第二十一話 別離
私は今、ただ一人で荒れ地の向こうにあると言う廃された都市ジーカに向かっている。
幼き頃より夢に見る老人が居るが、如何にもその老人が住みかとしていたのが奇しくもその廃都市ジーカである様なのだ。
とある理由で行く当てを失った私はその廃都市に向かう事にした。
――パキーズの国境を出る頃には旅の連れはロズと護衛として任命されたゾスモ、それに女兵士のアルマの三名の連れが居た。
それに、私を付け狙うは聖騎士ハルパーの従妹である未熟な小娘ロデニア。
賑やかとも言える旅路は、ある村に辿り着いてからも変わらなかった。
変わったのは、私の心だ。
少数のフォクシーニが暮らす村は、旧カムラ王国の王家に忠誠を誓ったある一族の隠れ里だった。
旧カムラ王家のロズが居たおかげでその村では歓待を受けた。
隠れ里であればクラッサ聖王国の手が回る事も無い。
そもそも彼等はパキーズを抜いていないのだ。
パキーズより尚西の地となれば、未開の大地と変わらない。
それ故にその村での日々は穏やかな物であった。
ロズは漸く安息を得たのだと思えた。
ロズを守り、この地にまで連れてきた私をも彼等は感謝し、好待遇で迎えてくれた。
そうなのだ、その村での日々は平穏であり、暖かな時間だった。
そして、この血の臭いさえしない静かな生活……襲ってくるのは精々未熟な小娘と言う状況に私は辟易してしまった。
平穏な生活とやらは、私には耐えられない代物であったのだ。
積み上げた技が錆び付くような日々。
それでも、一人修練し続けた私だが、遂には彼等と袂を分かつべきだと考えるようになった。
私が成すべき事を成さずに穏やかに過ごす事など、私は許さない。
脳裏にちらつくのは、忌まわしき『神呪兵計画』の被験者たちの今際の顔。
そして、屠った聖騎士の顔だ。
彼等の顔を思い返し、私は決心した。
隠れ里の村を出る事を。
私は密かに行動を移そうと考えていたが、私の決意はゾスモにより見破られていた。
護衛と言う形で同道していた彼だが、パキーズの国境を抜けた以上は同道する名分はなかった。
それでも付いて来ていた彼は、戦士として私の行く末を見たいのだと語った。
そう言われてしまえば、返す言葉も無く同道するとの言葉に頷かざる得なかったがが、残念ながらそうはならなかった。
クラッサ聖王国が遂にパキーズを攻めたのだ。
そうなれば、パキーズの勇士として名高い彼は戦場に馳せ参じない訳には行かなかった。
そこで、ゾスモは戦場へと向かう事になり、その際に私の決心をロズに伝えたのだ。
ロズとの会話は然程ない。
隠れ里の者にとって、ロズとは如何なる存在かは十分に認識できている。
仰ぐべき主筋が、都落ち同然に彼等の元に来たのだ。
彼女を盛り立てるのは当然と考えるだろう。
ロズにもそれは当然のように分かっている。
高貴な出自の女だ、ごく自然とその辺りは心得ている。
一方で、私が何時までもこの村に留まるまいとは薄々と感づいていたようだ。
付き合いは短い時間でしかないが、彼女は私の事をある程度分かっているようだった。
「……共に行けんよ」
「そうか」
最終的には、その様な会話で話を締めくくった。
彼女は彼女の成すべき事を見つけ、私は私の成すべき事を捨てられない以上は、そうならざる得ない。
彼女の護衛として任務を負ったパキーズの女兵士アルマも村に残る事になる。
ハルパーの従妹にしてゾスモの姪ロデニアも、クラッサが攻めて来たとなれば私を狙う前に国を守るべく戻るだろう。
こうして短い間にできた旅の連れを全て捨て去り、私は廃都に向かう事にした。
北北西に広がる荒れ地の中心部にそれがあると聞き知ったからだ。
こうして旅立った私が荒れ地を一人歩いているのは当然と言えた。
其処に後悔はないが、今少し別の生き方があったかもしれぬと言う未練は感じる。
だが、まあ、人生とは概ねそう言う物ではないか。
そんな事をつらつらと考えながら進む私の相棒は、聖騎士グラルグスの、ロズの弟御の得物のみだ。
弟御の遺品であるから返すつもりだったが、ロズは頑なに受け取らなかった。
別れ際のロズの顔に浮かぶ表情を思い返すと胸が締め付けられそうになるが……まあ、良い。
この痛みも我が道程の友だ。
ただ一人の道行き。
正直に言えば、聊かの寂しさを覚えはしたが、それだけだ。
私には成さねばならない事があるのだ。
それに繋がるかは不明だが、廃都に何かあると言う確信が私を突き動かした。
そんな状態で底冷えするような風が吹く荒れ地を一人進む私の目の前に、不意に数名の男が立ち塞がったのは、ロズ達と別れて1週間が過ぎた頃合いだった。
「……風体は聞いた通りか。あんたに恨みはないが死んでもらうぜ」
そんな言葉と共に各々が得物を抜き放つ。
その立ち振る舞いで分かる、中々の手練だ。
そう感じた瞬間に、私は自身でも分る程に笑みを深めていた。
やはり、別れて良かった。
ロズの顔をちらりと思い返して、私もまた剣を抜き放った。
こんな男と共にいたのでは、命が幾つあっても足りないからだ。
こんな事を言えた義理は無いが、彼女には穏やかに過ごして貰いたいのだ。
自身では戦いを求めながらも、それが私の偽らざる本心だ。