第十九話 過去
闘技場の外へ通じる通路から、更に階段を下りた先。
薄暗い地下通路を進みながら、前を歩くゾスモは声を掛けてきた。
「クラッサ聖王国と何故相対しているのだ? 旧カムラの絡みかと思っておったが、如何にもお主を巡る聖騎士の動きがおかしい」
無論、答えたくなければ良いが、そんな言葉を言い添えての質問に私は微かに眉根を寄せた。
彼の甥の死因、その責任の一端は私にある――と言うよりは私が殺したのだ。
その理由が知りたくなるのは道理だろうし、ロズにも伝えて置くべきかもしれない。
彼女の弟御、グラルグスを屠ったのも私なのだから。
「話せば長くなるが、私はクラッサ聖王国の女王を必ず殺さねばならない」
はっきりと告げた言葉に、前を往くゾスモが訝しげに振り返った。
そこで私は、奇怪な話なのだがと前置きを一つしてから、クラッサ聖王国の女王シーズグリアとの因縁を語る事にした。
信じられんかもしれないが、と私は前置きをしてから語った。私が異界の住人である事を。
祖国の為に命を賭ける軍人であった事を。
語りながら思い返すはあの日の驚愕だ。ある時信じられない企みを同僚が察知した。
黄衣兵団と呼ばれる儀典用の兵団を作る計画があったが、その実、不死身の兵士を作る為の実験計画だったのだ。
そう、今の聖騎士達の様な兵士を作るつもりだったのだろう。
正式な名称を神呪兵計画と言う恐るべき実験は軍の正規の実験でもなく、何より人道にもとる行為だと上官が判断し、その実験施設を我々の部隊が強襲した。
そこで私は地獄を見た。実験施設は控えめに言って地獄であった。
――軍には農村の次男坊や三男坊が多い、彼等に公家――貴族の近習になれると誘い、ほぼ説明も無いままに行われた実験の数々は常軌を逸していた。
『黄衣の王』なる存在の力を借りて云々と書かれたレポートに記された実験結果の数々は、口にするのも未だに憚られる。
レポートだけではない。施設で私自身が見た内容についても同様だ。
誇り高き我が国の軍人が、異形となり、人とは全く別の存在になり果てる様は、惨いの一言だ。
父母の顔すら忘れ、許嫁の存在すら忘れ、他者を貪り壊れていく様子を間近で見たし、切り捨てもした。
……軍人等、所詮は仏の……神の国に赴く資格など無いのかも知れないが、斯様な結末を迎えるなどあって良い筈は無い。
……良い筈は――無いのだ。
私の語る過去の光景を、彼等は笑いもせず、嘲りもせずに聞いていた。
ロズが、視線を伏せながらも私の腕をそっと掴んだ。
――我ながら一体、どんな顔で語っていたのやら。
ともあれ、私は続けた。あまり心配かけぬように、努めて軽く。
果たして、それが成功したのか分からない。
結局、その恐るべき計画の首謀者に嵌められて、我が部隊は反逆の汚名を着せられた。
内戦か、屈辱かを選ばざる得ない状況に追い込まれた我らは、民を戦に巻き込めないと屈辱を選んだ。
上官が自死を選び、帝――つまり、我らが王に私がその首を届ける事になった。
我々としてはそれで首謀者をおびき出したかったのだがな。
結果は失敗だ。
首謀者は王の側近や次代に王になられる大貴族の姫などと共に私の前に現れた。
それだけの面子が揃えば、警護はほぼ鉄壁。
最後の足掻きも無残に潰えたかとも思ったが、私は時をじっと待った。
幾度も機会らしきものはあったが、そのどれもが首謀者の作った偽の隙。
手を出せば本懐遂げられず、私は死んでいただろう。
その全てを乗り切れたのは、運が良かったとしか言いようがない。
全てが終わってしまいそうな時間まで粘った私は、最後の賭けに出た。
血迷って王を討つ振りをしたのだ。
ああ、面白いように現場は混乱した。
王やその側近の海千山千の護衛達も、首謀者の近習も私が狙うのはその首謀者のみであると思っていた様だ。
間違いではないが――手段を選べる状況で無くなれば何でもやるさ。
最後には、首謀者を切り捨てて、私自身も刃に貫かれたと言う訳だ。
そこまで語り終えて一つ息を吐き出す。
「壮絶、だな」
ゾスモの言葉に軽く肩を竦めて、更に言葉を続けた。
「まあ、そうだな。ただ――ここから先語る事は、私も本当の事か今一つ自信が無い。ただ、アレが事実でなくば私はこの地に居ない筈だ」
その言葉を皮切りに語りだすのは、恐るべき首謀者を斬り、その近習に刺された後の話。
首謀者の行いを書き記した書をばら撒きながら倒れ伏したはずの私の目の前に、今まで見た事が無い男が立っていた。
恐ろしい男だったよ。
黄金の瞳、金色の髪、物腰は柔らかく、それでいて底が知れない恐怖を湛えていた。
その男が言ったのさ。
首謀者は私の弟子だ。その欲望故に然程付き合いは無かったが、それでも一流の術士ではあった。
それを殺した兵士が如何なる物か、是非に知りたいとな。
そして、異なる世界に流して試してみよう、多分、そんな事を言っていた。
そして、私を、私の身を異界に流す間際にその恐ろしい男が告げたのだ。
首謀者であった者の魂は既にこの世界より飛び立ち、異界にて七度目の転生を行うだろうと。
意味も分からぬまま私の意識は暗転して……気付けば騎馬民族の骸に囲まれて赤く染まった空を見上げていたのだ。
「それが、北方の騎馬民族終焉の地であったと?」
ロズの言葉に頷きを返し、そして私は大きく息を吐き出した。
いやはや随分と喋った物だ。
正直言えば、どの程度伝わたかも分からない上に、最悪精神を病んでいると思われかねない。
救いは、ロズがずっと私の腕を掴んでおり、逃げ出さなかった事くらいか。
「その首謀者の生まれ変わりが、クラッサ聖王国の?」
「シーズグリア姫だと呪術師は言うのだがね」
少なくとも、聖騎士とやらはどう考えても神呪兵計画を下地にしている。ゾスモの言葉に返答を返すと彼はふいに立ち止まった。
私も立ち止まれば、ロズも立ち止まり何事かとゾスモの背を見やった。
「――馬鹿者めらが。火薬の臭いがする。甥の仇を討たんとはねっかえりの若造共が待ち構えている」
「ああ、確かに火薬の臭いだな。この国では鉄砲は簡単に持ち出せるのかね?」
「そんなが訳あるか。だが、軍に所属する者ならば……」
やはりか。国の若き英雄を屠ったとなれば、復讐に駆られるのは道理だ。
それが血の気の多い若い兵士であれば。
「なんとする、セイシロウ?」
「突っ切るさ」
私は不敵に笑って、ゆったりと歩き出す。
その様子にロズもゾスモも驚き目を見開いたが、すぐに笑って彼等もまた歩き出した。
「豪胆な御仁よな。最悪拙者が弾避けにはなり申そう」
ゾスモはそう言い、私の前に出れば先頭を歩く。この男も十分に豪胆だと思うのだがな。
さて、死体の搬出路も終わりが見えてきた、開けた先に見えてきたのは……十を超える鉄砲の銃口が此方に向けられていると言う心楽しくない光景であった。