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エピソード2・魔法学園一年目、長期休暇の過ごし方

5話以降を差し替えました。

 年に一度の長期休暇を利用して、友人となったリサを連れてランスウォールの地へと帰って来た。リサには敵国の皇女である事は内緒にしてとお願いし、敵対していない別の国からの留学生と言う事にして話しを合わせた。ただでさえ、このランスウォールは隣国ザイトブルクとは確執のある地域。例え子供であろうと隣国の皇女だと知られてしまったら、民を抑えるのは容易ではないだろう。

 なぜそんな危険を冒してまでリサを連れて来たかと言えば。


「リサ見て! これがランスウォールよ! 夏は緑が濃くて、ほら、果樹園のぶどうはもう収穫時期よ。あれはこの地でしか出来ない特別な品種なの。出来の良い物は王宮に献上するのよ。とっても甘くて美味しいの、後でぶどう狩りに来ましょうね。寮に一人で残っていた方が良かったなんて絶対に言わせないんだから」


 ほんの数ヶ月離れていた故郷に足を踏み入れ、アナスタシアは気持ちが高揚していた。リサが敵国と思っていた所が本当はどんな所なのか見せてあげたかったのだ。それに、卒業まで帰国を許可されないリサを一人で寮に置いてくる事はできなかった。


「本当に綺麗な領地ね。ここに来るまでのどの土地も素晴らしかったけれど、ランスウォールは別格だわ。なんて豊かなのかしら。ここより北に位置するザイトブルクは痩せた土地が多いから、とても羨ましいわ。あの山を隔てただけで、気候がこうも違うのね」


 リサは目を輝かせて馬車の外の景色に見入っていた。乳母に聞いていたのと全然違い、鬼なんか居ないし、穏やかでのんびりした領民達はアナスタシアの友人である自分にとても好意的だ。馬車から手を振れば笑顔で返してくれる。


「リサ、ちょっと寄り道しても良いかしら? この先に騎士団の訓練所があるのだけど、師匠に挨拶したいの」

「師匠って?」

「騎士団長のブルゲン様よ。熊みたいに大きな身体で顔には傷があるけれど、とっても優しい人なの。子供の頃、女騎士になると言った私を周囲は笑ったけれど、師匠は笑わずに鍛えてくれたわ」


 田園地帯を抜け、町の中心へ向う道路とは反対側の山に近い森の中を進む。少し進むと何棟も連なる騎士の宿舎が見えてきた。その奥が訓練場だ。

 馬車は訓練場の手前で止まり、アナスタシア達はそこで降りた。


「やーやー、これは驚いた。アナスタシア様ではござらんか」


 新人騎士に稽古を付けていたブルゲン団長は厳しい顔を途端に崩し、目じりを下げてアナスタシアの方へと駆け寄った。新人騎士達は見たことも無い鬼団長のデレた表情に驚きを隠せない。鬼にこんな表情をさせるのは一体誰だと一斉に目を向けると、まだ子供ではあるが美しい少女達は新人騎士達に笑顔を向け会釈する。


「お前達は稽古を続けろ! わしは姫様の相手をする、ヘルマン副団長、後を頼む」


 アナスタシア達を見て惚ける若者達に喝を入れて、ブルゲン団長は木陰の休憩用ベンチに二人を座らせ、自分は切り株の上にドッカと座った。


「ほんの少し見ん間にまた美しくなりましたな、姫様」

「お世辞が上手くなりましたね、師匠。あ、紹介します、こちらは私の友人のリサ様です。ブリカニアからの留学生なのよ」

「はじめまして、リサと申します」


 ブルゲン団長は一瞬鋭い視線をリサに向けたかと思うと、ニッコリ笑って挨拶した。


「姫様の友人か、それは歓迎せねばならんな。わしはランスウォール駐屯騎士団の団長、ミハエル・ブルゲンだ。姫様の友人と言う事は、魔法騎士科の生徒なのかな?」


 魔法騎士科に在籍している敵国の姫の噂はランスウォールまで聞こえている。今年何人合格出来たのかも。ブルゲン団長は笑顔を崩さず、リサの返事を待った。


「ち、違います師匠、この子は魔法科の生徒です。魔法科とは合同授業があるから、そこで友達になったのよ!」


 ブルゲン団長はチラとアナスタシアを見て、リサに視線を戻した。リサに動揺の色は無く、一度視線を落として再度ブルゲン団長を見ると、今度はきちんと自己紹介した。


「私はリサ・ザイトブルクと申します。仰る通り、魔法騎士科の一年生ですわ」

「リサ! 何を言うの?!」


 アナスタシアはリサの発言に驚いてその顔を見た。リサは冷静で、落ち着いた表情をしている。


「アナ、この方に嘘は通用しないわ。初見で私の正体を見破っていたもの。ですよね? ブルゲン様」


 ブルゲン団長は頷いて、面白そうに口の端を上げた。


「さすがは王族ですな。肝の据わり方が違う。姫様も、皇女様を見習った方が良いですぞ? 動揺が顔に出過ぎだ。そんな事で、この先領主となってあの狸の化かし合いの様な貴族社会を生き残れますかな。社交界デビューまでに精神面を鍛えるべきでしょう。リサ様、この生真面目な娘の精神を鍛えてやって下さい。学園では魔法騎士科は人との交流が少なく、対人スキルが上がりにくいと言う欠点がある。どうぞ我々の姫様をよろしくお願いします」


 ブルゲン団長は深々と頭を下げた。


「ええ、私は十分彼女の社交は外でも通用すると感じましたけれど、ザイトブルク仕込の社交術を伝授いたしますわ。アナには学園でお世話になりっぱなしですもの。私は厳しく指導するから覚悟してね」


 アナスタシアはリサとブルゲン団長を交互に見て首を傾げる。


「どういう事? 師匠、ザイトブルクの王族を前にしても何とも思わないんですか?」

「姫様が認めた方を、わしが拒絶するわけないでしょう。とても聡明なお方だ、姫様と似た空気を纏っておられるし、敵意もまったく感じない。だが、他の者には刺激が強かろうし、ブリカニアの留学生としておくのが妥当でありましょうな。どうせ毎年連れて来られるのだろう?」


 アナスタシアはホッとしてリサの手を握った。リサも味方が一人増えて安心していた。


「では、剣の腕前が上がったのか、確認させて頂こうか」


 ブルゲン団長はニヤリと笑った。アナスタシアはニコリと笑ってリサの手を引き、訓練場の新人騎士の中に混ざってその腕前を見せ付けた。ドレスを翻し、新人とは言え男性相手に引けを取らないアナスタシアに周囲の新人騎士は感嘆の声を漏らした。


 翌日以降は毎朝訓練場に通い、剣術の鍛錬を欠かさなかった。騎士団に在籍する魔法騎士に勉強を見てもらい、予習も忘れない。午後からはランスウォールの観光地を見て回ってリサを楽しませ、畑や果樹園に赴き今年の収穫量を聞き、難儀している事は無いかなど質問した。将来領主となるために、民の生活も知っておきたかったアナスタシアはリサの意見を聞きつつ改善案を考え、紙に書き留めていった。

 そんなこんなで休暇の二ヶ月はあっと言う間に過ぎてしまった。


「アナスタシア、もう学園に戻ってしまうのかい? 私もこの時期は忙しく、あまり相手をしてあげられなかったが、また来年もリサ様と一緒に帰って来るのを心待ちにしているよ。リサ様、この子をよろしくお願いします。二人共体に気をつけて、元気でな」

「おじ様も、お元気で。また来年お会いしましょう。お世話になりました」


 リサは先に馬車に乗り込み、アナスタシアと伯爵に親子の時間を持たせた。


 ランスウォール伯爵は寂しそうに娘を抱きしめる。


「お父様、私、頑張って魔法騎士になります。お父様が誇れる娘となれるよう毎日精進しますから、来年どれだけ成長してここに帰るか、楽しみにしていて下さいね。お父様、大好きよ。体に気をつけて、忙しいからと言って無理をしないで下さいね。では行って来ます」


 こうしてアナスタシアは、リサと共に長期休暇を毎年ランスウォールの地で過ごしていた。民は何も知らずに敵国ザイトブルクの皇女と親しくなり、その人柄に惹かれた。アナスタシアは益々、戦争を終わらせて欲しいと願うのであった。

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