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ロマンス的な事はまだ早い

 ゲルダの一件が無事解決し、ランスウォールに平穏な日常が戻ってきた。

 伯爵はゲルダ如きに振り回されてしまった自分を恥じ、これまで以上にストイックな生活を心がけた。アナスタシアとしては、母を亡くして随分経つのだし、せめて好きな人が出来た時はお付き合いを始めたらと提案してみたのだが、元々アナスタシアが結婚して爵位を譲るまでは誰とも付き合う気は無いと言われて話は終わった。伯爵としては、今回のような事が起こる危険性を出来る限り排除したいと考えていたのだ。

 アナスタシアが子供だったのだから当然だが、この親子は今までにこの手の会話をした事が無く、初めて互いに思っていた事を話し合った。きっかけはミナージュに出発する前日の夕食の席でハワードに言われた一言だった。


「伯爵もアナスタシアも、互いの事を思いやるのは結構だが、きちんと思っている事を相手に伝える努力をするべきだ」


 伯爵とアナスタシアは互いに視線を合わせ、気まずそうに微笑み合った。

 ハワードはそれを見て、呆れ顔で深く息を吐き、更にお小言を続けた。

 

「今回の様に、伯爵はアナに継がせる意思を持っていたにも関わらず、アナの質問に曖昧な態度で答えたのが悪かった。そのせいで聞きたい事を聞きもせず、アナスタシアは身を引く事が正解だと誤解してしまったのですよ。アナはアナで、父親相手に遠慮して聞きたかった事を聞かないから疑心暗鬼になってしまうんだ。今夜は親子水入らずでトコトン話し合うんだな。伯爵、あなたの娘は優秀ですが、彼女は自分が女性である事で自信が持て無いんです。性別は関係ないのだと、あなたの言葉でくどい位に言い聞かせてやってくれますか」

「ハワード……卒業式の日、あなたがお父様に会いに行こうと言ってくれなかったら、私はきっとお父様を誤解したままだったわ。お父様、ハワードの言うとおり、たくさん話しをしましょう。私はまた明日にはここを離れてしまうんですもの。何でも話せる親子関係を築いておきたいわ」


 アナスタシアはハワードに心から感謝していた。彼はテッドの様にグイグイ来るタイプでは無いものの、いつでも困っている時にスッと手を差し伸べてくれて、悩みを聞いて助言をしてくれる大事な存在だった。気心が知れていて、一緒に居て気が楽なのがテッドだとすれば、本音で語り合えて精神的な支えになっているのはハワードの方だった。

 今後この関係に変化を(もたら)すのはテッドかハワードか、それとも新天地で出会う誰かなのか、それはアナスタシアにも分からなかった。彼女が恋心に気付くのは、まだ少し先の事になりそうだ。


「そうだな。ハワード君は、娘の事を良く理解してくれているようだ。君のような人物が娘の側に居てくれるとは、何とも頼もしい限りだな。ミナージュでの一年間、よろしく頼むよ、ハワード君」


 伯爵は今回の件でハワードに全幅の信頼を寄せる事となった。ハワードはその信頼を裏切らない様、自分の気持ちをなるべく抑えてアナスタシアに接するよう心がけた。

 テッドが不在の今、二人きりで過ごす時間はたっぷりあって、しようと思えば抜け駆けするのは簡単な事であった。しかし、今のアナスタシアを見る限り、下手に手を出せば今後警戒されてしまう危険性が見え隠れしていた。

 振り向きざまにうっかり顔が近付いたものなら、過剰に反応されてしまい、どこか緊張した様子で物理的に距離を置かれてしまったのだ。わざとやった訳ではないのに、それにはちょっと傷ついたハワードであった。

 しかしそのお陰で、テッドが夢だと思いながらアナスタシアに何をしたのか容易に想像がついた。


 ハワードは結局、残りの休暇は実家には戻らず、伯爵の勧めもありランスウォールに残ったのだが、アナスタシアとの間にロマンス的な事は一つも起こさなかった。その代わり屋敷から毎日騎士団の訓練場に通い、アナスタシアと共に鬼団長にしごかれて、ひたすら二人で剣の腕を磨いていた。

 テッドも残ってそれに参加したかったが、バルシュミーデの跡取りである彼が家に戻らない訳にもいかず、一泊しただけで渋々ながら一人で領地へと帰ったのだった。

 今回の件でハワードは間違いなく伯爵に気に入られた。その為自分の居ない間にアナスタシアを取られてしまうのではないかと、二人と合流するまでテッドは気が気でなかった。しかし、実際に合流してみれば彼の目から見て二人の関係に変化は見られず、これまでと変わらない友人同士という雰囲気であった。




 配属先のミナージュは、王都に近い港町ではあるが、ランスウォールとは対角線上に国の端と端という位置にあり、余裕を持って出発し、最短ルートを選択しても朝から晩まで移動を続けて最終的に馬車で5日の旅となった。


 アナスタシアとハワードとテッドは、三人一緒の馬車に乗りミナージュまでやって来た。初日の道中ではどちらがアナスタシアの隣に座るのかで何度か揉めそうになり、呆れたアナスタシアは男二人を並んで座らせ、自分は悠々と一人で向かいの席に座り、喧嘩は駄目だと(たしな)めていた。結局翌日から一日置きに交替するという事で納得させたが、アナスタシアはまるで子供の様にくだらない事で張り合う二人に、今度喧嘩をしたら暫くは口を利かないと言って黙らせたのだった。


 到着したミナージュは色々な人種が集まった、同じ国内とは思えないほど色彩鮮やかで国籍不明な建物がいくつも立ち並ぶ個性的な町並みだった。ランスウォールは白い漆喰の外壁とオレンジ色の瓦屋根で統一されていて、それと比べるとここはまったくの別世界と言える。


「ミナージュには初めて来たけれど、活気があって賑やかな所ね。それに異国の人達が大勢行きかっていて、カラフルで何だか不思議な町だわ」

「どこかの国の船が停泊しているようだな。後で港を見学しに行くか? アナは帆船を見た事は無いだろう。どうやってあれほど大きな物が水の上に浮かんでいるのか、きっと不思議に思うぞ」

「帆船ですって? 本の挿絵でしか見た事がないわ。ハワードは見た事があるのね。テッドは見たことある? ……テッド?」


 テッドはアナスタシアの問いかけには答えず、騎士団の宿舎へ向う車窓から何かを見つけ、そちらに鋭い視線を向けていた。

ハワードの一言長いなー(;^_^A


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