第14話
キエルが求めていたもの。それは、あった。記録として、何者かがここで記載した記録として、成果として、形あるものとして、ここに存在したのである。そして、キエルは今、それを手にしている。
「これだ。ドラゴンの誘導。ドラゴンにも多くの種がいることは記載したが、その中でも、人類に対して神罰とも言うべき災害をもたらす種が複数存在する。人類が経験した大規模なドラゴンによる災害のほとんどはこれらの種によって引き起こされたものであり、記録を遡ると、人類の発展に対して何らかの警鐘を鳴らすが如く出現するのがこれらの種である──彼らを完璧にコントロールすることは現段階では難しいが、種によっては誘導条件を特定することに成功した……!」
その言葉にエミーリエもキエルの手にしている冊子を覗き込む。
「──研究の結果、ある種は、大地の魔力が高まりすぎることによって、その地へ飛来する性質を持っていることが明らかになった。辺境の地において、ドラゴンの飛来数が多いのは、それらの地には冒険者の多くが集うからであり、それによる魔力の発生量、供給量が多いことにも由来する。よって──誘導をするには──魔力の生成などに使用される──薬草を、相当大規模に、生産する、集約させる……っ!」
核心部分に触れる。
「これだ! これを持っていこう! これは十二分な証拠になる。ヴェストール自治区の記録を見返せば、薬草の生産量が過剰になっていたということは分かるし、それとこれ、ドラゴンが襲来したという事実が結びつけば、決定的な証拠だ!」
キエルはその冊子を手に持つ。
「そうですね、後は」
エミーリエはまた別の冊子を手に取る。そして、その中身を見ながら言う。
「後は……誰が、ここにいたか、ということ、ですよね。ここには確かに誰かいた。けれど、全ての部屋を回ってもいなかった。そして、ここに住んで研究をしていたであろう誰かは、つい最近までここにいて──そして、ここに住んでいた誰かは、ここに何者かが訪れるということを知っていたから、いなくなったのではないでしょうか?」
エミーリエの妙な語り口調に、キエルは首を傾げながら、
「一体何が言いたいんだ?」
と、問う。目に映るのはエミーリエただ一人。この場にいるのは、キエルとエミーリエだけ。
「ええ、じゃあ、何故、その人はいなくなったのか、という話です。これだけ多くの証拠を残していなくなった。そんなこと、普通なら考えられなくないですか?」
「……その、通り、だけど……」
嫌な予感がキエルの頭に浮かぶ。
同時に、今の状況は、もし、キエルの嫌な予感が正しいものだとするのなら、あまり良くない状況だということになる。ここにいるのは自分とエミーリエだけ。そして、もし、万が一、エミーリエが──。
そこまで考えた時、エミーリエがバッと動く、そして、手にしていた冊子をキエルに見せる。
「これっ! この記載。見てください!」
そして、冊子を手渡す。エミーリエはキエルに攻撃を仕掛けようとする気などさらさらないように見えた。キエルは考え過ぎたのだ。
「──ドラゴンを完全なる兵器として扱うにはまだ時間がかかるが、その試作段階として、ドラゴンを疑似的に再現することによってある程度コントロールの効く兵器として利用することが可能になる。これを応用させていけば、生物としてのドラゴンではないにせよ、小国の軍隊程度なら同等に戦う力を持つ兵器として運用することが可能……これが?」
「これも持っていきましょう。そして、急ぎましょう、メーセンさん。私の予感が正しければ、もうすぐここに──」
その時。
「何か来る! 二人とも!! まだ中にいるのー!!」
入口の方から、アーベラの叫び声が微かにキエルらの耳に届く。それは危険を知らせる声。急いで外に出てこいという声である。
「急ぎましょう」
「その方が良さそうだ」
キエルはエミーリエから冊子を受け取り、キエルもまた自身で重要な証拠だと断定した冊子を持つ。相当の分厚さがあるので、この二冊を持つだけでも負担になる。本来ならもっと多くのものを持っていくべきだろうと考えたが、差し迫る危機のことを考えると、とりあえず、今は、この二冊だけを持って逃げきることに注力した方が良さそうだった。
二人は駆ける。階段を急いでおり、ロビーへたどり着く、扉を開けて待っているのはアーベラ。山の方を見つめているキュイが言う。
「もう来てる! いや! ダメ、しゃがんで! 伏せて! 攻撃!」
叫び声、同時に全員が感じる、何かの気配。
直後、大地は裏返った。それほどの衝撃が建物に直撃した。それは、今、上空を飛翔するドラゴンによる魔力弾の攻撃であった。その威力は凄まじく、建物に伝わった衝撃は一瞬にして天井を破壊し、大地を唸らせる。キエルとエミーリエはその衝撃から身動きが取れなくなり、直後、上から落下してくる建物の破片が二人を襲う。
「危ないっ!」
アーベラがとっさに動き、凄まじい速さでその破片を斧で薙ぎ払う。次々に落ちてくる破片をこれ以上凌ぐことはできない。三名は、崩れ去ろうとする建物から命からがら逃げ伸びることには成功した。
建物自体は大きく崩壊している。キエルの頭に、一瞬、数多くの物的証拠が失われてしまったという悲壮感が漂うが、今考えるべきことは、そんなことではないということにすぐ気がつく。
逃げ伸びることには成功したが、しかし、目の前に現れたのは、圧倒的な脅威であったからだ。
四人を見下ろすのは、巨竜──ドラゴン。
壊れかけていた建物を踏みつぶすようにしてその上へと着地したその巨体は、全身を灰色の岩のような鱗が覆っている。
「な、なんだ、これ」
キエルは思わず声を漏らす。両手を茫然と大地へ向け、ただただ間抜けにその巨体を見上げる他ない。
ドラゴンの大きさは人に対して圧倒的。その二つの鋭い目は、確実にキエルたちを敵とみなしているように見えた。巨体、巨翼によってつくられた影は優に四人を覆い、四人はドラゴンを見上げることしかできない。
「こ、こんな、に、逃げないと──!」
キエルは震える足に鞭を打ち、そして、同じく動けない他の人たちに向かって声をかけた。
「逃げましょう! 逃げないと、どうしようもない、こんなの! ドラゴンなんて、国の軍隊が戦っても苦戦するんだ! こんな巨体に何をどうやって戦えって言うんだ! さっきの攻撃の威力、見ただろう!」
キエルは、他の人たちも勿論、それに同意するものだと思っていた。当たり前である。いくら行く前にドラゴンと戦いたいといっていようが、こんな攻撃を目の前に見て、逃げない訳がない。それに、相手は明らかに自分たちを敵として認識しているのである。そのような相手に真っ向から勝負を挑んだとして生存できるだろうか? あり得ないのである。それならば、まだ、逃げる方が可能性がある。それでも生き延びられるかは分からないだろう。けれど、逃げた方が確率がある。だから、逃げる道を選ぶ。キエルの判断はごく自然なものであろう。
しかし、けれども、アーベラは両手に持った斧の一つをドラゴンへ向けて掲げる。
「面白い! やるぞ!」
キュイもそれに続き、エミーリエは魔法によって己に体を強化し、戦闘態勢へと入る。
「な、そんな」
驚くキエルに、エミーリエが笑顔で言う。
「あ、もしかして、メーセンさんはさっきの魔力弾による攻撃を心配してます? さっきの攻撃によって、このドラゴン──いえ、ドラゴンだったナニかは、もうあれほどの攻撃を放つだけの魔力は残っていないはずです。だから、心配ご無用ですよ」
いやそんな超具体的なことを心配している訳ではなく、そもそも、もう根本的にこのでっかい奴と戦うということに対して心配しているキエルであったが、やる気満々の斧集団たちを止めることもできず、もうこうなったら自分だけ逃げてやろうかと考えだすのだった。




