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婚約破棄の次は後継者辞退です

 談話室はシーンと静まり返った。誰も口を開けず、ただ黙ってアナスタシアを見ていた。最初に言葉を発したのはハワードだった。


「なぁ、それって、跡継ぎがその隠し子に変更されるって事か? お前の頑張りを、親父さんが()にしたって話かよ?!」


 珍しく声を荒げるハワードに首を横に振って答える。美形な顔に似合わず乱暴な言葉遣いをする彼だが、こんな風に大きな声を出したりした事は無かった。皆も怒りを露にして次々に喋り始めた。


「アナ、おじ様にお付き合いしている人が居るなんて聞いてないわよね? 私、毎年お邪魔する度にそれとなく聞いてきたけれど、再婚の意思は無いと仰っていたわ。今年の休暇の時にだって、ありえない、心配無いとはっきり仰っていたのに……」

「リサったら、お父様とそんな話をしていたの?」


 アナスタシアは初耳だった。毎年休暇の度にリサを連れて帰っていたが、いつの間にそんな話をしていたのか。


「だって、あなたが頑張っているのを一番近くで見ているのは私なのよ? 私は付いて行けずに免除になった課題がたくさんあるけれど、あなたはどれも血の滲む努力をして達成したわ。その凄さをおじ様に話して差し上げていたの。とても関心なさっていて、私の話を誇らしげに聞いていたのよ? だから絶対に跡継ぎを変更なさるなんて事は無いと信じていたけれど、今更実は男の子が居ただなんて、アナはどうなってしまうの?」


 リサは自分の事の様に悩み始めた。


「相手は誰なんだ? こんな時期になって急にそんな話を持ってくるなんて、卒業式は明日だぞ? その後の叙任式が済んで君が魔法騎士になれば、先に提出してある書類が自動的に受理されて正式に君が後継者に指定される。もしかして、ランスウォール伯爵はすでに申請を取り下げてしまったのではないだろうな?」


 テッドは自分も跡継ぎに指定されて居る為、その辺りの事情に詳しい。現在爵位を持っている者に何かあった場合、スムーズに手続きを行えるよう、長子が15歳になったら国に申告して後継者を指定する事ができる。後の争いを避けるための対策なのだが、アナスタシアは女性であるがためにランスウォールでは認められず保留にされている。騎士になることが条件となっており、17歳の今でも跡継ぎとしては認められていない。明日の叙任式をもって正式に跡継ぎと認められる事になっているのだが。


「申請を取り下げてはいないわ」


 アナスタシアの言葉に全員がホッと胸を撫で下ろした。


「子供の母親は、今は亡きミューラー子爵の再婚相手だった方よ。見た感じまだ20代半ば位の若い女性だったわ」

「おじ様のお相手と、いつお会いしたの? まさか、面会に来たときに連れて来ていた?」


 アナスタシアは頷いて答えると、皆呆れ顔で非難の声を上げた。


「はぁ? 普通、娘の晴れの日に、そんな怪しい女を同行させるか? 常識人の親父さんにしちゃ、おかしな行動を取っているな」

「しかも隠し子が居ただなんて、このタイミングで言うことでも無い。これではまるで後継者となる事を辞退しろと言いに来たようなものだろう」

「ミューラーと言えば、4年前に60過ぎで亡くなるまで現役で子爵としての勤めを果たしていたあの方かい? たしか若い後妻を貰ったばかりで、半年程で急死したんだったな。現ミューラー子爵は僕の父の友人でね、葬儀に参列したと言っていたよ。まだ結婚して半年の後妻はすぐに屋敷を追い出したと聞いたけど、タイミングからして、そのままランスウォール伯爵のところに行ったという感じなのかな?」


 マルクスのこの話は直接父親から聞いた訳では無く、母と父の会話を横で聞いていただけだったので、記憶がおぼろげだ。他にも何か話していた気もするが、子供が聞く話では無いと言って部屋を出されてしまい、最後まで聞くことは出来なかった。


「マルクスのお父様も参列したのね。お父様もミューラー子爵の葬儀に出て、そこでその女性と初めて会ったのですって。夫の急死を受け止めきれず泣き崩れる彼女を慰めるために、何か困った事があればうちに来なさいと言って帰ったのだそうだけど、数日後に本当に現れて驚いたと言っていたわ」


 そこで皆に一つの疑問が浮かぶ。


「ちょっと待て、本当にその子供は親父さんの子か? 4年前に亡くなった旦那との子供の可能性が高いじゃないか。何を以ってランスウォール伯爵の子供だなんて言い出したんだ? 例え伯爵の子供だったとしても、旦那を亡くしたばかりの女が別の男に乗り換えるには早すぎるだろ? 葬儀の場では泣き崩れるほど悲しんだくせに、数日で別の男のベッドの中とは、その女信用できないな」


 ハワードは皆の感じた疑問を口にした。同じ事を考えていた他のメンバーは頷いてアナスタシアを見る。


「何を以ってって……そんなのお父様に身に覚えが有ったということでしょう? 後は血液型と、髪の色がお父様と似ていること。顔もお父様の子供の頃に似ていると言っていたけれど、私は見ていないから、判断出来ないわ。他に調べようが無いんですもの。普通あなたの子ですと言われたら、それを信じるか、違うと突っ撥ねるかのどちらかでしょう? お父様は信じる方を選んでしまったの。私もどうかしてると思うわ。だって、4年前、妊娠した事を告げずに父の元から消えて、ひと月前に息子を連れて突然現れたと言うのよ? それにひと月も時間があったのに、その間に私にその事を知らせてくれなかったの。この問題をどうするべきか考える時間が欲しいのに……!」


 アナスタシアは感情を出さないように気をつけて話していたが、徐々に気持ちが高ぶってしまった。戸惑いと不安と、言葉では言い表せない怒りのような感情に飲み込まれてしまいそうだった。


「ああ、それ、もしかしたらわざとじゃないか? このまま放っておけば、アナスタシアが後継者に決まるだろ。息子が現れようが関係なく、君に継いで貰いたいという伯爵の意思表示なんじゃないかな」


 テッドの考えは理解できるが、その男の子の話をする父の顔を思い出すとそれは疑問に思う。これは被害妄想なのか、その場では後継者はお前だと言いながら、遠まわしにその座を辞退してくれと言っている気がしてならなかった。父は違うとしても、相手の女性は確実にそう言っていたのだから。


「何も考える必要なんか無いだろう。第一、今3才なら後継者に指定するのにあと12年は掛かるんだぞ。その間に何か不測の事態が起きたらどうするつもりだ?」

「ハワード、不吉な事言わないで。それでなくても結婚して半年で亡くなった方がいらっしゃるのに、嫌な方向に考えが向いてしまうわ。アナだって不安なのに、これ以上煽るような発言は控えてちょうだい」


 ハワードにそんなつもりは無かったが、アナスタシアを不安にさせる言葉だったと反省した。


「アナ、君が万が一、辞退することを考えているなら、明日の叙任式の前までがリミットだぞ。明日は役所になんか行っている時間も無いし、卒業式に来る国王陛下に直接相続の放棄を宣言するしかない。一度決まってしまえば変更は容易ではないんだ。確かに後に変更する事も出来るが、その場合跡継ぎの死亡、または不適格者であると認められた場合のみで、今君に足りないのは婚約者が居ない事くらいで不適格者とは言えない。君なら結婚相手はすぐにでも決まるだろうしな」


 テッドは寂しげに目を伏せる。このメンバーの中で、自分だけがアナスタシアの伴侶になる事が許されないのだ。自領の後継者に指定されているせいで、婿養子に入りたくてもそれは出来ない。隣り合う領地で、他の誰かと寄り添うアナスタシアを見続けなければならないのだ。

 本音を言えば、怪しげな弟に後継者の座を譲り、自由の身になって自分と結婚して欲しいと願っている。そしてそんな考えに及んだ自分に心底呆れた。彼女の努力を知っていて、そんな考えが浮かぶ自分など彼女に相応しくないと思った。

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