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オリンピック【ギリシャ共和国アテネ】


 西暦2004年8月初頭。

 ギリシャ共和国アテネ。


 第28回夏季オリンピックの舞台となったアテネには、各国の選手団が続々と到着し、熱心に本番前の最終調整を行っていた。

 それらを迎え撃つ立場のギリシャ選手達も同様である。

 中には時差ボケで本調子ではない経験の浅い選手もいるが、国外遠征に慣れている一流選手ともなればそのあたりの調整もお手の物。多くの選手は本番までには最高のコンディションを作ってくることだろう。



 前世紀末の“声”以降、大きな変革を余儀なくされた業界は数知れないが、その中でも特に顕著なのがスポーツ界であった。

 なにしろ、全人類の身体能力がレベルによって大幅に向上してしまい、スポーツ経験のない一般人ですらも100m走で10秒を切る者が少なくないのだ。


 無論、いくら身体能力が上がってもそれを使いこなせるとは限らない。

 シンプルな短距離走でも正しいフォームを理解し使いこなせる選手と、同等のレベルの素人とでは結果に明確な差が生まれる。他の競技であってもプロとアマチュアの差は同様に存在した。


 ただし、その差はレベルの向上によって強引に埋められるのも確かである。

 レベルが20も違えば、滅茶苦茶なフォームの素人でも、その分野に身命を捧げてきた専門家に勝ち得るのだ。


 実際、前回のシドニー大会ではまだルールの整備が追いついておらず、魔物を大量に倒して超人的な力を得た軍人を選手として登用し、多数のメダルを獲得していった国もある。

 それではあまりに興醒めなので、今大会からは一定期間以上そのスポーツでの選手としての活動実績がある者でないと参加が認められないという決まりが出来たのだが。


 レベルを上げるだけならば、純粋にスポーツの訓練だけをするよりも魔物を倒したほうが遥かに効率が良いのである。反対に、訓練によるレベル向上であれば狙った分野の能力に特化させて伸ばすことが出来るので、単に魔物を倒しているだけでは訓練で同レベル帯に至った者にはまず勝てないが。


 総合的に考えるならば、通常の訓練と魔物の討伐を並行して行うのが最も効率的であろう。







 ギリシャチームの主力である陸上選手ニコラオスは、間近に迫った本番に向けて、今日も黙々と練習を行っていた。


「10秒17! 流石だ、いい調子だぞ!」

「まだだ……恐らく、本番では9秒台の勝負になる」


 1500mを10秒で駆け抜ける俊足を見せ付けたばかりだが、ニコラオスに慢心の色はない。すぐさま今の録画映像をスロー再生し、走行フォームのチェックを始めた。


 現在の彼のレベルは126。

 公表されている中では、ギリシャ人としては現在最高の高レベル者である。

 国家の支援の一環として代表選手には手頃な魔物の居場所を知らされたり、希望すれば武器の類も支給される。

 通常の練習の合間にも時間を惜しむようにして魔物退治に乗り出し、いつの間にやらこれほどのレベルに至っていたのだ。レベルは高ければ高いほど上がりにくくなる性質ゆえ、120を超えるような人材は世界でもまだ少ない。


 高レベルの魔物を相手にするとなれば当然命の危険にも晒される。

 成長の壁を前に伸び悩んでいた選手が焦りから危険な魔物に挑み、返り討ちにされて落命したといった痛ましいニュースもそれほど珍しいものではない。

 多少の運もあるが、ニコラオスの126というレベルは驚異的といっても過言ではないだろう。


 だが、油断はできない。

 強豪のアメリカやイギリスには少数ながらレベル130超の選手もいるし、ロシアや中国のように主力選手のレベルを公表していない国もある。レベルを上げるには魔物が多い、言い換えるなら治安の悪い地域ほど有利なので、アフリカや南米あたりの中小国も密かに高レベルの人材を作り上げているかもしれない。

 走力に特化して能力を伸ばしているニコラオスであれば、レベル130超えの強敵とも充分渡り合えるだろうが、勝利を確信できるかというと不安が残るのが本音である。


「よし、あと一本だ! もう少しでレベルが上がりそうなんだ。出来れば練習だけであと一つレベルを上げておきたい」


 次が何年後になるか分からない本拠地ホームでのオリンピック。

 ここで無様な姿を見せるワケにはいかない。

 ギリシャの精神的支柱である彼が良い結果を出せば、他の競技や応援する国民も大いに勢い付くことであろう。

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