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第十二話 黄衣の兵

 聖騎士はその体の大きさを、筋肉の量を最大限生かせるように、重々しい巨大な戦斧を振り上げて、打ち下ろす。

 その一撃はかなりの速度に達するが、私ならば避けるのは難しくはない。

 問題は避けた後、その振り下ろした一撃は容易に街の石畳を抉り、破片をまき散らすのだ。

 石の破片は正に散弾の如く、私達のみならず衛兵やロズに迫るのだ。

 最初の一撃を避けた私は、その光景に泡を食ってしまい、何とかロズに至る破片と私の身を抉る破片を剣にて弾き切って見せたが、その際に左肩と右の太腿外部に傷を負ってしまう。

 破片をまき散らした本人は、その武装と2メートルを優に超える背の高さのおかげで、殆ど傷はつかない。

 ……中々に苦しい状況が続いている。


 三度目の戦斧の一撃を避けて、弾き飛ぶ破片を剣にて払い除ける。

 利点は、ただ一つ。

 この破片の所為で、ロズに衛兵が近づかない無い事だけだ。

 実際、聖騎士の相手をしながら迫る衛兵を退けるのと、破片を打ち落とすのでは何方が楽かは分からんが。

 私は傷を負っているが、そろそろこの巨体の聖騎士も腕やらにガタが来る頃合いだ。

 戦斧は石畳を抉ってはいるが、腕に伝わるその衝撃は如何ほどだ?

 あと、二度ほど避け切れば反撃の目はある筈だ。

 だと言うのに……背中がひりつく様な危機感を覚えるのは何故だ。

 この巨体の聖騎士にはまだ裏があるのか?

 魔法銀ミスリルの要所甲冑に武骨な戦斧、それにその巨体。そのどれからも信じられない速度で、その巨体以上の力を振るうこいつに、その先があるのか?


 悠然と戦斧を持ち上げて、再び狙いを定める聖騎士を見据える。

 それを確かめている余裕はない。

 力を出し切る前に仕留める、そのためには賭けに出るしかないが、失うのは我が命ばかりではない。

 背後のロズを守り切らねばならん。

 詠唱は……まだ続いている。

 私には分からない言語である為、その祈りの内容がどの程度の物かを推し量るのは難しい。

 まだ先かもしれないし、今まさに終わるのかも知れない。

 ならば、想定としては彼女を守り切りながら、目の前の強敵を打ち倒す位の事は想定しておかねば、最悪の時に身動きが取れなくなる。


 ……賭けを行うのは、あまりに厳しい。

 だからこそ、今行う必要がある!

 私は痛みを訴える太腿や右肩を無視して、右足を前へと大きく踏み込んだ。

 その動きに呼応するように巨躯の聖騎士が、振り上げた戦斧を振り下ろすべく腕の筋肉がぎしりと鳴った。

 途端に、ぐらりと私の体が揺らめく。

 そうなる予感はしていたので、私は倒れ込む様に大地を転がりながら聖騎士の足元へと迫り、股座目掛けて刃を突き上げた。

 戦斧が砕くべき相手の不意な挙動に対応できなかったのか、打ち下ろしを逡巡したらしい聖騎士は己の不覚を悟った事だろう、逡巡は命を奪う……!

 突き上げた刃は腰当の隙間を縫って下から背骨辺りまで聖騎士の身体を貫く。

 常人ならばこれで絶命なのだがな。


 こいつらには次があるが、理性無くせば勝率は上がる。

 素早く刃を抜いて、転がるように巨躯の聖騎士より離れれば、聖騎士はそのまま石畳に仰向けに倒れ込んだ。

 ……立ち上がる際に、一層痛みを訴える右の太腿と足首。

 無理な姿勢から行ったのだ、足を捻ったか挫いたか。

 

 一方聖騎士は、暫く動きを止めていたが、再び動き出す。

 理性無く、獣の如き状態になるのだろう。

 聖騎士が倒されると、破片が飛んでもまだ持ち場に待機していた周囲の衛兵は、慌てたように散り散りになる。

 周囲は、閑散としだしている。

 門付近で騒ぎを見ている竜馬りゅうばに乗った偉丈夫と、傭兵と思われる褐色の肌のケンタウロス……確か、此方の言葉では騎馬民族ホースニアンの数騎のみ。

 これならば逃げ切れる……と思った矢先の事だった。


 凝るような殺気。

 煮え滾るような殺意。

 統制された狂気とでも呼ぶべき意識を感じ取る。

 目の前に倒れる巨体の聖騎士の物ではない。

 何者かと周囲を探る。


 ……居た。門より少し離れた城壁の上に、矢を射かけようとする姿がある。

 私は、その姿を見て絶句した。

 色は全て黄色で統一されているが、その形状は紛れもない我が祖国の軍衣。

 それも陸軍の士官服だ。

 冷たく乾いた風にあおられ、黄衣の兵が纏うマントが風に靡いた。


 私は、混乱しかけた。

 だが、奇しくも黄衣の兵が放つその殺意、殺気が私を混乱から救う。

 何者だろうと、なんで有ろうとロズと私に害を成そうとする者は敵でしか無い。

 そう決意するまもなく、風を打ち破り銃弾かと思える速度で矢が飛来する。

 迫る矢を見据えると、途端に時間の流れが凝る。

 恐るべき速度で迫る矢は、まるで流れの無い泉に浮かぶ小枝のように、緩慢に向かってくる。

 ゆっくりと回転しながら迫る矢の向かう先に違和感を覚える。

 狙いは私ではない。

 それに矢から感じるこの感覚は……。

 まさか……!


 目の前に倒れる聖騎士より距離を置くべく、私は痛みを無視してロズの傍に飛び退った。

 それと、ほぼ同時に矢は聖騎士を撃ち抜き、閃光が迸った。


「魔人衆がいらっしゃる時に事が起きたのは不幸中の幸い。だが、まさか聖騎士を一人で倒すとは……」


 眩いばかりの閃光が収まる頃には、再び私達の周囲には兵士達が取り囲もうとしていた。

 今度の兵は明らかに衛兵とは格が違うようだ。

 武装からそう見て取れる。


「魔人衆が居らねば、こうして騎士に身を守らせて居た所で、君の前には立てなかっただろう。それは、聖騎士ゴルダンの暴走を許すと言う事。……本当に僥倖だ」


 ……なるほど、騎士か。つまり従騎士の上の階級と言う事か?

 如何にも、私が知る騎士と言う階級とは聊か趣が違うようだ。

 それはさて置いても、その騎士に囲まれて文官と思しき男が先程から喋っている。

 如何に文官とは言え、寸鉄身に帯びずにこの様な場に出てくるとは……。


「さあ、ゴルダン卿は回収せよ。街中で暴走されては、被害が大きすぎる。そして、聖騎士を倒した君。後ろの死霊術師を連れて早々に出ていくが良い」


 年の頃は四十前後か、丸い眼鏡をかけた小柄な男は、その姿に似合わぬ胆力を示して、私とロズに出て行けと言う。

 声はまるで震えておらず、ある種の凄味を感じさせる。

 こいつを甘く見ると酷い目に合うな。


「元より墓参りを終わらせすぐに旅立つ心算だったのだがな」


「それは失礼。しかし、少しやり過ぎている。君達の始末は城壁の外で行われるだろう」


「街中以外は興味が無いか?」


「総督たる私の仕事、それさえ邪魔されなければ何でもよい」


 ……こいつ。

 その言葉に嘘偽りを感じられない。

 この手のタイプは忠誠ではなく、自身の能力、それを遺憾なく発揮できる仕事に全てを賭けている。

 だからこそ、街中で騒乱を巻き起こした私達を、絶対に許さないだろう。

 だが、ここでこの数と戦い切り抜けた所で、消耗著しく城壁の外で待ち構えているであろう黄衣の兵と戦えるとは思えない。

 

 手に持っていた剣を鞘に納めて、言に従うしかないかと腹を括った、その時である。

 遠くより地鳴りが鳴り響く。

 その地鳴りは、徐々に徐々に近づいて来ていた。

 見張りをしている衛兵が騒ぎ出す、砂嵐だ、いや、何かの大群だと。

 それらは見る間に王都に近づき、門を破って雪崩れ込んできた。

 何百と言う数の竜馬りゅうばの骨である。

 頭蓋がひび割れ、茶色く変色して今にも崩れそうなものから、何処にも傷が見当たらず、真っ白い物まで様々に。


「あの騒ぎの中、これほどの術を!」


 流石に総督とやらも慌てふためいているが、それは私とて同様だ。

 これ程の数を呼ぶとは想像していなかった。

 だが、術の発動を終えたロズが崩れ落ちるのを見れば、即座にその体を抱き上げて一際大きな竜馬の骨に飛び乗った。

 傷の痛みにプラスしてロズの重さと、馬の背の硬さが私を苛むのだが、今はそれ所ではない。

 慌てる騎士の一人が手にしていた剣を奪い取り、門を目指す。


 私が竜馬骨にしがみ付けば、一斉に骨の群れはターンを開始して門より外へと出ていく。

 この群れを阻もうとする者は居ない。

 居ない筈だが、私の脳裏には先程の事がちらついている。

 黄衣の兵。

 遠目には我が祖国の軍の制服と恐ろしいまでに似ていたあの姿、あの強弓、そしてあの殺意。

 私は意識が朦朧としているロズワグンの身体を左腕のみで抱き寄せて、騎士より奪い取った剣を右の腿に突き立て、一気に刺し貫く。

 駆け抜ける痛みに、うめき声を上げながら私は腰の剣を抜き放った、片刃の剣を。

 突き立てた剣と骨がかみ合って、しがみ付かなくとも落馬を防いでくれる。

 そこまでやった頃、私が乗る竜馬の骨は門を潜り、外へと出ようとした瞬間、尋常では無い寒気を感じた。

 背筋を粟立たせながら、私の身体は生存するために的確に動いた。

 降って来た黄色い衣を纏う兵士が私の頭を目掛けて振るった軍刀を、私は手にしていた剣で弾いた。

 剣と軍刀がぶつかった瞬間に火花が散る。

 一瞬だけ垣間見えた黄衣の兵の、その顔は……奇妙な事に口元は防毒マスクの様な物で覆われていた。

 だが、垣間見えた双眸は黒く、私の同国人かと思えた。

 一撃を弾かれた黄衣の兵は、大地に片膝をついて着地したと思えば、即座に飛び、後ろから迫る竜馬の骨の突進を軽々と躱した。

 

 背後に消えていく黄衣の兵が見えなくなると、私は漸く安堵の息を吐き出した。

 そして、大分血を流してしまったと気付くも、朦朧とした意識の中、ロズを落とす訳には行かないと強く抱きしめたまま、竜馬の骨に囲まれて王都より離れたのだ。

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