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第二十五話 魔剣と未熟者

 バルトロメ、私が幼き日より夢で何度も見た老人の従者は、犬頭の老人であった。犬の頭(狼に近い犬種)を持って居るとはいえ、この老人は聡明で、そして……強い。

 夢では分からなかったが、直接会えば感じるものがある。

 例えば、御者台から跳躍して、着地する様子とか、会話の立ち振る舞いで、我が師方喜(かたよし)大佐を凌ぐ手練であると感じられるのだ。


 そのバルトロメが、何処か孫を見る祖父の様に双眸をすがめて、喜びを露わにしている。


「若かりし頃、ジュアヌス様は剣士になりたいと仰せでしたが、次なる生にてその望みを叶えられたようで何よりです。相も変わらず、色恋には奥手そうですが」


「……何故わかる?」


「老馬の智、そんなところでございますよ」


 何だか、非常に調子が狂う。

 なるほどと頷いて、さて、何を聞くのか、何を話せば良いのかと思案していると、集落の巫女が口を開いた。


「バルトロメ様、とお呼びすれば宜しいですか? 私はジーカ近辺の守りを承っておりますクラーラと申します」


「ああ、デメリアの末の。《《多少》》手違いはあったようですが、よくぞ主をお連れ頂いた」


 バルトロメが多少の部分を強調すると、巫女の方は落ち着きを払っているが、騎馬民族達が忙しなく、視線を行き交わせる。


「多少の手違いはあったようですね、それについては謝罪いたしましょう。しかし、今は一刻の猶予もないのです。暁と戦いの女神たるレムよりの啓示が在り、黄衣の兵士が迫っていると。その者は――」


「黄衣兵団か」


 巫女が啓示を語る前に、私は私の知り得ている言葉を口にした。

 巫女は、不意に言葉を遮られたのにも拘らず、気にした素振りも見せず、それは分かりませんがと前置きして、更に続ける。

 

「この世の大気に馴染めず、顔を異様な仮面で覆う死者の様な、生者の様な存在であると」


 私の脳裏に甦るのは、旧カムラの王都で出会ったあいつだ。

 黄色く染まっている我が祖国の軍服を纏い、恐るべき強弓を示し、鋭い斬撃を繰り出したあいつ。

 防毒マスクらしき物で口元を覆ったあの兵士だ。

 追ってきたのか……。

 追ってきた?

 では、ここに来る前に何処に寄った?

 パキーズか? それとも……。


「如何した、大将?」

「奴は何処から来るとか、分るか? 例えば、私達が来た方角からとか」


 顔色が変わったらしい私を見て、エルドレッドが問いかけるが、私はそれに応えず巫女クラーラに質問した。我ながら、硬い声だ。

 クラーラは私の顔をじっと見据えて。


「南の地より、つまり貴方達が来た方角より」


 ぞっとした。


神土かんど様としての因縁の相手と言う訳ですかな?」

「私が狙いならばな。その辺りは分かるのか?」

「生憎と其処までは……。ただ、暁と戦いの女神たるレムが告げるには、ジーカの宝物庫が狙いの一つだと」


 その言葉に私はそっと安堵の息を吐き出したかった。

 狙いが私だと言うのでなければ、偶然の一致か。或いは隠れ里には気付いてもいないのではと。


 だが、黄衣の兵についての巫女の託宣を聞いてから嫌な予感が消える事はない。

 唇を噛みしめながらも、今すぐ如何にかできる術がない事に苛立ちを覚えてもいた。


「宝物庫狙いとは痴れ者ですかな。主の懸念でもある。討って出ますか」


 飄々とバルトロメが恐ろしげなことを口にした瞬間に、不意に日が陰り上空より声が響いた。


「バルトロメ様!」


 何事かと上空を見やれば、人の体に、腕が翼、足が鳥の如き存在が飛んでくるのが見えた。性別は女の様だ。

 私はその服装を見て絶句してしまった。

 それは、正に我が祖国の軍衣だった。

 無論、腕や足は概ね露わになっているが、翼を邪魔せぬような半袖、それに鳥の足の先端に変わっている膝丈の半ズボンと言う姿は、夏用の野戦服に酷似していた。


「彼女は、ハルピュイアのジャラジャシーですな。ジーカ内部の守りの一人。あの服はジュアヌス様の夢から着想を得た衣服です。ジャラジャシーは、(いた)く気に入っておりましてね。ああ、貴方様の再来に備え、近衛第一師団、貴方様の所属師団の制服と軍刀をご用意しておりますよ」


 ――なに?


 何かとんでもない事をさらりと言ったバルトロメを見やったが、すぐに上空のハルピュイアとやらに視線を向ける羽目になった。


「賊だ! 宝物庫に入った賊があり、例の魔剣を!」


「まさか、ドラゴンブラッドをか!」


 飄々としていた犬頭の老人が初めて慌てる様な素振りを見せた。

 ドラゴンブラッドとはそれ程の物か。

 ともかく、黄衣の兵が既に来ている、なればこれを打ち破り、フォクシーニの隠れ里に手を出していないかを吐かせてやる。

 そう決心した私の肩をキケが軽く小突く。


「旦那、落ち着きなよ。殺意高すぎだ」


 思わず、年齢相応のその笑顔を見やり、私もつられて笑い。


「まあ、そうだな。この先如何するにせよ、先ずは賊を探さないとな」


 頷きを返して肩の力を抜く。その様子を興味深そうに眺めていたバルトロメだが、ジャラジャシーに賊の捕捉は可能かと問いかけると、数名の仲間が常に対象を捕捉していると答えが返って来た。


「そいつは、黄色い衣の兵士か?」

「いや、そんなのじゃない! すばしっこいだけの若造だ。何処かの軍属だと思うんですが……」


 ――すばしっこいだけの若造。


 その言葉に少しだけ心当たりがあった。


 そうだ、私を突け狙っていた未熟者だ。パキーズの勇猛な戦士であるゾスモの姪、聖騎士にして英雄であったハルパーの従妹。


「ロデニアじゃあるまいな」


 私がその名を出すのと同時に、驚愕の声が上空から響く。


「馬鹿な! ただの人が其処から飛ぶのか!」


 ジャラジャシーと呼ばれた女ハルピュイアは驚愕の叫びをあげた。彼女の眼には何が見えているのか、程なく分かった。

 強く歪な殺意を感じる。

 今までにない殺意でありながら、あの小娘が本気で私を殺そうとしていた時の様な純粋なそれではない。

 だから、私はそれが溜まらなく腹立たしかった。


 まるで流星の様に、黒光りする剣を突き付けた姿勢のまま突っ込んでくるその姿は、確かにロデニアだ。

 私がパキーズの闘技場から外に出る際に兵を揃えて、討ち果たさんとした者の一人。従兄の敵討ちを願い、伯父ゾスモの苦労も知らず、私を突け狙い、その道中で幾分髪の伸びた小娘。

 高所より真っ直ぐに向かって来るロデニアは、如何やらジーカの外壁からこちらに向けて飛んだのだろう。剣の力を借りてか、力に引きずられて。

 真っすぐに銃弾の様に飛ぶその様を見て、私は思う。ゾスモが今の姿を見れば何と思うか。きっと悲しむだろう、なんだその顔に張り付けた様な笑みは。


 そう思う間もなく切先が、私に届こうとするのを反射的に切り払う……が、弾かれた。

 剣を振るった機に間違いはない、なれば、ロデニアの一撃が私を上回ったのだろう。

 それらの感想が脳裏に浮かんだのは、全てが終わった後だった。

 ロデニアの一撃は、私の身を傷付けはしたが貫く事は無かった。

 私はやむを得ず肘と膝で黒光りする剣を挟み込んで、その一撃を止めた。


 挟み込んだ膝も肘も焼け焦げた様に煙を燻らせている。

 剣が止まるまで火花すら散った。

 私の今の身体能力が呪術による物ならば、呪術の力を一カ所に集められやしないかと思い、咄嗟に行った事だが……功を奏したか。

 切っ先は、僅かに体に突き立てられたが、こんな物はかすり傷だ。


「力に酔うな、未熟者が」


 歪な笑みから驚愕に目を見開く表情へと変化したロデニアにポツリと告げてから、私は黒光りする剣の根元を掴み、強く握り締め剣を抜く。


「ち、力を! もっと、力を! 今ならば」


「無理ですな」


 力で押されたロデニアが、うわ言の様に剣に語り掛けるが、背後に回ったバルトロメがするりとロデニアの首筋に腕を回して締め上げる。

 もがき、足掻く拍子に剣から手を離したロデニア。手中の剣を上空のジャラジャシーに投げつけて。


「ジャラジャシー、この剣は持って帰れ! それとバルトロメ、絞め殺すのは無しだ」


「締め落とすだけですよ」


「焦った、焦った。回収して――っ!」


 バルトロメは足掻くロデニアの意識を失わせてから、腕を離す。

 ロデニアの身体は地面に倒れ込んだ。その一方で上空のジャラジャシーは、黒光りする剣を受け取ろうとした矢先、黄色い影に割り込まれ、剣を奪われた。


「神土少佐……姫様の為に死んでもらうぞ!」


 魔剣ドラゴンブラッドを手にした黄衣の兵士が、何もない宙を蹴り、剣を構えて私に突進してきていた。


 その声には、聞き覚えがあった。


「貴様、久遠くどう中尉か!」


 芦屋大納言志津姫あしやだいなごんしづひめの近習の一人が、今、正に宙を飛び、風を引き裂きながら私を切り殺さんと魔剣を振り上げていた。

 右の肘も膝も痛むが、私は即座に剣を持つ右手を掲げて、迫る久遠中尉を撃尺の間合いに入り次第斬り捨てる覚悟を決めた。

 なに、失敗すれば、死ぬだけだ。

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