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一難去ってまた一難?

 いつのまにか夕日は落ちかけていて、メイド達の手で室内に明かりが灯された。先ほどの騒動が嘘のように、応接間はシンと静まり返っていた。窓際にポツンと置かれた若草色のソファには、しんみりと紅茶を飲みながら、窓の外を眺めるアナスタシアが小さく溜息を吐いていた。それを見てハワードとテッドは、何か気の紛れる事はないかとコソコソと相談していた。


「あー、とりあえず、解決したな」

「ああ、そうだな。ハワードは今晩どこに宿を取るんだ? うちに来るか?」


 ぼんやりとそれを聞いていたアナスタシアは、カップをサイドテーブルに置き、窓際のソファから立ち上がって二人のいる場所へと移動した。そして二人が向かい合って座っているソファのどちら側に座ろうか一瞬迷い、どちらにも座らず立ったまま話しかけた。


「もう暗くなるのに、これからバルシュミーデに帰るつもり? 駄目よ、危ないわ。それに、うちの事で二人には迷惑をかけてしまったのだし、今晩はうちに泊まって行って欲しいわ。お父様も二人にきちんとお礼を言いたいはずよ。あっ……そうだわ、私ったら、まだお礼も言ってないじゃない」


 アナスタシアは二人に向って姿勢を正し、深く頭を下げた。


「テッド、ハワード、今回の事でランスウォールの為に力を貸してくれて、ありがとう。本当に感謝しているわ。あなた達二人のお陰で、メイリック君は無事お父さんと再会することが出来たし、ゲルダの悪事も白日の下に晒されて、これでもう彼女から被害を受ける人は増えずに済むと思うと、ホッとするわ」

「ふん、アナが困っていたんだ。手を貸すに決まってるだろ。礼なんか必要ない、俺らはやりたいようにやっただけだ」

「そうだな、君の為ならいつだって助けにくるさ。お言葉に甘えて、今晩はここに泊めてもらうよ。明日は三人でどこかに行かないか? せっかくの休暇だし、ミナージュに赴任する前に、少しは遊んで気分転換しないとな」


 アナスタシアはニッコリ笑って頷いた。学生気分で居られるもあと僅かだ。赴任先が三人一緒だと言っても、この先こんな時間が持てるとは限らない。


「ええ、良いわね。ここにリサが居ないのが寂しいけれど」

「決まりだな。朝の鍛錬が済んだら、馬で遠乗りでもするか?」

「遠乗りも良いが、ランスウォールの鬼団長にシゴいてもらうのも悪く無い。テッドと違って俺はなかなかランスウォールに来る機会が無いからな」


 アナスタシアはハワードの希望を聞く事にした。思い返せば、ハワードは長期休暇の後半頃になるとブルゲン団長の元に来て、稽古をつけて貰っていたのだ。彼の憧れの騎士こそブルゲン団長だと言うのだから、せっかくここに来たのなら稽古をつけて欲しいと思うのも当然だろう。


「明日は一日、騎士団の訓練に参加しましょうか。学園で教わるよりも実戦的な動きを学べるもの。私も久しぶりに師匠に稽古をつけて欲しいと思っていたのよ」

「やれやれ、君達は真面目だな。わかった、俺も付き合うよ」


 その晩の夕食には、当然の様にこの屋敷に宿泊するセーファス王子も加わって、賑やかな食事の席となった。この国の騎士団を取りまとめるセーファスであるが、アナスタシアに直接伝えたいことがあって今回の役目を引き受けていた。食事が終わり、皆で和やかに食後のお茶を楽しんでいると、三人の赴任先である港町ミナージュの話題になった。

 三人が期待に胸を膨らませてミナージュの話題で盛り上がっていると、何故か伯爵は気が重そうな表情で娘に謝った。


「アナスタシア、すまない。私の力が及ばす、ミナージュでは面倒な事になりそうだ」

「何ですか、お父様。私達の赴任先で何かあるとでも言うのですか?」 

「まぁ待て、私が話そう、伯爵は悪く無い。あなたは何度も本部に掛け合ってあいつの赴任先を変更するよう訴えかけ、力を尽くしたのだ。悪いのは我が愚弟トラヴィスだ。自分のしでかした事の責任も取らず、ランスウォール伯爵家に直接謝罪もしないまま叔母のところに養子に入った事も許しがたいが、そのジールマン侯爵家の力を使って、事もあろうにアナスタシアと同じ勤務地を希望しているのだ。学園での騒ぎを外部の人間が知らないせいで、最初の振り分けの段階で、あいつもミナージュのメンバーに入っていた。だが、決定する前に私がそれを止めて、ランスウォールに赴任させてあいつの精神を叩き直してもらう事にしていたのだが、卒業後にまたミナージュに戻されていた。書類を確認してみれば、国王のサインがされていた。どう説得されたのか知らぬが、父上はあいつに甘過ぎる! 騎士団の事は全て私が一任されているというのに、父上が勝手な事をして、またしてもアナスタシアを煩わせる事になってしまった。あいつと一緒が嫌なら、お前を宮殿勤務の近衛騎士団に配属しようと考えたのだが、どうだ?」



 国王は卒業式の日にアナスタシアが言った、トラヴィスに対して何のわだかまりも無いという言葉を信じ、それならば息子の希望を聞いてやっても問題無いと判断したのだろうが、それでは迷惑をかけてしまったアナスタシアに対してあまりに配慮が無さ過ぎる。トラヴィスが何が何でもミナージュを希望するなら、アナスタシアを別の場所に配属させるしかないと考えて、自分の目の届く近衛騎士団が適当だとセーファスは判断した。しかし、この国の近衛騎士団は各地の騎士団から眉目秀麗な実力者を集めた魔法騎士だけの精鋭部隊だ。何の実績も無い新人がいきなり入れるところでは無い。


「お気遣い、感謝致します。しかし殿下、私はミナージュでも構いません。そうやって特別扱いするのは、陛下がトラヴィス様にした事と同じではありませんか。私が近衛に入るとすれば、実力を認められた時だけです」

「特別扱いでは無い……とは言えないが、婚約破棄騒動を知っている者は皆、お前の事を心配している。トラヴィスは甘やかされて育ったせいか他人を気遣うことを知らず、アレだけの事をしておいて、後悔はしていても反省はしていない。本当にどうしようもないヤツだ。しかもあれ以来お前に付き纏っていると聞いているが、このままで本当に大丈夫なのか?」

「トラヴィス様はもう王族ではないのですから、騎士団内での立場は魔法騎士である私の方が遥かに上。今まで通りには行かないのだという事を、存分に分からせて差し上げますから、ご心配無く」


 不敵に笑うアナスタシアを見て、ハワードとテッドは目を合わせ、ニヤリと笑った。トラヴィスが邪な理由でミナージュを希望しても、ただ単に騎士と魔法騎士の格差を思い知らさせるだけの事であった。

 この日から10日後、アナスタシアとハワードとテッドの三人は揃って配属先のミナージュに向けて出発する事にした。

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