地下牢
ホークの案内で船に残っていたバッカス一味は全員捕まえる事が出来た。普通の貨物船として頻繁にこの港に立ち寄る船だったが、裏稼業は奴隷商人であることが判明し、その背後に隠れる組織を撲滅するために、各地から集められた騎士達で専門のチームが組まれ、海軍とも連携してその任に当たることとなった。
アナスタシア達三人はそのチームに配属される事は無く、入団式後は通常の騎士団としての業務を任されることになった。
「アナスタシア、本日マリエルは王都に送られるが、その前に何か話したい事はあるか? むこうはお前に言いたい事があるようだが、わざわざ聞いてやる必要は無い。トラヴィスはよくあんなのと付き合っていたな、王子が付き合うような女じゃないぞ、まったく……。出発は二時間後を予定している、顔を見るのもこれで最後になるだろうから、心残りがあればそれまでに済ませておけ」
「はい、彼女には伝える事があるので、行かせて頂きます」
団長に呼び出され、マリエルが王都で裁かれる事になったと聞かされたアナスタシアは、最後に一度彼女の顔を見に行く事にした。ランスウォールを引っ掻き回した彼女の母親の末路を伝えるためにも。
地下牢にはあの日捕まえたバッカス一味が収容されており、左右に並ぶ牢屋の中央通路を歩くアナスタシアを見て、口笛を吹いたり冷やかしたりしていた。
勿論ホーク達三人も牢に入っている。彼らの身元を調べるにはザイトブルクに問い合わせなければならず、それは簡単な事ではない。近日中に使者を立て、ザイトブルクに向わせるという事にはなったらしいが、適当な使者が見付からない為だ。人買いに拉致され、休戦中の敵国で奴隷商人の一味として働かされていた彼らを帰すには、相手を刺激せずに話ができる者でなければならない。
「ホーク、ピッペ、モス、早く帰りたいでしょうけど、暫くここで我慢してね。あなた達の身元がはっきりするまでは出す事は出来ないの。敷物と毛布を持って来たわ、これで少しは体が冷えるのを防げるでしょう」
ホーク達の牢に差し入れを届けたアナスタシアは、悲しげに自分を見る彼らに同情していた。ピッペを救う為に動いたホークは大人相手に太刀打ち出来るわけも無く捕まり、モスはそんなホークのお守り役だったらしく、体は大きくても所詮は子供。一緒に捕まり連れ去られてしまったというのだ。
子供ゆえの順応力の高さでバッカスの一味として生活してきたが、故郷への思いは募るばかりで、一方ピッペは一味の一員としての生活に染まってしまい、自分の故郷の事を忘れかけてしまっているという事だ。だから早く家に帰してやりたいとホークは訴えていた。
「あなたはリサ姫様の友達だったんですね。捕まったのがあなたの居るところで助かったよ。他で捕まっていれば、わたし達も問答無用で処刑されていたはずだ。わたしの話を聞いてくれた上に、上司に命乞いまでしてくれて、本当に感謝している。ありがとう、アナスタシア」
イントネーションは多少違うが、ほぼ標準語で話すホークの言葉にアナスタシアは一瞬耳を疑った。
「……ホーク様は、わざとなまりを強めて話していたのね。今の方がしっくり来るわ」
「族長の息子だとバレたらやっかいな事になるかもと思って、ピッペを真似ていたんだ。5年の間に染み付いてしまって、咄嗟の時には出てしまいそうですよ。差し入れ、ありがたく使わせてもらいます。ピッペ、ほら、地べたに寝るな。敷物をもらったから、これを敷いて寝るといい」
ホークは族長の息子だというのに偉ぶった態度を取らず、助けられなかった事に引け目を感じ、ピッペの世話を進んでしているようだった。二人を温かく見守っていたモスは、アナスタシアに礼を言う代わりに深く頭を下げた。
アナスタシアは彼らの牢を後にして、目的の場所へと向った。
通常の牢屋とは扉で仕切られた奥の独房にマリエルは入れられている。扉の前には看守が立っていて、鍵を開けて中へ通してくれた。廊下の片側にたいまつが等間隔で設置されているが、明かりはそれだけで廊下はとても暗かった。
分厚い鉄の扉には目の高さの所に小さな格子窓が付いていて、彼女とはそこから会話をするしか無く、今何をしているのかと中を覗けば、マリエルはこの窓から差し込む僅かな光が当たる場所で丸くなって座っていた。そこへアナスタシアが光を遮ったために室内がフッと暗くなり、マリエルはグワッと勢い良く顔を上げ、逆光で良く見えない小窓の向こうを睨みつけた。
「マリエル、今日であなたとは永遠にさよならする事になるわ。その前に、伝えておく事があるの」
その声を聞いたマリエルは鬼の形相でアナスタシアに向って歩き出し、両方の拳を振り上げ、ダーンと思い切りドアを叩いた。格子窓から見えるのは、彼女の血走った怒りに燃える目だけだったが、それだけで彼女の今の感情は痛いほど伝わってきた。
「アナスタシア……ランスウォールぅぅ……!! あんたのせいで、あたしは! ミンス様に恩返しが出来なかった! もう少しだったのに! トラヴィスはあんたに心変わりして、このあたしを捨て、ミンス様から地位も金も全てを奪い、放り出した! あんなに幸せだったのに! 全部あんたが悪い!! あんたが居るからあたし達は不幸になったんだ! 今すぐここで死ね! 死んで詫びろ! このメス豚がぁ!!」
マリエルの叫びは牢屋中に響き渡り、牢に入っている別の囚人達がそれをはやし立て、騒ぎ始めてしまった。その声はドンドン大きくなり、看守達がそれを止めようと怒鳴りつける声が聞こえた。
「マリエル、あなたの言っている事はめちゃくちゃだわ。これはあなたが自ら招いた結果でしょう? 自業自得よ。身請けしてくれたミンス男爵に感謝する気持ちは分かるけれど、王子を誘惑するなんて、あれはやってはいけない事だったの」
「そんな事無い、トラヴィスはあたしに夢中だった! 結婚したいって言ってくれた! 愛してるって何度もあたしを抱いたんだ! あんたが居なければ、あれがずっと続いたんだ!! あたしの幸せを返してよ!」
マリエルはまだトラヴィスに想いが残っているのか、怒りの感情から一転して、泣きそうな声でその気持ちを叫んだ。
「確かにトラヴィス様も悪かったわね、私という婚約者が居ながらあなたの気持ちに応えてしまったのだから。私はあなたに対して何も手出ししてないわ、何かしたとすれば、あなたの斬首刑を止めた事くらいかしら。生きるチャンスを手にしたのに、結局自らそこに戻ってしまうなんて、運命は変えられないという事なのね。自ら招いた不幸を誰かのせいにするのは、もう止めなさい。見苦しいわ」
自分は何も悪く無いという考え方は母親から受け継いだものなのか、マリエラとマリエルは良く似た親子だとアナスタシアは思っていた。
「話は変わるけれど、マリエラという女性はあなたの母親よね? 彼女は先日、公開処刑されたわ。罪状は養父の殺害、幼児誘拐、貴族への詐欺行為、窃盗、その他にも色々、細かいものを挙げればきりがないほど罪を重ねていたわ。最大の罪は養父を事故に見せかけ殺害した事。あなたをこの地に残して行った彼女も、その後あなたと同じく男爵家に養女として迎えられていたのよ。その方を殺した罪が大きすぎて、首は広場に晒されたままになっているの。民衆からは石を投げられて、死んだ後も罰を受け続けている。これから王都に向うあなたは、収監先に向う途中それを目撃する事になるわ。それだけ先に伝えて置きたかったの」
アナスタシアが話し終わると、マリエルはぼそりと悪態をついた。その声は小さすぎて、アナスタシアの耳には届かなかった。
「あいつを母親だなんて思った事無い。あたしに母親は居ないんだ。あたしの親はミンス様一人。だから首を見たって何とも思わない……」
アナスタシアが帰ろうとすると、他の誰かがマリエルの面会に来た所だった。看守が扉の鍵を開け、その人は入って来た。
「トラヴィス様?」
「アナスタシア、お前も来ていたのか。俺は食堂で待っていたのに、お前達だけでマリエルを捕まえに行ってしまったらしいな。今回の事も含め、俺のせいで迷惑をかけてすまなかった。ずっと前から会って謝りたかったのだ。お前と二人で会うことを禁止されていて、直接会って謝罪する機会が無く、今になってしまった。ところで一人でこんな場所に来て、あの女に嫌な思いをさせられたのではないか? 見当違いな罵りを受けたであろう」
やはりトラヴィスはあの日、マリエルの事を話したくて待っていたようだ。この口ぶりだと、一緒に探して欲しいとでも言いたかったのか。
やっと聞けた謝罪の言葉はすまなかったの一言のみで、後は言い訳。学園を巻き込み、かなり大事になったはずなのに、それほど悪いとは思っていないのだろうか。
「いいえ何も。私は彼女の母親の事を教えに来ただけですから。トラヴィス様はマリエルと最後のお別れをしにいらしたのですか?」
「ああ、俺の方は用は無いのだが、団長に行けと命令されてな」
二人の会話が途切れた頃、独房の方からトラヴィスを呼ぶマリエルの声がした。
「トラヴィス! 来てくれたのね! 早くここから出してよ!」




