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装備武器:斧、斧、斧  作者: 上野衣谷
第四章「斧がごとく切り開け」
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第19話

「怯むな、耳を貸すな! この男の言うことはデタラメだ! こんな男にヴェストール自治区の、いや、ホーマ連合国家という偉大なる国の統一を揺るがせることなど断じて許さん!」


 それは感情の爆発。ゼールバッハの右腕は、キエルを強く非難するように指さし、左腕の拳は強く強く握られる。怒り。


「何が統一だ! 私利私欲のために動いているお前が何を偉そうに!」


 キエルもそれに対抗するようにして煽る。ゼールバッハとキエルの言い争いが始まってしまった以上、衛兵たちはそのまま連れていくという訳にもいかず、二人の様子を交互に見ておろおろとするしかできない。それがまた、ゼールバッハにとっては苛立ちを募らせることであったが、今、衛兵たちに当たり散らす訳にもいかず、故に、余計、キエルに対する怒りが強さを増す。

 エミーリエは、その様子を何か楽しい物を見るかのように微笑んで見ているが、少なくともそんな状況ではない。

 キエルはゼールバッハに対して、更に罵るように言う。


「このまま終わると思うな、お前のようなやつが、お前のような、ただ今の地位にいることだけに、権力のためにだけに生きる男が、この先、無事でいられると思うなっ!」


 キエルの顔は憎悪に溢れた表情で満たされているように見えた。その目つきはひたすらゼールバッハを捉えて離さず。ゼールバッハに掴みかかろうとするのを慌てて衛兵が取り押さえる。

 それでもなお、キエルが暴れるので、衛兵たちはキエルを床へと押し倒す。力づくで取り押さえられてもなお、キエルの目はしっかりとゼールバッハを睨んでおり、その憎しみの深さは相当なものだと見て取れた。

 その様子を見て、しかし、逆に、愉悦に浸っている人物がいる。

 それは、他でもない、ゼールバッハである。

 彼は、結局そんなものかという安心を抱く。そして、自分に歯向かった人物が、床にへばりついて惨めな姿になっているということ、加えて、キエルのそれでもなお反抗的な目つき、それらの様子が全て合わさったその光景は、ゼールバッハに快楽を与えるのには十分な光景であった。なんと気持ちの良いことだろう、これほどに優越感に浸れることがこれまであっただろうか。

 その思いが、ゼールバッハの感情の形を変える。

 勝利はした、勝利はしたが、最後に一言言わないと気がすまない、そう言った、ある種、愚かとも言える感情の目を宿らせる。驕りから来る醜い感情。


「いいか、メーセンくん。もう君に会うことはないだろうからこれだけは言っておく。よく聞きたまえ。お前のような小さな男に理解出来るかは分からないが……」


 睨みつけるキエル。反論することはない。しかし、その選択は、ゼールバッハをさらに調子に乗らせるためには十二分に効果を発揮した。


「人はみな、贅沢なんだ。贅沢──そう、贅沢だ。現状に満足することなく、進化を望む。それは、生活についてもそうだ。仮に今、満足の行く生活をしていると感じる者も、十年、二十年経てば、その生活に満足を覚えなくなる。それは世の中が安定すればする程顕著になる。衛兵、君たちも覚えておきなさい」


 得意気に語るゼールバッハ。その顔からは、まさに、達成感、満足感と言ったものが垣間見える。ゼールバッハは語りながら、勝利を心の内に確信し始めたのである。もう自分は勝利した。この男に恐れる必要など微塵もないのだ。だから、言う、だから、続ける。

 だから──ゼールバッハは、キエルの表情から憎しみがなくなり、何かを必死に考えている表情になるのを見逃し、話し続けるのだ。


「そのことに気づける賢い者たちはいい。しかし、そうでないものにも我々はそれを教えなければならない──それが、政治家の仕事。それが、市民を守る人々がやること。それこそが、国家公務員であり、自治区の長である私がやるべき仕事世──そういうことだ。理想と現実。理想だけに生きれば身が滅び、現実だけに生きれば心が滅ぶ。どちらかしか見えない者に訪れる未来は暗いのだ……君がどちらなのかは知らんがね。さあ、話はこれで終わりだ、連れて行ってくれ」


 ゼールバッハの言葉が今一理解できないながらも、指示を与えられた衛兵たちは、コクリと頷き、すっかり抵抗しなくなったキエルの体を持ち上げる。

 そのキエルの体、キエルの肩は、震えていた。けれども、怯えからではない。こんな絶望的な状況にも関わらず、彼は、その内に秘める感情を堪えきれず、笑っていたのだ。


「……何がおかしい」


 ゼールバッハが堪らず問う。キエルは、にこりと不敵な笑みを作って、ゼールバッハに歯を見せる。すぐに表情を戻して、答える。


「なるほど、なるほど、分かりました。分かりましたよ。そうですね、何がおかしいか? そんな野暮なことは言わないでおきますよ」

「負け惜しみを……」


 何を言うのだこの男は、と思ったゼールバッハだったが、苛立つことはなかった。先の演説めいた発言でゼールバッハのストレスは大きく解消されていたからだ。しかし、けれども、微かに、ほんの少し、ゼールバッハの頭に再び不安の二文字が芽を出す。


「いやいや、失礼。でも、僕は牢屋には行きませんよ、残念ながら」

「何を──」


 何を馬鹿なことを、現に今、その二つの腕は衛兵に掴まれているじゃないか、とゼールバッハが言おうとした時、キエルは叫ぶ、お願いします、と大声で。その声は衛兵の耳に届き、ゼールバッハの耳に届き、エミーリエの耳に届き──そして、最後に、扉の外にいる、アーベラとキュイの耳に届いた。

 彼女たちは出番を待ち構えていたのである。今、この時を。キエルから声がかかるこの時を。そして、勢い良く登場する。


「はいよー!」


 叫び声と共に、アーベラとキュイの蹴りが部屋の扉をぶち破り、二人の筋肉女子が颯爽と姿を現す。その後に慌てて駆け込んできたのはゼールバッハの秘書。はぁはぁと息を切らして、涙ながらにゼールバッハに伝える。


「あ、あの! すみません! この二人が警備の兵たちを軒並み倒してしまい……!」


 秘書の報告に、ゼールバッハは事の次第を徐々に理解し始める。秘書の失態に怒りを表している暇などない。何故なら、現れた筋肉娘二人は、憎きキエル・メーセンの仲間らしいからだ。

 ゼールバッハは、先ほどまで安心に振れ切っていた感情をすぐに緊急事態にまで引き上げ、すぐに怒鳴り散らす。


「こ、こんなことが許されると思っているのか! こ、こんな! ここは法治国家だぞ! 衛兵、取り押さえろ、こいつらを!」


 けれど、アーベラはそんなことおかまいなしに戦闘を続ける。


「放置ィ? なぁに訳わからないこと、言っ、てっ、ん、のっ、と!」


 ゼールバッハの号令もむなしく、部屋にいる衛兵たちは、アーベラとキュイの手によって次々と打ちのめされていく。もちろん、アーベラたちは手を抜いている。斧などの武器も所持していない。それにも関わらず、彼女たちの強さは圧倒的であった。衛兵といえど、それなりに訓練は積んでいる。このような重要な場所の防衛を任されている身なのだから。けれども、そんなこと関係ないとばかりに、アーベラとキュイは次々に衛兵たちを戦闘不能状態へと移行させていってしまう。まるで大人対子供。日頃のトレーニングの賜物といえよう。


「お、おい、こんなことをして、こんなことをしても無駄だ! 役所で、こんな、暴れて! これ以上の悪あがきはやめなさい、おい、君、早く他に連絡を!」


 ゼールバッハに怒号を飛ばされた秘書だったが、もちろん、してますよぉ、してますってばぁ、と言うばかりでそれ以上のことは出来ない。

 アーベラとキュイはなおも抵抗する衛兵たちを圧倒的な腕力でねじ伏せ動けないくらいまで叩きのめす。


「もー、さっきからそこのおっさんは話が長いんだよなぁ~! で、聞きたいことは、聞けたのか? メーセン」


 にこにこ笑顔で問うアーベラ。キエルもそれに負けない笑顔で言い返す。


「ああ、聞けた。バッチリね。要するに、まぁ、この人は傲慢な人なんだ」


 キエルは、全てを見通していた。ゼールバッハを挑発し、彼の真意を探るべく、行動していたのである。衛兵がこの場に呼ばれ、力づくで取り押さえられることも読んでいた。だから、アーベラたちを一緒に連れてきていたのだ。

 しかし、それでもなお、ゼールバッハは諦めない。


「なにを……!」


 ゼールバッハは怒る。それだけしかできない。目の前で起きている暴力沙汰は、ゼールバッハの人生において、あまりにかけ離れた位置に存在していたからだ。彼は、生まれてこの方目の前でこんな暴動を見たことがなかったのだ。エリート街道を歩み、次々に出世し、ヴェストール自治区の長にまで上り詰めた彼は、治安の悪い場所には近づかないし、モンスターが出るような地域なんてもってのほか。

 安全圏で、それはもう安全に、暴力とは無縁の世界で暮らしてきたのだ。であるからして、指示を飛ばすことはできても、自分が動くことなんてできる訳もない。結果、ゼールバッハは怒る。それしかできないからだ。


「いいか、こんなことをしても、無駄だ! 何度も言うが、ここは法治国家だ! お前ら、全員、反逆罪で一生牢屋から出られないんだっ!」


 彼が唯一できるのは、言語による威圧。このあまりに暴力的な場面において、あまりにも儚い行為だった。

 キエルは、もちろん、全く動じることなく返す。


「いいえ、一生牢屋から出られないのは、貴方だ、ジーグルト・ゼールバッハ。ね、エミーリエさん」


 唐突に話がエミーリエへと飛ぶ。ゼールバッハは驚く。


「なっ……」


 それに対して、エミーリエは、にこりとほほ笑むと、懐から球体のようなものを取り出して言った。


「ええ、証拠はバッチリです」

「それ、は……?」


 エミーリエが取り出した球体。ゼールバッハもそれを一度も見たことがないわけではない。何かしら、魔法関係の力がこもった代物だろうということくらいは予想できる。予想できるが故に、恐る恐る問うゼールバッハ。エミーリエは笑顔で、ゼールバッハにとって実に都合の悪い真実を告げる。


「これは、魔導蓄音機ですよ。あなたの動機も、さっきの発言で大体明らかになりましたし、もう証拠としては十二分過ぎる程でしょう」


 魔導蓄音機──その名の通り、魔力によって音声を録音するための装置である。エミーリエはこれをずっと起動させていた訳だ。それにより明らかになる、決定的な証拠。

 わなわなと震えるゼールバッハは、エミーリエに迫り、ついに、自らの手でその蓄音機を取り上げようとする。しかし、当然、ゼールバッハの怒りに任せた後先を考えないその行動は、アーベラやキュイによって阻止される。何者をも許さないという怒りの表情で自らの体を掴むアーベラたちを睨みつけるゼールバッハだったが、抵抗もそれまでだった。


「貴様ら、貴様らっ!」


 震えるゼールバッハ。彼の運命はここで決定されてしまったのだ。ありとあらゆる証拠とまでは行かずとも、キエルは勝利したのである。この男に。


「ゼールバッハさん──」


 ひっそりと最後の別れを告げるように、そして、また、惜しむように、キエルは口を開いた。彼の目はゼールバッハを見てはいなかったが、ゼールバッハは、アーベラとキュイに取り押さえられ、もがき苦しみながら、キエルを強く強く睨みつけている。

 そんなゼールバッハの返事を待たずして、キエルは続き述べる。


「あなたには、決定的な弱点があった」

「…………」


 沈黙を保つゼールバッハ。キエルの言葉を待っているというよりは、怒りをこらえているように見える。


「……いや、止めておきましょう、これを言うのは。同じ、ですからね」


 苦笑気味に言うのを辞めるキエルを見て、ゼールバッハは怒りの表情を浮かべ続けていたその顔から力を抜いた。どうでもよくなった訳ではない、しかし、もう怒ることに疲れてしまったのだ。

 そして、彼は、ただ一つ、疑問に思っていたことを問う。


「最後に聞かせてくれ。お前は、何で、どうして、ドラゴンのいるような、危険なところへ行ったんだ。いや、行けたんだ。この平和なヴェストール自治区で働いた経験しかないお前が」


 キエルはその問いに、少し考えた後、あっ、と何かに気づいたように小さく声を発すると言った。


「それは、多分、カッコイイから、ですね」


 その言葉は、キエルがかつて耳にした言葉。そして、なんとなく、本当になんとなくだけれど、それこそが、人の感情というものであって、それこそが、人の正義であるんじゃないかということを感じ取った言葉。

 その答えを聞き、ゼールバッハは、ふぅー、と長く息を吐き出す。納得した訳ではない、納得した訳ではなにが、ゼールバッハが最後に言えるのはこれだけ。


「そうか、やってみろ」


 その一言は、何を、いつ、誰と、どうやって、何一つとして指し示していない、あまりにも曖昧すぎる一言であった。

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