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装備武器:斧、斧、斧  作者: 上野衣谷
第二章「筋肉エルフ」
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第7話

「おう、なんだ、兄ちゃん。見ない顔だなぁ?」


 キエルは隣の体格の良い男に話しかけられる。はは、いえいえ、なんていう愛想笑いもそこそこに、キエルはそんなことよりも、目の前で対峙している二人の片方は間違いなくアーベラであるという事実に釘付けであった。

 露出の多い服装、獣人の耳後ろ姿しか見えないが、彼女は間違いなくアーベラであった。

 では、対峙しているのは誰か。

 その相手は、この街には到底似つかわしくない姿をしていた。身にまとっているのはエルフの民族衣装であり、フードに隠れてよく見えないが、恐らく彼女はエルフであろう。いや、エルフの民族衣装がどうしてもこの街に合わないのかというとそうではない。しかし、彼女はあまりに小柄であり、加えて、体格もキュイのようによくはない。小柄といっても、身長は成人女性の平均くらいはあるだろうが、しかし、華奢であった。この街でなければ、彼女のような人は街中にわんさか溢れているが、こと、この街に至っては、そして、アーベラと対峙する存在としてはあまりに場違いであった。

 フードからチラリと除く金髪は淡く美しく、はかなげな様子をよく表しており、きっと彼女がエルフの森の奥深くの地で出迎えてくれたのなら、人々は彼女のことをエルフのお姫様だと思うに違いない。顔は半分くらいフードに隠れているものの、しかし、美少女であると断言できる容姿である。体の細さがよりそれを強調しているのかもしれない。

 ああ、しかし、とキエルは考えた。

 ここバラウォンは冒険者の街であり、冒険者の拠点である。いくら外見が華奢であったとしても、冒険者のメンバーの中には、魔法を専門に扱う者もいるということを知識的に知っていたのだ。

 冒険には色々な危険が付きまとう。その中には、魔法に長けたものでなければ対処できないような事態も多くある。であるからして、冒険者のメンバーには魔法の扱いに長けた者が一人や二人いるのはおかしくない。だから、そう考えれば、なるほど、この街に似つかわしくないというには言い過ぎだということが分かる。

 こんな子が冒険メンバーに一人いれば、なんと心強いことか。それは、魔法力的な意味でも勿論のことであるが、やはり、メンバーには華がないといけないだろう、多分。キエルは勿論冒険などしたことがないのだが、もし自分が冒険をするようなことになれば、絶対に一人くらいはこんな感じのお姫様っぽい、大人しそうな子を連れて行きたいなんていう妄想に差し掛かろうとしてた。

 しかし、そんなくだらないことを考えているうちに、アーベラと向かい合う女性の間で会話が始まる。


「お前が最近この辺りをうろついてるっていう怪しい格好をしたやつ、だなぁ?」


 アーベラが話したことによって、キエルの中で緊張が高まる。何か、見た事がある光景だったからだ。そう、戦いが始まる前兆的なアレである。


「何のことでしょう? まさかエルフという種族をご存じないのですか?」


 それは確かにその通りであるが、アーベラが言うのはそういう問題ではないだろう。この辺りを、この辺りの人が知らない人がうろついているというそれだけでもう彼女は怪しい存在であるのだ。

 周りの野次馬たちが、やっちまぇ、いけいけー、なんていう風に煽る。まさか、そんな挑発にのるアーベラではないとキエルは信じたいところであったが、前例があるためそうもいかない。

 かといって、止めに入る訳にもいかないだろう。彼女は彼女なりに何か考えてこのような行動を起こしているのかもしれないのだから。……のかもしれないのだから、うん、たぶん、きっと……。


「よーし、分かった! 問答無用だ!」


 何が分かったのか、ということについてはきっとこの場の誰もが理解していないだろうし、発したアーベラ本人も理解していないのであろうが、アーベラが、身構え、一歩踏み出そうとすることで、この場で喧嘩が起きるということが誰の目から見ても明らかになる。

 相変わらず早い、早すぎる。話し合いの余地もない。無茶苦茶である。これが筋肉とでも主張するかのようである。キエルの頭が痛くなる。幸いなことといえば隣のキュイがそれに便乗して飛び出していかなかったことくらいだろう。

 アーベラの動きを見たエルフは、次の瞬間、身にまとっていた民族衣装をガバッと脱ぐと、それをそのままアーベラへと投げつける。彼女もやる気満々なのだろうか。

 脱いだ下には、運動用とでも言うべきか、まるで男性用とも見える動きやすそう、かつ、サイズに余裕のある服装が見えた。しかし、アーベラの目にその服が映るよりも前に、アーベラは、投げつけられた衣装を振り払う必要があった。そして、それが合図となる。

 カッという閃光が辺りに走った。発したのは、エルフ。

 勘のいい者か、もしくは、魔力の扱いに慣れているものであれば、それが、魔法によるものであるということはすぐに分かった。キエルもその一人である。けれども、その閃光が何を意味していたのかということは、考えるよりも前に、目の前の光景を見ることによって明らかになった。

 アーベラに対峙している女性が──


「!?」


 キエル、二度見、三度見。不安になって、隣にいるキュイを見て、さっき話しかけてきた男を見て、けれども、二人ともが、目を丸くして口をあんぐり開けて、一体何が起きたのか分からないでいるようだった。

 キエルが一緒に冒険したいなぁ、あ、エルフのお姫様だぁ、うふふ、なんていうくだらない妄想をしていたときの美少女の姿があるはずのその場にいるのは、アーベラと同じくらいの体格の長い金髪のとってもよく似合う、筋骨隆々の美少女──いや、ああ、なんというか、美女、的な何かだったのである。

 ああ、間違いなく美女だろう。そこにいるのは、美女か美女でないかと問われたら間違いなく美女の部類に分類されるであろう女性エルフであろう。もっとも、美女か野獣かと問われたら、両方に分類されるであろうが。

 しかし、誰かと入れ替わったのではないということは、エルフの周りを多くの人たちが取り囲んでいたことや、彼女の衣服が美少女時代のものとは変わっていないことからも明白であり、つまるところ、美少女は、筋骨隆々な美女へと変化したという事実がこれによって明らかになったのである。

 一同が馬鹿みたいない口をあんぐり開けているのを全く気にしない様子で、エルフは背中に持っていた馬鹿みたいに大きな斧を両手で前へと構えた。戦闘準備、バッチリ、という訳である。


「……おい、おい」


 思わず誰もが口にしたくなるセリフを真っ先に口にしたのはアーベラであった。ありとあらゆる想像しうるものすべてに驚いたのは間違いないが、今、アーベラが考えていることは、目の前の美少女が筋肉ムキムキになったという驚くべき事態ではなく、自分は斧を持っていないということに対してであった。自分は斧を持っていないが、相手は斧を持っている。相手が斧を向けてきているということは、それ即ち、お前を倒すという合図であるということに、アーベラの思考は一直線につながった。

 アーベラは先手を取る。それほど大きな斧ならば、さほど素早くは動かせまいと考えた。彼女は戦闘に関しては非常に長けている。斧を人相手に使うということは、つまるところ、厚い装甲の上から一撃を加えるために使うのが一般的だ。けれど、アーベラは薄手。であれば、通常ならば、斧を持ちだす必要など全くないのである。それから導き出される結論は、威嚇のため。つまり、相手は、アーベラを威嚇するために斧を持ちだしたのだ、とアーベラはそう考えた。

 アーベラが動いたことによって、あんぐりと馬鹿みたいに口を開けていた人々も、気を引き締めなおし、観戦体制に移る必要があった。それは、キエルもキュイも同様である。キエルは、先ほど受けた大きな大きなショックと共に、自分の妄想的冒険メンバーの中から、エルフの美少女を排除し、アーベラを見守ることを決意する。

 動く。

 アーベラは斧による一撃を食らう訳にはいかなかった。その瞬間にゲームオーバーだ。しかし、斧の動きは遅い。それは人一人相手にするにはあまりにオーバーな武器。アーベラもまた、斧の使い手であり、彼女の斧の腕は相当なものである。故に、相手が斧を使うとなれば、それは大きなメリットとして働く。

 振りかぶりはしないだろうと判断する。そんなことをやっていては、斧による攻撃を繰り出すまでに何撃攻撃を耐えなければならないのか分からないからだ。敵の技量は未知ながら、アーベラのその読みは当たり、エルフはその逞しい体で斧をほとんど振りかぶることなく、アーベラに向かって横一線する。

 アーベラはそれを交わすために、突っ込んでいた足に力を入れて、体だけを後ろへと距離を置く。決してしゃがまないし、飛びあがるなんて派手なことはしない。後ろに引く、それだけで斧の一撃を交わすことは十分に可能であった。次の行動は当然攻撃。

 斧による一撃を放ったことによって、エルフはアーベラとの間に一定の距離を得ることに成功するが、彼女にとって計算外だったのは、アーベラの鍛えらえた体による力任せの勢い変化だ。アーベラは踏み込んだ足の力を瞬時に反転させ、斧が通りすぎると同時にエルフの間合いに入り込む。もはやエルフに残された行動は回避しかあり得ない。誰もがそう思った。そして、この勝負は次のアーベラの腹、あるいは、顔面への一撃によって、エルフに相当の衝撃が入り、決まるだろうと思われた。

 しかし、違った。

 エルフにとって計算外だったのが、アーベラの鍛えられた体であったのと同時に、アーベラにとっても計算外だったのは、エルフの魔力によって強化された体のすさまじさであった。彼女は回避などしなかった。アーベラの重たい一撃を腹に受け、しかし、決して膝をつくことなく、振った斧を返すついでに、勢いそのままに斧の柄の部分でアーベラの横腹を薙いだのである。その一撃は、けれども、腹には当たらず、アーベラのとっさの判断によって、肘によって防御される。

 そして、受け止めたと同時に、もう片方の手でアーベラは斧の柄を握る。そして、もう片方の手でも握る。これによって、アーベラの両手も、エルフの両手も、斧の柄の部分に収まったことになる。

 即ち──ここから繰り広げられるのは、完全に力と力のぶつかり合いである。

 誰もが息を飲んだ。

 戦場はまるで動いていない。全くの膠着状態である。双方が視線と力をぶつけ合い、周りの人々はただそれを見守る他のことはできない。


「うぁぁあああああ!!」

「んなああああああ!!」


 動いていない。けれども、両者は全力を出し続けている。これによって勝った方がこの戦いの勝者だと言わんばかりに力をぶつけ合っている。これはもう意地のぶつかり合いであった。別に、ここから力を離して次の行動へ転じても良いのである。しかし、二人のプライドがそれを許さない。いやいや! 二人の筋肉が、それを許さないのだ!

 激しくぶつかり合う力と力は、その場にいる人たちをも盛り上がらせる。

 人々は好き勝手に声を飛ばし、二人の戦いの行く末を見守る。完全なる力比べだ。


「いやぁ、力勝負でアーベラの姉ちゃんと張り合うやつがいるたぁなぁ~」


 隣の男が呑気に関心の声を上げているので、キエルは隣のキュイにどうするべきか相談しなければとキュイの方を見てみたが、こちらもこちらで、


「いっけぇ! 負けるなぁあ!!」


 なんてそれはもう元気ハツラツとはしゃいでいる。もはや祭りである。いつの間にか喧嘩の険悪な雰囲気はどこへやら、祭り状態になってしまっているのである。キュイ、お前がそんなんでいいのか、というキエルの心の声は歓声にかき消され、もうこうなってしまっては見守るしかないと腹を決めたキエルは、ぶつかり合う二人を見る。自分が止めようと立ち入ったものならば、一瞬にして骨の何本か、いやいや、臓器爆発とか、そんな感じなことになってしまうだろうとその壮絶なる戦いをただただ見守ることしかできない自分に情けなさを感じつつ見守るのであった。

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