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第二話 死合う(下)

 ぞっとする一瞬。

 切っ先が上空に向かって進んでいく私の剣では、下から迫りくる長剣を防ぐ事は出来ない。

 このままでは、縦に裁断されてしまうだろう。

 1秒にも満たない、ほんの刹那の思考の中、私が辿り着いた答えはそれだった。

 

「南無三!!!」


 思わずそう叫びながら、私は縦回転で迫る長剣の、その腹を蹴り抜いて軌道を変えさせた。

 舶来品のブーツが聖騎士の長剣の腹を叩き、軌道を私の体から逸された斬撃はマントの一部を切り裂くに留めた。

 だが、まごついていれば、過ぎ去ったはずの斬撃は凄まじい速度で空を切り、再度私の体を斬るべく回転してくる。

 だが、私の体は既にその場を離れている。

 剣を振り上げた勢いと蹴り付けた反動で私も体を斜めにだが横転させ、場所を変えたのだ。

 僅かでも、タイミングがずれていれば、足を切り取られていた……。

 いや、この場で絶命していたかもしれない……。

 やはり、侮れない、聖騎士と言うやつは。

 要所に甲冑を付けて、そこまで動けるのか……。

 額どころか背筋にも冷たい汗を流しながら、横転から着地した私は、即座に駆けた。

 聖騎士もまた、2回転目の横転から着地するのが見えたからだ。

 後手に回れば死ぬ! 今こそ好機なのだ、一気に畳みかけて打ち倒さねば次の場にもたどり着けぬまま死ぬ!


「っっ!!」


「……っ!!」


 声にならぬ気合いを吐き出して、駆け寄りざまに刃を真横に振るい抜く。

 片膝を付いた着地の姿勢から、聖騎士もまた、迎え撃つように長剣を真横に振り抜く。

 互いに寝かせられた剣と剣は触れ合う事無く、互いが肉を切った。

 途端、私の胸元が横一文字に裂かれて、鮮血が滲み出た……が、それだけだった。


「……今一度、名を聞こう」


「……神土征四郎三厳かんどせいしろうみつよし


「見事なり……戦士よ。俺の名はダイナス……俺の体、果たして殺せるか?」


「哀惜を以って、必ず仕留めよう」


「……宜しく、頼む……戦士……よ」


 その言葉を言い終えれば、魔法銀ミスリルの胴鎧ごと一文字に裂かれた聖騎士は遅ればせながらに大量の血飛沫を迸らせて逝った。

 これで、終いであれば良いのに。

 そう願う私の前で、切り裂かれた筋繊維が、まるで意志でも持ったかのように蠢き、絡み合い癒着を始める。

 血管が、骨が、肉が癒着する様を見ながら、私はゆるりと聖騎士であった物に対峙する。

 この悍ましき様こそ、聖騎士が理性を無くす初動。

 数週間、殺戮を繰り返すだけの亡者となり下がり、そして再び覚醒する悍ましき呪法の成果。

 ……我が祖国にて基礎が作られ、この地で完成を見た『神呪兵計画じんじゅひょうけいかく』……秘匿呼称『黄衣兵団(こういへいだん)』。


 息を吸って、小さく吐き出す。

 丹田から気が巡るイメージを頭に描きながら、癒着を終えて傀儡となり果てたダイナスの骸に声を掛けた。

 

「ダイナスよ、無間の地獄より解き放とうぞ」


 応えは、ない。

 分ってはいたが、とため息を一つ。

 そして、ダイナスであった物に再び駆け寄る、安らかに眠らせるために。


「聖騎士ダイナス、その骸、切り捨て奉るっ!!」


 一つ叫ぶと骸と縛り付けられている魂をしかと両眼に捉えながら、私は聖騎士の身体に埋め込まれた魂を捕らえる宝珠を骸ごと一刀の元に切り捨て、ダイナスと呼ばれた男の魂を無間地獄より解き放った。


「……安らかに眠れ」


 私は片刃の剣を振るい、血の滴を払って、鞘に収めた後に小さく呟いた。

 我が祖国の闇は、全て切り捨てる。

 我が祖国の悪意は、全て切り捨てる。

 それがこの呪法を生み出してしまった同国人としての、せめてもの償い。

 異界にて行う神土征四郎三厳の務めだ。



 呟き、鞘に剣を収めた私は、暫し、聖騎士ダイナスの前に佇んでいた。

 風が吹き、私とダイナスの間を吹き抜ける。

 この大陸の風は、本当に乾いていて冷たい。

 指先を覆う黒手袋を見つめながら、小さく息を吐き出す頃に、漸く周囲の騒ぎに気が回るようになった。


「聖騎士が死ぬ筈がねぇっ!」


「で、でも、いつもなら直ぐに動き出して……」


「それに、再生途中に切りやがったぞ、本当に死んだんじゃ……」


「まさか、噂に聞く聖騎士殺しの剣士って……あいつかっ!」


「馬鹿を言うなっ! ……与太話の筈だ……」


 兵共が口々に話している、と言うより恐慌を来して怒鳴り合っていた。

 聖騎士と言う存在に頼り切っているから、その支えが無くなると怯え戸惑うのだ。

 

 一つ息を吐き出しながら、私は兵や村人たちの方へと向かう。

 先程までは不審者を見る目であったが、今は、化け物でも見るような目だ。

 怯え、竦んでいる。

 と、まだ齢十ばかりの男児が棒きれを持って飛び出てきた。


「おじちゃんの仇だ!」


「おい、やめろっ!」


 父親と思しき男の声がして、少年の腕を掴むが、二人して飛び出してしまったような形だ。

 こちらを見て怯える父親と、怒りを込めて睨み付ける少年。

 私は、微かに口角を釣り上げて、少年に告げてから、更に全員に聞こえるように声を張り上げた。


「威勢が良い事だ。……さて、諸君、この地はアロ王国の領土とする! 異議ある者はそこの兵らと共に家財を持って、逃げるが良いさ」


「に、逃げても良いと?」


「構わんが……おい、兵卒共。女王に伝言だ、しかと伝えよ。……貴様を必ず滅する。肉体のみならずその魂をも。そして、聖騎士などとうそぶき操る亡者達も、全て黄泉路に送ってやる。しかと伝えよ、女王シーズグリアに、我が怨敵に……!」


 余程、恐ろしげな表情でもしてしまったか、伝言を伝えだすと、兵共はがくがくと震え、飛び出してきた少年ですら涙ぐんでしまった。

 そこまで、怖くないだろう? 私は冷静だったぞ……。

 だが、まあ、犠牲になった者達の顔を思い浮かべて告げたので、相応に恐ろしげだったかもしれない。

 誰だって、私の立場になればそうなる筈だ。


 すっかり怯えてしまった村人と、精根尽きた様な兵達を前に如何した物かと軍帽を取って、頭を掻くと、背後から手を叩く様な音が響いた。


「まさか、本当に聖騎士を殺せるとは思いませんでしたよ」


「お前は斥候の……? まさか、既に本隊も?」


「半信半疑でしたからね、居るのは威力偵察部隊だけですよ」


 振り向けば、褐色肌の妖精族の女が立っていた、ダークエルフと言う種だそうだ。

 黒を基調とした革製の防具を身に着けて、弓とナイフで武装した偵察兵。

 王の軍師たるダークエルフの頭目が放った斥候。


「しかし、夜には本隊が到着します。……そこの人ら、逃げたいのならば夜までにしなさい」


「そ、その前に確認を……アロ王国とは、南方のクレヴィ王率いるアロ王国で……?」


「同じ国名の国は無い筈ですが?」


 その答えを聞き、問いかけを放った老いた男は表情を和らげた。

 クレヴィ・アロ。

 この地より南方のアロ王国の王は、野心はあるが公明正大、何より自分達の文化や信仰を押し付けない慎み深さがある。

 政治的な話に移行しそうなので、踵を返してその場を離れようとしたが、最後に少年を見やり告げた。


「聖騎士ダイナスは、見事な戦士であった。故に、死んでも、死んでも蘇り、何れは考える力を無くして、最後は獣同然となる……そんな姿は見たくはない」


 故に殺した、とまでは告げなかったが、それだけ告げて私はその場を去る事にした。

 私の声が如何響いたのか、踵を返し際に見た少年の瞳には、怒りはまだ垣間見えたが、戸惑いの為か睨み付けるような鋭さは消えていた。

 暫し歩けば、押し殺したような啜り泣きが聞こえる。

 聖騎士ダイナス、どんな男であったかは分からんが、あの少年にとっては憧れであったのだろう。

 この村を占領して僅か二週間ほどで、そこまで子供に慕われたような男すら、殺めねばならないのは因果としか言いようがない。

 だが、これが私の道行きなのだ。



 数刻後、私はクレヴィ王のいる天幕に案内されていた。

 そこには王クレヴィのみならずダークエルフの頭目や、武将らしき男女が数名いた。

 王クレヴィは人間であるが、武将には様々な種がいる。

 リザードマンと呼ばれる二足歩行のトカゲや、太鼓腹の偏屈親父の様なドワーフ、それに狼に転ずると言うワーウルフの老将。

 クレヴィは種と言う物に偏見が無く、能力と心のあり様を見定めて用いるのだと言う。


 クレヴィは泰然と天幕で作られた簡易会議室の上座に座り、私を見据えている。

 彼には、ある種の統率力を感じざるを得ない。

 自ずと先日の会話を思い返す、穏やかな語り口だが、その言葉に込められた熱意は、熱く迸っている。

 東西朝以前の戦国国司でもこれ程の男が果たしていたかどうか……。

 さて、軽い追憶に耽っていると王の横に侍るダークエルフが、皆を代表して口を開いた。


「カンド、この度の働きは見事でした。貴方が語った幾つかの出来事は事実だったと確認する事も出来ました。そこで、我が王の配下に加わるのであれば、今一度きちんとお伺いしたいのです」


「何についてでしょうか?」


「シーズグリアとの因縁は……今は置いておきましょう。ですが、異界の人間であると言う貴方が何故、それほど流暢に言葉を操れるのか。何故、廃された都ジーカに侵入を果たせたのか。……そして、何故聖騎士を殺せるのか」


 羽扇で私を示しながらダークエルフの女頭目は私を見据えて告げる。

 三国志の軍師さながらの姿に、可笑しみを覚えながら、私は口を開いた。


「祖国の事……異界の事はまず置いておきますが、何故に私がここまで言葉を操れるようになったかを話ししましょう。これは聖騎士を殺せる事に密接に繋がっておりますから」


 そう言葉を口にして、思い返すのはこの世界に流されて、目を覚ました時の事だった。

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