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ゲルダ・ミューラー子爵未亡人

 父との話しが終わり、悶々としながら廊下を進んでいると、後ろから先ほどの女性が追いかけて来た。


「待って! アナスタシアさん」


 振り返ると彼女は満面の笑顔を向けてきた。


「どうされました?」

「あなたと、二人で話しがしたくて。少し時間をくれない?」


 アナスタシアは廊下を進み、使われていない教室に入った。ミューラー子爵未亡人もその後に続いた。

 アナスタシアは一拍置いて振り返り、微笑を向ける。


「何のお話でしょうか?」

「私の事、何者かと思っているでしょう? 元は男爵家の娘で、ゲルダ・マクダネル。ミューラー子爵未亡人と名乗ってはいるけれど、もう違うのよ。あなたには言うけど、本当は屋敷を出された時に籍も外されてしまったわ」


 悲しげに目を伏せて、自分の身の上話を始める彼女はまるで悲劇のヒロインのようだった。少し芝居がかった仕草で同情を引こうというのか。男性ならばこれにイチコロなのかもしれない。以前の自分ならばコロッとやられていただろう。リサに社交術を伝授され、実際に社交界でもその社交術で乗り切って来た今となっては、彼女の稚拙な演技では騙されなかった。これはわざとなのか、それとも私を侮っているのか。アナスタシアは黙って、同情を滲ませた表情で彼女の話を聞くことにした。


「それから、息子が伯爵の子かと疑っているんだろうけど、私の元の夫は、若い頃に病気をして、すでに男としての機能は無い人だったのよ。だから元夫の子供では無いと断言するわ。それでも好きで結婚したの。彼が亡くなって、心のよりどころを無くした私は伯爵様の言葉を思い出し、彼に縋ってしまったの。あの方は本当に優しいわよね、夫を亡くしたばかりだと言うのに、彼に惹かれてしまったわ」


 今度は頬を染め、恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見てくる。アナスタシアは微笑んで先を促した。


「奇跡的に、たったの一度で子供を授かった時は彼を運命の人だと思ったけど、跡継ぎ問題が起こる前に、身を引いたわ。屋敷の使用人達は私の滞在を良く思っていなかったようだし、女だてらに爵位を継ごうと頑張っている娘さんが居ると聞いて、逃げるように屋敷を出たの。お隣のバルシュミーデで住み込みの仕事を見つけて、細々と暮らしていたのよ」


 バルシュミーデと言えば、テッドの所だ。あそこは商業が盛んで食堂や宿屋など、女性の働き口がたくさんあると言っていた。しかし身重の体でそんな苦労を負わなくとも、実家に帰るなりできたはずだ。子爵家からは追い出されただけで援助は無かったのだろうか。


「でもね、あの子が大きくなるにつれて、父親に会いたがる様になってしまって、ひと月前に一度だけ顔を見せるつもりが、そのまま帰れなくなってしまったの。息子もお父様に会えて喜んでいたし、彼も息子の存在を知って喜んでくれたわ。もうどこにも行かず、屋敷に住みなさいと言われてね。私達、結婚することになると思うわ。彼からはまだ正式に申し込まれてはいないけど、真面目な彼の事だもの、内縁の関係でなんかいられないでしょう? 息子の事も、卒業式……じゃなくて、じょにん式? に出るついでに役所で手続きして認知してくれるそうよ」


 べらべらと良く喋るゲルダに少々疲れてきていたが、微笑を崩さず相槌を打っていた。結局何が言いたいのだろうか。


「だからね、あなたはもう好きなことをして良いのよ。無理して男性の真似なんかしてないで、好きな人と結婚して、子供を産むべきよ。女の幸せを捨てちゃ駄目。こんなに若くて可愛いのに勿体無いわ。王子様だって放って置かないでしょ。うふふ、彼はハッキリ言わないからわからない? あなたがひたむきに頑張ってみせるから、可哀想で言えないでいるの。自分から引くのを待っているのよ。お父様の気持ち、分かるでしょう?」


 結局これが言いたかったのだ。自分達があの家に入るから、娘のお前は出て行けと。意地悪するつもりは無いアナスタシアだったが、弟の存在を知るにはタイミングが悪すぎる。


「ごめんなさい、まだどうなるかわかりません。明日の叙任式が済めば、自動的に私が後継者に決まるので、そうなればあなたの息子さんが跡継ぎになる事はありません。もっと早く父の元に行って下されば余裕で間に合ったのですけど。父も今日まで知らせてくれなかったので、私にもどうにも出来ません」


 ゲルダは目元を引き攣らせて、困った顔をした。


「大丈夫よ、後継者の変更を申し出れば、変えられるでしょ? たしか出来ると聞いたけど。知らないのかしら?」

「勿論知ってます。でもそれが簡単では無いのはご存知ですよね? 父がお子さんを認知するというのですから、生活は保障されますし、将来的に私の補佐をしてもらう事になるでしょうね。どうぞよろしくお願いします、ゲルダ様」


 アナスタシアは明日うまく国王陛下と話す機会を設けられるかが不明だった為、彼女にぬか喜びさせないためにこの様な言い方をしたのだが、これがゲルダに火をつけた事に気が付かなかった。


 

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