第十話 ロズとセイシロウ
ロズワグンと私は狐耳の生えた種族フォクシーニ達の居住区では明らかに浮いていた。
そして、それは厄介ごとを呼び込む浮き方だった。
それが証拠に、私達の行く手を遮るように幾人かの若いフォクシーニが道を塞いだ。
「おい! ヒューマンが何の様だ!」
「ここにはお前の求めるようなものは無い!」
「い、痛い目にあいたくなかったら帰れ!」
……最後の一人は随分と弱気だな。
困ったように若者らを見やり、私は頷きを返して告げた。
「悪かった。すぐに戻……」
「この無礼者が! 余はロズワグン・エカ・カムラ! 先代の王弟カルグウェラの長子ぞ! 余の連れに対して帰れとは何事か!」
…………おい。
人が穏便に済ませ様とした気遣いが、尚且つ先程から訳ありっぽいのを問いかけなかった気遣いが一気に吹き飛んだぞ。
まあ、喋り方自体がすでに一定の地位に在った者を思わせていたが……。
ともかく、ロズワグンの声は随分と響いてしまい、遠巻きの騒ぎを避けていた者達にまで注目されてしまった。
「カルグウェラの長子……ロ、ロズワグンか! 死人操りの魔女……!」
「う、裏切り者の弟を如何にかするまで戻らんのじゃなかったのかよ!」
……周囲からも言葉を投げかけられてきたぞ。
嗚呼、つまりはそう言う事か……。
「ああ、その心算であったし、それは今も変わらん」
「何で戻ってきた!」
「死んだからよ、我が弟が」
途端に馬鹿を言うな、嘘を付け、出鱈目だと周囲から声が響いた。
聖騎士の武を、そして不死性を余程戦地で叩き込まれた者達がいるようだな。
「……余、一人では如何にも出来なかった。それは事実だ。だが、この男は聖騎士を殺した! 余の弟ばかりではない、今一人の聖騎士も殺した。余は見たぞ、余は聞いたぞ! 余は確かに死体を操る魔女よ! 死霊を呼ぶ魔女よ! それ故に、この男が殺した者を呼び出し証言させても良い!」
強い言葉で言い切り、周囲を睨み付けるロズワグン。
その言葉に、フォクシーニ達は一斉に黙り込んでしまった。
信じる者、信じぬ者多々いる様だが、ロズワグンの言葉に逆らえるだけの何かを内に秘めた者は……居ないようだ。
小さなざわめきが周囲に満ちる中、私はこの騒ぎからこっそりと抜け出す連中が居る事に気付いた。
僅かに数名。
ああ、これは不味いな。
ここで問答などしていたら……。
「余は父母の墓前に報告に来た! そこを退け!」
「いや、それは、困るな。」
風が吹き抜ける。
この大陸の風は、祖国の冬の風のように乾き冷たい。
声の主を見やると、衛兵に似た姿の男だった。
種族は……ヒューマン。
「衛兵に用など無い!」
「滅びた国の王族に俺も用は無い。だが、聖騎士を殺したと言う男には……用が在る。あんたの所に行ったハルパー殿から連絡が無い。従騎士としては困って居た所なんだが……」
鉄の兜に胴鎧、籠手にすね当て……衛兵でこの装備なのだから金のある事だ。
或いは、この世界では大量生産可能なのか、鉄製の武具は。
取りとめのない事を考えながら、従騎士を名乗る男の殺意を受け流す。
聖騎士と相対した今、正直に言えば然程恐ろしくは無い。
無論、甘く見れば死ぬだろうが、慌てるような相手ではない……時間さえあれば。
この男、立ち振る舞いから何だかんだと言っても相応に出来る。
そして、こいつに手間取る間に援軍がやってくると言う寸法だ。
聖騎士殺しを吹聴した以上は聖騎士が、来る。
ロズワグンよ、大分下手を打ってしまったな。
墓前に報告どころか、其処まで辿り着けるか否か。
「従騎士……か。聖騎士を操る為の調教師役か?」
「愚弄するか!」
「貴様らこそ、人を……いや、生命を愚弄するな!」
双眸をかっと見開き奴を睨み据える。
赤土色に染まっているであろう双眸を見て、奴は微かに呻く。
呪術師、と。
事ここに至れば、下手に隠しても仕方がない。
はったりでも何でもかまして、戦意を喪失させるか、或いは切り結ぶか、どちらにせよ、時間を掛けている余裕はない。
「私は騎馬民族の呪術師ラギュワン・ラギュが弟子、神土征四郎! 命が惜しくなければ掛かってまいれ!」
「ええい、生意気な……っ!」
剣を抜き放とうとする従騎士。
なるほど、気圧されてはくれなかったが……十分だ、隙が多いぞ、従騎士。
微かに震える手で剣を半ばまで抜いた時点で、私は既に奴に手が届く距離まで駆けて、その顔に向けて拳を放っていた。
一方の掌で剣の柄頭をおさえ、鞘へ押し戻し、放った拳は従騎士の顎を打ち抜いていた。
顎の向きを一瞬大地と水平にした従騎士は、そのまま大地に崩れ落ちた。
上手く行った……しかし、我ながら大分早いな、踏み込みも、拳を放つのも。
そんな感慨を抱き掛けたが、ああ、それ所じゃなかった。
「ロズワグン、急ぐぞ」
「……ああ、そうか。すまない……」
「墓は何処だ?」
「何を……?」
「墓は何処だと聞いている! 急ぎ参って、逃げ出すぞ!」
驚き目を見開くロズワグンの手を強引にとって、走り出す。
道を塞いでいたフォクシーニの若者達は、従騎士の登場で既に左右に分かれて道を開けていたから、容易に通り過ぎる事が出来た。
まったく、最初からそうしていてくれ。
手を握ったまま、暫く駆けて、如何にか王家の墓に辿り着くと、漸くずっと握りっ放しだったことに気付いて、慌てて手を離した。
「あ、いや、すまない……」
「何を謝る? 余の方こそ悪かった。つい激昂してしまった」
そう告げてから、私に対して深々と頭を下げる。
何事かと驚くと、彼女は頭を下げたまま言葉を続けた。
「大恩ある貴公に不快な思いをさせたと、思わず声を荒げてしまった。余の不徳だ。だが、如何か、如何か、余も貴公の旅路に連れて行ってくれ。仇討ち、それもある。だが、余は貴公の役に立ちたい。何ら恩を返せぬままに厄介ごとのみを抱えてしまった我が身が、何を言うのかと思……」
「分った、共に行こう! 故に頭を上げられよ、ロズワグン・エカ・カムラ殿!」
今にも泣きそうな声でそう言う事言うのは止めてくれ。
私にそういう趣味は無い。
「ありがとう、カンド。……それと、余の事はただのロズワグンで良い。いや、ロズで良い。是非にそう呼んでくれ、友よ。」
「なれば、私の事は征四郎とでも」
「……姓で呼べと?」
「…………ああ、我が国の氏名は姓が先だ。つまり、カンドが姓でセイシロウが名だ」
まだ諱もあるが、それについてはおいおいで良いだろう。
当初は項垂れたような様子を見せたが、更なる私の言葉に、はにかむような笑みを見せて、ロズワグンは告げた。
「そ、そうか。そうか、そうか。余の勘違いか。ははは……ちと恥ずかしい。」
狐耳が垂れて恥かしがるロズの姿は、非常に破壊力が高く、私はその後何と答えたか今一つ覚えていない。
正直、胸中で身悶えする所だった……。
ともあれ、墓前にてロズが報告を終えれば、今度は王都を脱出せねばならない。
あの場で正門あたりに引き返した所で、途中で聖騎士と鉢合わせしただろうからな。
返って、この場からの脱出の方が遣り易いかも知れない。
そう楽観的に考えてみたが、思考が巡るに付けて中々骨が折れそうだとしか思えなかった。