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天使?【イラク共和国バグダード】


 西暦2015年12月、イラク共和国バグダード。

 世界有数の産油国であるイラク、その首都であるバグダードのショッピングモールは、この日も大勢の買い物客で賑わっていた。


 だが、光が強いほど闇が深くなるのが世の常である。

 ショッピングモール内のトイレ内では、三人の男達、カルト宗教団体のメンバーがこれから実行するテロ計画の最終確認をしていた。入口には『清掃中』の看板を勝手に置いてあるので邪魔が入る心配は無用である。


 計画に際しては特別な道具、銃火器や爆弾等は用いない。

 威力があるモノを用意しようとすれば当局に嗅ぎ付けられるリスクが高まるし、充分に使いこなせるだけの習熟訓練を行う時間も必要になる。また、それだけの準備をしても、実行前に警備員や周囲の客に不審に思われれば、そこから露見する可能性もある。


「『天使』化の準備は出来ているな」

「ああ、万全だ」

「早く、愚衆へ救済を与えねば」


 彼らは身一つでこの場にやって来ているが、準備をしていないわけではない。

 メンバーが互いの身体に状態を示す文字を浮かび上がらせ、カルマ値が人間でいられる限界ギリギリまで溜まっていることを確認し合う。数週間も前から慎重に調整を行った甲斐があり、この場の誰もがあと僅かな微罪を犯すだけで即座に魔物化する危険な状態になっていた。


 そう、彼らは人が多く集まる場所で意図的に魔物――――彼らの教義によれば『天使』だが――――へと変貌し、大量殺戮を引き起こそうというのである。

 まともな感性であれば魔物化は忌避される現象であるが、深刻な洗脳状態にある彼らにとっては至上の幸福、人間以上の存在への昇華だと信じ込んでいるのだ。仮に計画を知った者が説得を試みたとしても彼らは決して耳を貸そうとはしないだろう。



 実のところ、1999年の“声”を一種の宗教的体験と捉える向きは少なくない。

 億単位の信者数を誇る大宗教から場末のカルトまで「あの現象は己の信ずる神が起こした奇跡である」と考える者が少なからずいたのである。レベルアップによる様々な恩恵、身体能力の向上や病気の快癒などの現象もそれらの意見を後押ししていた。


 とはいえ、それだけならば大した問題ではない。

 どうやら“声”の主は信仰の自由については寛容らしく、どんな宗教を信じていようがそれだけでカルマ値の上昇に繋がることはない。それに理解不明の超常現象に(真偽はさておき)一応の説明を与えて人心を安心させるというメリットもあった。

 一部、異教や異端への弾圧を推奨していたような過激な宗教では、身内以外が祝福の恩恵を受けたことを理由に、教典の解釈の見直しや指導者への不信や追放に繋がったケースもあるが、ほとんどの場合は自分達の信じる神の寛容さ故という結論に至ったようだ。



 だが、世の中には往々にして、常人の想像を超える捻くれ者がいるものである。

 大抵の宗教者が神罰や人々への戒めと解釈している魔物化現象。それすらも祝福として受け取るような狂人も一定数存在した。

 曰く、魔物は人類を生の苦しみから救う天使である。

 曰く、魔物は人間を超えた高次の生命体である。

 団体によって教義の内容は様々だが、彼らは魔物という人間を害する存在を肯定的に受け止め、また自らがそうなることを望んでいるのだ。部外者からすれば、なんとも迷惑千万な話である。


「では、そろそろ行くか」


 とうとう予定決行時刻が十分後に迫ったところで、三人の男達もトイレを出ることにした。

 あらかじめ入念に下見をしたモールの各所で同時に『天使』化し、買い物客の混乱と被害を拡大するつもりなのだ。



 ……だが、結論から言うと彼らが『天使』になることは最期まで無かった。


「ぐぇ」

「ぎゃっ」

「ぐぼっ」


 トイレから揃って出た瞬間、横合いから突っ込んできた無関係の魔物に撥ね飛ばされ、強く全身を打って全員が即死してしまったのだ。

 横合いから突っ込んできたのは猛牛型で軽トラックほどの体長がある、恐らくはかなり高レベルの魔物。いい歳をしてレベルが10に満たなかった三人では、抵抗できようはずもない。


「……グォ? グルルルォ――――ン!」

「ま、魔物だ。魔物が出たぞ!?」

「早く警備員を呼べ!」

「男の人達が襲われたみたいだ。早く医者を!」

「いや……ダメだ、もう全員死んでる」


 こうしてテロ犯改め哀れな犠牲者となった三人は、奇しくも彼らの言う『天使』によって生の苦しみから永久に解き放たれたのであった。



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