれた椅子に腰を下ろすと、対面に彼女が座る。

 ……ランプがあるとは言えほの暗い室内で、女性と向かい合う事など然程経験が無い私は、少しばかりの居心地の悪さと、僅かばかりの高揚感を感じていた。


「……カンドと呼べば良いのか? 何とも発音しにくい名前だが。ともあれ、何が食える? ここにあるのは固いパンと塩辛い肉、それに豆だけだ」


「名は、それで良い。しかし、良いのか? 今の私にはどれも十分な馳走だ」


「では、カンドと。相当空腹と見える……支度するから待っていよ」


 立ち上がりかまどの方へと向かうロズワグン。

 ゆったりとしたローブからは分かり難いが、中々に均整の取れた身体をしているようだ。

 いや……これは、変な意味ばかりではない。

 術師でありながら白兵戦の訓練も受けているようだと言う意味が込めてある。

 それ以外には他意は無い……多分。

 ロズワグンは鍋に豆と水を入れて、レンガ造りのかまどの上に鍋を置き、火を起こす。

 薪に火が付くまでの時間、彼女は火を見ながら言葉を紡いだ。


「さて、カンド。貴公、奇妙な服装だな、何処より来たのだ? 別の大陸か?」


「……戯れに聞くが、異界よりと答える者は何と呼ばれる?」


「狂い、かな」


「……そうか」


 さぁて、困ったぞ。

 とてもでは無いが、本当の事など言える筈もない。

 良い冗句が浮かばなかったと話題を変えるより他は無いか。


「だが、余人は知らず、貴公であれば話を聞く価値はある、申してみよ」


「何故に、私の場合は聞く価値がある?」


「女の感さ」


 そう笑いながら此方を振り返るロズワグンの顔が、赤々と燃え上がり始めた火に照らされて赤く染まる。

 ……からかわれているとは思うのだが、他に頼る伝手もないし、死んだも同然の身の上だ。

 そう覚悟した私は、死に際に謎の男によりこの世界に流されてきたことを説明し、北方の騎馬民族たちの戦場跡で何を見て、聞いたのかも全て話した。


「信じる信じないは其方の自由だがな」


 そう付け加えた私を見やり、一つ息を吐き出せばロズワグンは豆を煮立たせながら私に振り返り告げる。


「信じるよ、貴公の目を見れば分かる。肝心の部分が抜けているが、まあ良いさ」 


「目? そんな純真な眼差しか?」


「何を言っているのやら。貴公の双眸は既に赤土色、それは呪術師の証だ。そうであるならば、今の話は概ね間違いはないだろう。何故に、異界より流されてきたのかは不明だがな」


「それは……。いや、待て、赤土色だと?」


 慌てふためく私に、ロズワグンは鍋をかき混ぜながら呆れたような視線を投げかけ、奥の鏡台を指で示した。

 気になるなら自分で見ろと言う事か……。

 立ち上がり、鏡台の前に立って己の姿を確認する。

 血と土に汚れた正帽、近衛師団の紺色の礼服に雪除けのマントを纏う三十過ぎの男が一人。

 髪の色は黒、肌は黄色人種として一般的な色合い、そして、瞳は黒……ではなく確かに赤土色に変色していた。

 これが、契約の代償の一部か。


「呪術の神は、乾いた赤土の広がる世界に住まうと言う。その為、呪術を受け継ぐ者は赤土色の瞳を持つようになる」


 ロズワグンの声が響いた。

 双眸の色が変わった事に気付いていなかったのは迂闊だ。

 清流を飲む際にでも気づいても良かった筈だが、喉の渇きを癒す事を優先したためか、この体たらくか。

 しかし、身体に無自覚に影響を与える呪術とは……。


「呪術とは如何なる物か?」


「知らぬのだ。魔術は系統立てた学問だが、呪術は大いなる呪術師の系譜にのみ伝わる業。余の死霊術とて学問の体系に収まるが、呪術と呼ばれるその力は収まらぬ。……一説には、原初に働きかける異形の業とも聞く」


 ノロノロと椅子に戻りながら伝え聞いた言葉を吟味する。


「ラギュワン・ラギュは何と?」


「何処の世界に己の飯の種を明かす術師がいるものか。学問の体系にある術の使い手とて、創意工夫を成して、それは明かさぬ。余とて同様。呪術師ならば一層に明かさぬ。」


「……受け継いだは良いが、何をする宛ても無いか」 

 

 呟きながらロズワグンを見やると、おたまによく似た調理器具でスープを掬い、味見している。

 その背を見ていると不思議な気分になるのだ。

 ……終ぞ、伴侶など持つ事の無かった私だが、こうして会話を交わしながら待っているのも悪くはないと。

 最も、そんな気分を吹き消すように腹の虫が盛大になった。

 煮込まれる豆と調味料の匂いに反応したのだろう。


「ははっ、本当に腹を減らしているな。今少しだ、待っていろ」


「面目ない」


 何とも情けの無い限りではあるが、腹が減っている最中に美味そうな匂いを嗅げば誰だってこうなる筈だ。

 程なくして出された料理は、煮込んで餡のように潰された豆のスープと硬いパン、それに乾燥した肉を薄くスライスしたものだ。

 十分に美味そうだ。


「さあ、食うが良い、ひよっこ呪術師殿」


「いただきます」


 両の手を合わせて、会釈一つして食べだす私をロズワグンは何とも言えぬ表情で見ていた。

 何か、可笑しな事をしただろうか? 


 ともあれ、スープを一口、匙で掬い食べた。

 口内に広がるスープの暖かさと豆の旨味、そして仄かな塩気は絶品であった。

 おかげで脇目も振らずに一心に食べた。

 スライスされた肉も平らげ、最後にはパンを皿に残ったスープに付けて、一滴残さず食った。


「……ご馳走様でした。非常に美味かった、感謝する」


「いや、大した物ではないが……良い食いっぷりだった。弟を思い出した」


「……弟御はお出かけに?」


「先程気配は感じたであろう? クラッサの聖騎士になった挙句に死んでしまった。まだ、あの国と争っている最中であったのに、何を思ってか敵国の聖騎士だ」


 語られた内容に私は言葉を詰まらせた。

 街道で引き連れていたあの気配か……。

 しかし、国を捨てて敵国に仕官したと言う事か? それはのっぴきならない事情でもあったのだろうか。


「その、死霊術師ネクロマンサーは迫害でも受けているのか?」


「いや? ああ、それで仕官した訳ではないさ。そういう理由があるなら余もすっきりするのだがな」


「死者の国には送らぬのか?」


「……悔しいが、余の力では送れぬ。暴れぬように抑え込むのが関の山だ」


 何とも居た堪れない話では無いか。

 死した後にも屍を晒し続けるしかないばかりか、身内にも如何する事が出来ない。

 そして、私は祖国で仇敵が進めていた神呪兵(じんじゅひょう)計画……黄衣兵団(こういへいだん)と言う呼称で隠匿されていた恐るべき計画を思い起こし視線を伏せた。

 ロズワグンの弟御は、計画の犠牲になったのだ。

 計画を生み出した同国の者として、居た堪れなさを感じると共に、如何にかせねばと言うも意を強くした。


「そう暗い顔をするな、カンド。貴公の所為では……?」


 ロズワグンの気遣いの言葉聞いていた最中だ、不意に異様な気配を感じて扉を見やる。

 私の様子にロズワグンが問いかけを放とうとした瞬間、鳴り響くノック音。


「客だと?」


 訝しげに呟くロズワグン。

 再び鳴り響くノックの音は、決して乱れた物では無いが……。

 立ち上がり、扉へと向かいながらロズワグンは誰何すいかの声を上げた。

 騎馬民族の言葉しか分からぬ私にでも、その程度の推量は付く。

 だが、扉の向こうから言葉は返らなかった。

 三度、静かにノックが繰り返された。

 私は不穏さを感じて立ち上がり、扉へと駆けていた。

 ロズワグンも眉根を寄せて、開ける事を躊躇い、覗き窓を除こうとした瞬間だった。

 突如、扉を鋼の剣が貫き、ロズワグンを狙った!


「っ!」


 殺らせる物か!

 危うい所で彼女を抱き寄せて、不意の一撃を避けた。

 何者か分からないが、扉の向こうの相手は敵だ。

 私は異邦人だ、この地の仕来りとて良く分からぬ。

 だが、いきなり人の家を訪ねて問答無用で家人を刺し殺そうとする行為に義など在るまい。

 引き寄せたロズワグンに、退がる様に伝えて、私は傍に立てかけてあった薪割り用の手斧を拾い上げて怒りを込めて告げる。


「女の家を訪ねて、言葉もなく刺すかよ! 鬼畜か、物を知らぬ下郎と見た! 例え二つ陽が許しても、この私が許さん!」


 応えは無かったが、扉を激しく蹴飛ばす音が響きだした。

 来るなら来てみろ、狼藉者め!

 私は握る手斧に力を込めて、その瞬間を待ちわびた。

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