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第二十二話 さざめく心

 今日は暴力的なまでに風が強い。

 唸りを上げて吹きすさぶ風が纏うローブの裾をはためかせる。油断なく見据える先に立ち塞がるのは、四名の戦士。

 薄汚れた胴鎧やチェインメイルを着た男達は、一様に手にそれぞれの得物を持っている。


 相手は武器を抜いている、そして、私もまた剣を抜いている。ならば、言葉は不要なはずだ。だと言うのに彼等は声を掛けてきた。


「何も聞かないのか?」


「……聞いて、何とする? 状況は変わらんだろう?」


 リーダー格と思われる戦士が声を掛けてきたが、私の返答に些か困った様子だった。

 立ち塞がっておきながら、何とも滑稽なことだ。

 或いは、何か訳があるのだろうか? 私は思案すると共に、早く斬り合いにならないかと剣呑な事を考えていた。


 リーダー格がため息をつくと、最も小柄で若い戦士が前に出て叫ぶ。


「何でも良い、やっちまおうぜ!」


「おい、馬鹿っ! 止めろマウロ!」


 刺突剣を持った中年戦士の制止を振り切り、若い戦士が私に迫った。その手にあるのは戦斧。成長期の体に似合わぬ、大きな敵を叩き殺す為だけに存在する武器。


 追い風を受けて、恐るべき速度で迫る若い戦士は雄たけびを上げて、戦斧を振り上げ宙に飛んだ。

 勢いは良いが……しかし、おいそれと飛び上がるべきではないな。

 一歩、右足を踏み込み若い戦士の顎を勢いを乗せた左拳でカウンター気味に打ち抜いた。


「うぎゃっ!」


 奇妙な声を上げて、斧を振り下ろすことなく仰け反って若い戦士は大地に転がった。その頭に己の武器が落ちなくて良かったな。


 また、風が吹いた。びゅうびゅうと五月蠅く走り抜ける風に私は苛立つ。


(もう、共には行けんよ)


 風の音に紛れロズの言葉が胸中に木霊するかのようだ。


 今度は刺突剣を持った中年の戦士がその武器を構える。

 切っ先を真っすぐにこちらに向けて、左右に動き始めた。体は左右に動こうとも、切っ先が私から外れる事は無い。

 凄まじい突きが来る事が予測できた。

 こいつには武器を振るうしかない……。

 刺突を紙一重で避けて、一撃を繰り出すしか……。


「待て、止めておこう」


「如何した、エルドレッド! 怖気づいた訳じゃあるまい!」


「……この男は捨て鉢だ。それでも強い。勝てて当たり前、負ければ命残っても仕事は消える。良い事はない」


 そう中年戦士を制したのは、リーダー格の男だ。


 誰が捨て鉢だと言うのか、そう反論したかったが――実の所は気付いて居た。 


「女連れと聞いて居る、それも大した胆の女だ。今は一緒じゃない所で何かがあったんだろう」


 そう言葉を紡いだのは、皆の中では一番軽装の年若い男だ。

 その手に持つのは短剣……だが、こいつからはまるで冨田とだ流の小太刀使いの様な凄味を感じる。


 そして、語られる言葉は図星だった。


 未だに刺突剣を構えたままの中年戦士に対峙しながら、同じく武器を構えていた私は不意に切っ先を下げた。


「……キケの言う事が図星か」


 リーダー格の男……エルドレッドとか言う名の戦士は、重々しい溜息を一つ。


「今のアンタは斬られて当たり前な精神状態だ。なのに、アンタは今でも強い。なるほど、クラッサ聖王国が恐れる聖騎士殺しと言う喧伝も出鱈目じゃないんだろうな」


「喧伝した訳じゃない」


「俺達の界隈ではそう言う話でもちきりだ。何せ旧カムラ王国の王都で聖騎士を倒して、脱出まで果たしているんだからな」


「パキーズじゃ、聖騎士を決闘で殺したそうじゃないか。殺しても動くあの化け物を」


 敵意を無くした私に、口々に彼らは語りかけてくる。

 そこにはある種の親しみすら感じる。

 如何やら傭兵か賞金稼ぎか。

 どちらであるにせよ、そこまで攻撃的ではないことが有難い。複数の手練を相手に戦うのは、本来忌避すべき事だ。目的があるのならば尚更。


 私は自分自身が先程浮かべていた笑みなど、剣の道を外れた愚かな妄執と言うより他は無い事を自覚している。

 そんな状況だ。

 外部よりの指摘の言葉を聞き、私は一気に恥ずかしくなり、自身が情けなく思えてきた。


 私はきっとロズと共に、旅路を行きたかったのだろう。

 しかしながら、彼女が動けぬであろう事も察してしまった。

 一言相談すれば良い物を、こうして一方的に告げて旅立ったことが実は密かな後悔に繋がっている――こんな所だろうか。

 何とも情けない。


「いやぁ、でも、女にフラれた位でヤサぐれるとか、なんか親近感湧くわぁ」

 

 地面に転がっていた若い戦士が、顎を抑えながら立ち上がり告げた。

 すぐさま、中年戦士に頭を拳骨で殴られて悲鳴を上げていた。


 その光景にどこか懐かしさを感じて、私は思わず笑ってしまった。


「笑った方が男前だ、大将。あんたは賞金が掛かっているが、クラッサの聖騎士を殺せる……。あんたにくっ付いて行っても良いかい? 女の変わりにゃならんが、一人よりは楽しいぜ」


「賞金とクラッサ憎しか? 天秤次第では斬るか?」


「あんたが調子を取り戻してくれるってんならな。今のままのあんたを切っても寝覚めが悪い」


 そう豪語したエルドレッドと言う男の言葉には、嘘偽りが無い。この男は私を斬れると思っているし、そう思えるだけの実力はあるようだ。


「付いてくるのは勝手だが、私の名前はカンドだ。大将と呼ばれるのは……ちょいとな」


 少佐が最終階級だしなと小さく呟いてから、頷きを返した。

 まずはジーカに行こう。そして、そこに何があっても、無くても一度ロズの所に戻ろう。


 彼らは名乗りを聞きながら、私はそう決心していた。

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