第二十四話 巫女と使い魔
多くの騎馬民族に誘われて、壁覆う廃都の傍へと私達は進む。
よく来た、と言う割には、騎馬民族は皆黙々と私達を歩かせるだけだった。
その背に乗せる事も無く、砂っぽい風舞う荒野を歩かせる。
武器を取り上げようと言う動きまであったが、流石にそれは拒否した。
当然の話だ、それで争いになるのならばなれば良い。
一度足を止めた騎馬など、本来の力を出せる物ではない、故に切り抜ける事は可能だろう。
私が否を告げると、騎馬民族たちは態度を硬化させたように見えたが争いには至らなかった。
「俺達の身を護るのは武器だけだ。虜囚にしたいんじゃなきゃ、その辺の譲歩は貰いたいねぇ」
エルドレッドが嘆息しながら言葉を紡ぐ。
「勇猛名高い騎馬民族が、武装してるっても、高々五人の徒歩の兵に後れを取るのかい?」
続けてキケが更に言葉を放った。
その鋭さは正に舌鋒と言えた。
なれば良いと、騎馬民族を率いている女は告げて、身を翻して付いて来るように命じた。
それから結構な時間が経ったが、騎馬民族に囲まれながら誰も喋らず黙々と歩いている様子は、傍から見れば滑稽だろうか。
実際には、何とも言えない疲労感だけが蓄積されて行くのだが。
日が、大分傾きかけた頃に漸く集落に着いた。
不可思議な集落だった。
北方の騎馬民族達は、私がこの世界で初めて目を覚ました場所は、騎馬民族のみで集落を形成していた。
だが、ジーカの騎馬民族は違う。
そこにはヒューマンもエルフもフォクシーニやまだ見ぬ種族も入り混じって生活していた。
夕餉の支度に追われていた女や、集落を警護している様子の兵士、それに未だ遊びまわっていた子供らと無数の視線が私達に向けられた。
「暫し待て」
騎馬民族を率いていた女が、蹄を鳴らしてその場から離れる。
向かう先は……神殿らしき建物が建っている。
巫女とやらを呼びに行ったのか……。
そんな事をぼんやりと考えていると、不意に集落の東の方から音が響いた。長く閉ざされていた巨大な扉が、時の重みを押しのけて開かれているかのような、重々しい金属音。
途端に、周囲の様子は一変した。
騎馬民族達は互いに顔を見合わせたり、落ち着かぬ様子で尾を振り、ゆらゆらと周囲を徘徊しだす。
夕餉に買い出しや支度に追われていた女たちは、慌てて我が子を呼び寄せ、家屋の中に逃げ込んでしまう。
そして、兵士達は……流石に持ち場は離れなかったが、恐慌状態一歩手前と言った風に感じられた。
「何事か!」
先程、神殿に向かった騎馬民族の女が金の髪を風に靡かせながら走り戻る。
その背には、小柄な娘が乗っている。
あれが巫女かと注意深く見やれば、頭に羊の様な角を持っているのに気付いた。
「シープスだ。旦那は見た事無いのか?」
「うむ、ない」
イェレが小声でその種族名を教えてくれた。なるほど、羊の様な角を持つのはシープスか。
慌てて戻って来た女は部下達を叱咤し、何があったと再度繰り返すと、騎馬民族の一体が前に進み出て告げた。
「ネーア、不味いぞ。ジーカの扉が開いた……」
「落ち着け、エスロー。斥候は出したのか? 音だけで判断を下すな!」
ネーアと呼ばれた騎馬民族の女は肝が据わっているし、理に適った発言をしている。
ハッとしたように、エスローと呼ばれた男の騎馬民族は、何人かに声を掛けて、率先して斥候に向かう心算の様だが、他の連中はどいつもしり込みしている。
「私でよければついて行くか?」
その様子に少しだけ憐れみを覚えて、そう告げやると意外そうに全員が私を見た。
「いや、逃亡すると思われんじゃね?」
「そうか? ふむ、そうか」
マウロが呆れた様に言葉を投げかけてきたが、一瞬首を傾いでから納得した。
確かに、逃げるのにも絶好の機会だったな。
「流石に呼ばれて、何をされた訳でもなく逃げるのは、無いよ」
「そうかなぁ、ある意味軟禁状態じゃねぇか。大将の腕なら間隙縫って逃げられんだろう?」
「つーか、お前ら、周囲囲まれてる時にそんなこと声に出すな」
キケとマウロの会話にイェレが呆れた様に言葉を重ねた。
こいつら、大した肝っ玉だなと肩を竦めると、エルドレッドが天を仰いで嘆息して見せた。
「お客人、迎えに無礼でもありましたか?」
ネーアの背に乗る巫女が、ひらりと舞い降りると涼やかな声で語りかけてきた。
見かけは良家のお嬢さんと言った感じだが、結構お転婆かもしれんなとその所作を見て判断していると、また異変が生じる。
ガラガラガラと響く車輪の音が東より聞こえる。
廃都ジーカがある東の方角から。
「ネーア、エスロー、不味いって。ジーカの扉が開くなんて何かの前触れだ……それにあの不気味な馬車」
「落ち着けよ、ルーヌ……」
車輪の音が大きくなり、首の無い竜馬が引く馬車が見て来ると、一際落ち着きなくうろちょろしている騎馬民族の男が、不安を口にした。
すぐさまエスローが宥めるが、その声は聊か震えている。
この場で落ち着いているのは巫女と、私達、外の者だけか。
ネーアと呼ばれた女すら何処か顔を青ざめさせている。
「お客人、少々お待ちを。――落ち着きなさい! ラギュワン・ラギュの法を受け継いだ大呪術師の帰還をジーカの魔性も祝っておるだけです!」
凛とした声を張り上げて巫女は場を諫めるが、何か聞き捨てならぬ言葉を聞いた気がするんだが……。
「左様! お主らを害する意思など毛頭ないわ!」
しわがれた声が巫女に応えるように響き渡る。
声の主は馬車の御者台に乗っていた。
ああ、あの姿は……幾度となく夢で見た、あの犬頭の従者では無いか?
夢と現実が本当に繋がった事に驚きを禁じ得ない私は、目を見開いて彼を凝視していた。
私の視線に気付いてか、犬頭の従者は――燕尾服の様な漆黒のスーツを纏った彼は御者台からひょいと飛び上がり、私の前に着地すれば恭しく一礼した後告げた。
「偉大なる主、ジュアヌス様。いや、今の生は神土征四郎三厳様様であらせられましたな。よくぞお戻り頂いた」
「――バルトロメか、まさか本当に?」
犬頭の従者、バルトロメは上体を上げて右目に付けた片眼鏡の位置を直してのち、はいと大きく頷いたのだ。