第13話
全員が中に入るのは何かあった時のため危険という判断がなされる。これはキエルの言っていた、中に人影を見たという発言がキーとなった。
モンスターが住んでいるという可能性と人がいるという可能性、どちらが危険かと言えば後者である。それは何故か。人は計略を張り巡らすからである。上位のモンスター、例えば、上級魔族となれば話は別であるが、通常モンスターはただその場に生きているに過ぎない。人を酷い目にあわせるために人と戦うのではなく、彼らは彼らの生活を維持するため、あるいは、豊かにするために人と戦うのである。
その危険性を考慮した結果、全員が中に行って、罠にでもかかったら大変だという結論になり、中に入るのは、キエルとエミーリエの二人に決まる。外で警戒するのは、アーベラとキュイの二人。ちなみに、キュイが頑なにアーベラ以外とのタッグを拒否したための人選である。
モルタル製の建物は建物は二階建て。壁に亀裂が点在してはいたものの、それでも、やはり、人が住んでいるかのような不気味さを放っていた。
「い、行くか」
キエルは木製の扉に手をかける。手をかけて、パッと放して言う。
「や、やっぱ、エミーリエさんが先に行ってくれないかな?」
チラ、とエミーリエの方を伺う。エミーリエは可哀想な者を見るような憐みの目でキエルを見返しつつ、キエルの前に立つと扉に手をかける。ちなみに、彼女は現在、変身モードを解除して美少女モードであるので、見下すような目つきは一定層の男性に対してご褒美的な側面を持つが、キエルはそういう類の男性ではないので、ただただ情けなさを感じていた。感じつつも、この頃はもうその辺りも開き直ってきているので、見返すだけできちんと自分が先頭を務めてくれるエミーリエとう存在に感謝する。
木の扉を開けると、そこには薄暗い空間が広がっていた。
エミーリエが一歩踏み入れる、キエルもまたそれに続く。
二人の鼻には、埃くさい、カビくさい、そんな古い建物特有の臭いがふわりと舞い込む。床は木造、歩くと軋み、けれども、抜けるということはない。廊下は左右に広がり、正面にはロビーと階段。そして、何より注目すべきは、殺風景なロビーにある、もの。
「……これは、えっと」
暗さに目が慣れてきたキエル、エミーリエはそこに奇妙なものを見る。
「樽……? 木箱……?」
沢山の樽。そして、木箱。この建物の本来の目的は、恐らく、この廃集落の公共の施設だったのだろう。その目的に反するかのように、ロビーに秩序なく点在している木箱や樽。中に何が入っているのか分からないが、しかし、キエルはそれに魔力を感じる。
恐る恐る近づいて、木箱の一つを開ける。
「あっ!」
思わずキエルは声を上げる。中にあったのは、生き物でもなければ、武器でもない、大量の乾燥した草であった。そして何より、何より声を上げた要因として、それらの草をキエルは良く知っていたからということがあげられる。
「どうしました?」
エミーリエが近寄ってきて、木箱の中の草を一つまみ。匂いを嗅ぎ、言う。
「魔法の研究用の薬草、ですかね?」
「そう、薬草。魔力を帯びた……薬草。薬草だ」
キエルの中で何かが結びつこうとする。
木箱から離れ、他の木箱、樽、それらの中身を見て回る。慌ただしく、乱暴に、なんでこんなところにあるのか、全く分からないような代物たちを見て回る。そして、次々に認識する。これらは確実にここにあるという事実を。
「薬草だ! 薬草! エミーリエさん! これは、これは……薬草ですよ! これは間違いない。間違いなくここに誰かいる。そして、この建物こそが、ヴェストール自治区にドラゴンが来襲したことが、何者かの手によって行われたことだという決定的な証拠になるっ……!!」
叫ぶようにして言うキエル。薄暗い建物の中に、キエルの声が反響するほどに響き渡る。
「証拠だっ……! でもどうやって? 持って帰る……? この薬草を持って帰って何になる!? クソッ!」
「ちょ、ちょっと、メーセンさん。落ち着いてください。一体何が?」
エミーリエに諭され、キエルは、ようやく少し落ち着く。落ち着いて、考える。どうするべきか。出した結論は探索。この建物の中を徹底的に探索するということ。それなら、もっと決定的な証拠を見つけられる可能性はなくはない。それは例えば、紙だ。紙などの筆記物による証拠があれば、少なくともこの薬草を手に持ってヴェストール自治区に乗り込むよりもより強い圧力をかけることができるだろう。
キエルは、中に人が残っているという可能性を考慮し、エミーリエと共に建物内部の探索を開始する。
まずは一階部分の探索をするが、いくつもある扉を開けても開けても、そこにあるのは物置のような部屋ばかり。ロビーに散乱していたような木箱もなく、物一つない部屋や、かつてここが、集落の施設として使用されていたときの名残か、椅子や机が山ほど放り込まれた部屋などがある。それらの部屋は、恐らく、使われてないのだろうと考えられた。埃くささ、カビくささはロビー部分の比ではなく、キエルがむせかえるほど、開けた瞬間に埃が舞い散るありさまの部屋も少なくなかった。
一階を全て探索し終える。部屋の他には、恐らく、キッチンに使われていたらしい場所、そして、正面の入り口とは別の裏口が一つ、それくらいしかない。
「となると、二階、かな」
二階への階段を見つけるのにはさほど苦労せず、キエルとエミーリエは固い階段を踏みしめながら上へ上がる。階段部分は木造ではなく外壁と同じモルタルでつくられているものだと思われた。
二階には誰かいるかもしれない、という緊張が、キエルの心に走る。しかし、二階についても物音は一つたりともせず、ひっそりと静まり返った廊下、そして、扉たちが二人の前に待ち構えているのみであった。
「……人は、いない、みたいだな」
「油断は禁物ですが──しかし、やっぱり、人の気配は感じられませんね」
二人の意見は合致し、しかし、それでも、念のため、警戒を解くことはなく、一つ目の扉のドアノブに手をかける。
下の階の扉とは違って、全く開けることに苦労せず、扉は開いた。それは、普段からこの部屋が使われているということを意味していたのである。
部屋の中に、人は一人もいなかった。
その代わりに、部屋の中には、様々な実験器具が所狭しと並べられていた。一室は広く、見渡せば、扉が複数個あることが分かる。一階にあった部屋の二倍、三倍ほどの広さがあろうその部屋の中は、研究所と呼ぶのに相応しい状態となっていた。
「これは、ここで、何かを研究してたんだろうか。魔法関係の研究施設を仕事で覗いたことがあるが、大体このような感じだった」
キエルの発言にエミーリエも同意する。
二人は各々部屋を好き勝手に探索した。置かれているものは目を引かれるものばかりであり、どれも、つい最近まで、いや、下手をすれば、つい先ほどまで使用されていたと思えるほど状態は綺麗だったし、埃もかぶっていなかった。
キエルは、ここに何か証拠があるはずだと確信する。
卓上の実験器具を眺めるのもほどほどに、紙媒体、もしくは、魔力による記録道具など、物的証拠を見つけることに専念するも、見つからない。
「メーセンさん、これ、もしかして」
エミーリエが何かを掴み、キエルに見せる。それは、肉──いや、ドラゴン。小さな、小さな、ドラゴンの姿をした何か。
「ドラ、ゴン……?」
思わず疑問符をつけざるを得ない、得体のしれない何かは、確かにドラゴンの姿をしていたが、その大きさはエミーリエが尻尾を掴んで持ち上げられるほどに小さい。かといって、子竜ということもない。ドラゴンの、何か……。
「きっと、魔術の類でしょうね。疑似的な生命の作成──けど、注目すべきはそこではないです、メーセンさん。これ、肉なんですよ。形が何であれ、これは肉なんです」
「それが、何か……?」
「分かりませんか? これは明らかに新しいものです。だって、考えても見てください。こんなものが誰もいない場所で何日も放置されていれば、普通なら、腐る、そうでしょう?」
「なるほど、そうか」
これはここに人がいたという紛れもない証拠。
「どうでしょうかね、メーセンさん。これを持って帰って証拠にする、というのは」
キエルは考えた。
なるほど、確かに、ドラゴンに関する証拠としては申し分ない。けれど、それで何だというのだ。ドラゴンを作ろうとしていた? でも、ここにあるのはただドラゴンの形をした肉塊に過ぎない。生きてもいない。そんなものを持っていって何になるというのか。そんなものくらいなら、多少魔術の心得があるものならば作ることは難しくはなかろう。
キエルは静かに首を振る。やはり、ダメ。見つけるべきは、完璧なる証拠。ドラゴンを、ここから、ヴェストール自治区へ向かわせたという完璧なる証拠が必要なのだ。
そして──加えて言うのならば、つながりが必要。
ここにいた住人がただドラゴンについて研究していたというだけの証拠を持ち帰っても、それはただの狂人というだけで終わる。
何か、つながり──そう、キエルの元上司であるジーグルト・ゼールバッハとの確実なつながりが必要なのだ。
キエルとエミーリエは、研究室と思わしき場所で少しの時間を費やしたが、結局、そこでは何も直接的な証拠を見つけることはできなかった。しかし、まだ希望はある。部屋はこれで終わりではないのだ。
二階部分の他の部屋を見れば、もしかしたら、そこに証拠があるかもしれないのである。キエルが求める、決定的な証拠が。
二階部分は一階部分とは大きく構成が違っているようで、扉のいくつかが同じ部屋に繋がっているという点や、部屋が大きいという点から、残る部屋は二つ。
二つ目の部屋。そこには大量の書物が収められた本棚があった。紙の資料である。紛れもない紙製の記録。しかし、そこにキエルが望むものはなかった。あったのは、基本的な魔術の知識書から、よりマニアックな専門書、ドラゴンの性質を記した書物や、その他、錬金術など、様々な分野に及ぶ書物の山。埃が被っているものも多く、お世辞にも綺麗に掃除されているとは言えない。最初の研究室と異なり、あまり人の手入れが行き届いているようには見えない部屋。ここにあまり長く居ても意味がないと判断したキエルとエミーリエは、その部屋を早々に切り上げ、残る最後の一つの部屋へと歩みを進めた。
三つ目の部屋。最後の部屋。キエルは部屋の扉を開ける。
広がるのは、二つ目の部屋と同じく本棚に収められた大量の書物。前の部屋と違うのは、びっしりではなく、隙間が多いということくらいだろうか。その光景を見たキエルは、ため息をつく。
「……仕方ない、実験器具やら、何やらを持ち帰って、確固たる証拠として──」
「待ってください」
けれども、そんなキエルの諦めの声を、エミーリエが遮る。エミーリエは、本棚から一冊抜き出すと、その中身をバラバラめくってキエルに見せる。
「これ、本じゃないです」
バラバラとめくられたそれは、確かに一冊の冊子ではあった。冊子ではあったが、けれど、文字は手書き。活版印刷による書物とは異なる、手書きの記録。
「これは……!」
キエルは慌ててすぐ傍の一冊の冊子を手に取る。分厚い。市場に出回っている本のように分厚いが、それは、紙を幾重にも重ねて紐によって閉じられた冊子であった。どこのページを狙うでもなく、ただ漠然と、手にした冊子の真ん中くらいのページを開く。綴られた文字は、キエルにも分かる言語。
「──この成果は、ドラゴンの基礎体温の調査結果として以下に記す──」
望む文章を見つけるべく、キエルは、飛ばし飛ばしにページをめくり、読む。
「錬金。ドラゴンの主食の研究。ドラゴンが飛来する危険余地の為の研究──ドラゴン……ドラゴン……」
「メーセンさん、これ、もしかして、日付順に並んでいるんじゃないですか? ほらここ。ここの空きがある棚が一番新しそうです」
あまりに熱中してしまっていたため、キエルはそんなことを気にしてもいなかった。エミーリエに指摘され、さっそくその棚のうちの一冊を手に取る。バラバラと乱雑にめくり、目に入る文字をとにかく理解しようとする。
「──ドラゴンの誘導──魔力の蓄え──ドラゴンの制御──これだ!」




