第18話
「もちろん、そのどちらも必要ないですよ、ゼールバッハさん。僕が求めるのは、あなたの左遷。あなたの失墜。あなたの持っているもの全てを失わせるということ、それだけなんですから」
キエルの唐突な挑発。けれど、ゼールバッハはひるむことなく反論する。
「いきなり何を言い出すかと思えば……下らない。最初、君がここに来たのはある程度まともな狙いがあるものだと思っていたが──どうやら私の勘違いだったようですね。さ、もう元の君のいるべき場所に帰りなさい。今回のことは特別に不問にしてあげるから」
そもそも、では、何故、ゼールバッハはキエルに会うことにしたのか。それは、無論、キエルの目論見通り、彼がキエルがどこまで知っているかを知りたかったからであるし、同時に、もう一つ理由があった。
それは、キエルがここに直接乗り込んできたことをチャンスととらえたからである。もし、キエルが本当に決定的な証拠を握っていたとして、その証拠をここではなく中央政府に直接持っていかれたとすれば、多少厄介なことになる。となれば、ここで門前払いして、中央政府に持っていかれるよりは、ここで対処した方がいいとゼールバッハは考えたのだ。
「もう訳の分からないことは言わないで下さい。いいですか、もう回りくどいことを言っていても仕方ない。ズバリ、言いたいことを言います。ゼールバッハさん、少し前、ヴェストール自治区にドラゴンが襲来したことを覚えていますか?」
すると、ゼールバッハは、やれやれようやくか、と大きくため息をついて、目を細めて言い返す。
「ああ、勿論だ。大変な惨事が起こった──そう、君の対策不足のせいで、ね」
何がおかしいのか、ゼールバッハは、鼻で笑う。キエルはけれど冷静に言い返す。
「まだそんな下らないことを……良いですか、もう分かっているんです。あのドラゴンが来たのは、ゼールバッハさん、あなたのせいだ。そうですね」
キエルはその二つの目を見開き、ゼールバッハに罪を叩きつけた。しかし、ゼールバッハは、何ら大したリアクションを取ることもなく、数回、小さく、動いたか動いていないか分からない程の挙動で首を縦に何度か振る。無論、それは、肯定の仕草ではない。お前が言いたいことは分かった、分かった、というそれだけの頷きだ。
沈黙が流れる。
堪えきれないキエルは、握っている情報をさらに出す。
「僕は言いました、何かが起きる、と。そして、それは現実になった。あの時の状況は今でも鮮明に覚えていますし、今でも役所の記録を辿れば必ず残っているでしょう。魔力に関わる薬草類の生産数、街の抱える貯蔵量があまりにも多かった。異様な数値──そう、まるで、誰かによって操作されているかのような、異様な数値だったんですよ」
それでもなお、ゼールバッハは何も言わない。それどころか、キエルの方へ数歩近づき、腕を組み、睨みつける。
相手が様子をうかがっているであろうことは明らかであった。彼は待っているのだ。キエルが持っている情報がどれだけなのかということを全て出してみろとキエルに挑戦を叩きつけているのだ。
キエルは、容赦なく、彼の持つ全てをゼールバッハにぶつける。
「その黒幕はあなただ。ジーグルド・ゼールバッハ。あなたが、ドラゴンを意図的にこのヴェストール自治区へ誘導した。その証拠は十二分にある。それをしかるべき場所へ持ち込めば、あなたの地位は大きく揺らぐことに間違いはない。僕はこのヴェストール自治区のいびつな状況を正す。そして、僕を貶めたあなたを絶対に許さない!」
キエルの言葉を聞き終えたゼールバッハは、けれども、至極落ち着いた様子であった。
ゼールバッハはこの時大きな安心を得ていたのだ。大きな、これ以上ない安心を。
「それだけですか?」
「それだけで、十分でしょう!」
すると、ゼールバッハは首を横に何度も振った。違う、そうじゃない、と。そう、十分ではない、と。
「全く。話になりませんね。いいですか、メーセンくん。あなたの話には一つ重要な事項が抜け落ちています」
ギクとするキエル。キエル自身も分かっていた、その重要な事項、それは──。
「動機」
「……くっ!」
苦い顔をするキエルに今度はゼールバッハが反撃をするかのように語る。
「この自治区の薬草の生産の在庫が多かった、それによってドラゴンが襲ってきた──なるほど、なるほど、よくできた話です。いや、作り話、とでもしておきましょうか? ですが、それがなんです? 重要なところが抜け落ちている。そもそも、私が、何故、このヴェストール自治区をドラゴンに襲わせなければいけないのか。そんな理由、どこにもないじゃないですか。無茶苦茶な作り話はこれまでです。さぁ、それが真実だというのなら、中央政府にでもその事実を伝えに行ったらいい」
自信満々に言うゼールバッハは、手の平をくるりとキエルに見せ、帰ってくれとジェスチャーで伝える。
ゼールバッハは勝ちを確信していた。この男は何も分かっていない。どこにも辿り着いてなどいない。自分の考えすぎだった、わざわざ会う必要などなかった。その自信はゼールバッハ自身の表情から溢れ出ていた。
けれど、キエルは、そこで確信する。キエルが、この事態を解決するために唯一分かっていなかったことを掴んだのである。このキエルから見れば過剰すぎる自信。それこそが、キエルにとっての確信となる。
だから、キエルは思わず笑いをこぼす。堪え切れずに溢れ出た笑い声に、ゼールバッハは怪訝な顔をしつつも、ゾクリと何か恐ろしい物を感じ取る。自分は何か大きな失敗をしてしまったのではないか、と。
そして、ゼールバッハにとって残念なことに、彼はまさしく、失言をしていた。吐き出してはならないワードを吐きだしていたのだ。
「分かりました、では、持っていきますよ、しかるべき『機関』に。いや、持っていくという言い方はおかしいな。連れて行きますよ、然るべき『機関』に、ね」
キエルが言う機関という言葉がゼールバッハにはいまいち理解できなかったが、それ以上に、連れて行きます、という言葉の衝撃が大きすぎて、そんなことは頭から抜け落ちる。
みるみる内に、ゼールバッハの表情は変わり、今にもキエルに掴みかからんとする勢いで近づくと、声を荒げて言った。
「裏切ったというのか!?」
彼が言うのは、勿論、シュタイノフのことである。これまで一切話に上がってこなかったシュタイノフ。ゼールバッハは連絡が途絶えたということから、勝手に、シュタイノフはやられたのだということを推測していたのである。
しかし、連れていくという単語を聞けば、自身のその推測が間違いだったということが明らかになる。ゼールバッハは誰に言うでもなく、呟く。
「シュタイノフ──あれだけの設備を用意してやったというのに、何故だ、何故──報酬も与え、あれだけ──」
何かをぶつぶつ呟くゼールバッハに、
「さて、裏切った、とは?」
キエルはとぼけたことを言う。対してゼールバッハは、キエルなどいないかのように自分だけの思考に入り、考えた。そして、再び結論に辿り着く。
「……ああ、そうか。でも、それなら勝手にしてくれ。どうぞどうぞ、中央政府に勝手に行けばいい」
再び余裕の表情に戻る。冷静に発言したつもりだった。しかし、これは、冷静ではなかった。先の一回、ここで一回、計二回発せられた、中央政府というワード。これこそが、キエルが知りたかったワードである。
キエルが唯一分からなかったこと、それは、ゼールバッハと中央政府の関係であった。
今回の事件は、ゼールバッハが一人でやっていることなのか、それとも、その後ろに何かいるのか、ここだけがどうしても分からなかったのだ。
キエルが、金や名誉、やりがいではなく、地位の安定という条件と引き換えに懐柔したシュタイノフに聞こうが、結局彼は末端の人間に過ぎない訳で、上にどんな黒幕がいるのかということなど分かる由もない。それを知っているのはゼールバッハただ一人。
キエルは、一度も、ゼールバッハとの会話において中央政府という言葉を出さなかったにも関わらず、ゼールバッハは、中央政府に行けばいいと二度も言った。わざわざ、自分の地位を脅かすような報告を告げに行く場所を教えてくれたのだ。まるで、誘導するかのように。
こここそが、穴。ゼールバッハの穴。
キエルはそこを突く。
「いいえ、行きませんよ、中央政府には」
「なっ……」
ゼールバッハの顔が歪む。
「何故なら──今、確信しました。中央政府全てが味方がどうかまでは分かりませんが、中央政府に持ち込んだところで解決はしないということがね」
キエルの言葉に、ゼールバッハはすぐにその真意を理解する。同時に、けれども、と希望を捨てない。だからといって、
「じゃあ、どこに持ち込むというのだね? まさか、今、ここで、ヴェストール自治区で発表するという訳にもいくまい?」
小馬鹿にしたように言う。キエルは、ニヤリと微笑んだ。
「ホーマ連合国家。この国の名前です。我らが愛しい国の名前です。しかし、この国はあまりにも大きすぎる」
「何がいいたい」
「連合正常化運動という組織をご存じですか?」
「……それをどこで知った」
歪むゼールバッハの顔。恐らく、彼は知っているのだろう、連合正常化運動という組織を。エミーリエが所属するこの組織のことを。
「いえ、これは本当に偶然なんです。しかし、偶然にも、僕はその組織の方と行動を共にしていた。そして、その方には、今、来てもらっている。そろそろ来るはずですよ、連絡が」
それを見計らったかのように、部屋のドアがノックされ、秘書の声が聞こえる。
「訪問者が、連合正常化運動の者だと言えば分かる、と……」
ゼールバッハは苛立った。苛立ちながらも、一つの策を思いつく。誰にも分からないように、その名案を面に出すことはなく、ニヤリと笑うと、入室の許可を出す。
「お久しぶりです、メーセンさん。そして、この方が、噂に聞く大悪党の方……?」
入室するや否や毒をはくエミーリエ。しかし、ゼールバッハは何も動じることなく小さく呟く。
「……よし、分かった。よく分かったよ」
目を閉じて、すー、はー、と大きく深呼吸をしたゼールバッハは、そのまま卓上の魔導通信機に手をかけ、どこかへダイヤルを回す。
「ああ、私だ。今すぐ衛兵を寄越してくれ。今すぐだ。早急に。大勢必要だ」
それだけ告げると受話器を置く。
「さて、ここまでだ、メーセンくん。そして、連合正常化運動の方。君たちは、ここ、ヴェストール自治区で大罪を犯した──罪は、そうだな、国家への反逆ということで十分だろう」
いきなりの通告に、入ってきたばかりのエミーリエは、まぁ、と緊張感のない驚きの声を上げる。
ゼールバッハは二人を拘束することを試みたのだ。ここで二人を拘束してしまえば、この事件はここで幕を下ろす。連合正常化運動という組織が介入する隙もなく、ここで物語が終わるのだ。
「であるからして、君たち二人はこれから衛兵に捉えられる。捉えられて、牢にぶち込まれる訳だ。残念だよ、メーセンくん」
「……」
「本性も何もない。本当に残念だ。君は多少優秀な部下だった。しばらくバラウォンで勤めてくれていれば、もう一度拾ってあげようとも思っていたのだが……残念だ」
「……」
少しの沈黙が続き、部屋の扉が勢いよく開く。ダダダと十数人の衛兵が入り込んできてキエルとエミーリエを取り囲む。
「連れて行ってくれ。牢に放り込め。政治犯だ」
ゼールバッハの声で、衛兵がキエルとエミーリエの腕を掴む。
「あらあら」
これまた緊張感のない声でエミーリエが言うと共に、キエルが叫ぶ。
「クソ、これが、あなたのやり方かっ……!」
沈黙を破るようにして搾り出された言葉は、キエルの悔しそうな表情もあいまって、より悲壮感を演出する。
その様子を見て、ゼールバッハは心の底から安心する。なんだ、大したことないじゃないか、あっけなかったじゃないか、こんなことならもっと早く衛兵を呼んでおけばストレスなどなかった。いや、それよりも、受付で門前払いしておけばよかったのだ、と。
同時に、与えられたストレスもまた込み上げてくる。
ただの一人の他愛もない男だと切り捨てた人間が自分に歯向かってきたということ。シュタイノフが裏切っているということ。様々な不満がゼールバッハの胸に渦巻く。
「クソッ、離せ! お前たちは何も分かっていない、この男がどういう男かということを! 私利私欲のためにこのヴェストール自治区を好き勝手しているということを! いいのか、この男に好き勝手されて! 悔しくなのか! あのドラゴンの襲来を知ってるだろう! あれはこの男の仕業なんだ、いいのか、なぁ!」
暴れるキエル。衛兵たちの手が僅かに緩む。戸惑う彼らにゼールバッハは少し苛立ちを覚えたが、これぞ、いい機会だとばかりにキエルを含めこの場にいる全員に叫びつける。
それは、彼がキエルに多大なストレスを与えられていたから、そして、これまで彼は孤独にその思いを守っていたから。




