悪事の数々
第二王子セーファスが鑑定結果を持ってランスウォールに到着する数時間前、アナスタシアを訪ねてハワードがこの地にやって来ていた。結局自領には一泊したのみで、母や兄弟達に無事卒業して魔法騎士になった事を報告すると、翌日からアナスタシアの為にあちこち動き回っていたのだ。
庭でリックと遊んでいたアナスタシアは、執事から「ハワード・クレーマン様がお見えになっております」と伝えられ、すぐにリックをキャリーに任せて、応接間へと急いだ。
「ハワード! あなたどうしてここに居るの? 突然来るだなんてビックリするじゃない」
応接間でゆったりお茶を飲んでいたハワードは、アナスタシアをチラっと見て、ニヤりと笑った。
「まだ数日しか離れていないが、元気そうだな。ここで本格的にあのゲルダとか言う女から嫌がらせをされて、ウンザリした顔でもしてると思ったぞ。ハァ、疲れたから、肩でも揉んでくれないか? お前の為に、色々情報を仕入れてきたんだ。それから、後でテッドが客人を連れて来る事になっている」
「ふふ、嫌がらせはされたわ。やられっ放しは癪だから、ちょっと懲らしめてやろうと思ったのだけど、やりすぎてしまったみたい」
そう言いながらハワードの元へと行き、本当に肩を揉み始めた。ハワードはコキコキと首を鳴らし、何をされたのか聞いてみた。
「仕返ししたのか。くくく、何をされたんだ?」
アナスタシアは初日にあったことをオブラートに包みながらハワードに話しはじめた。
「あの人がお母様の椅子にわざと座って私を怒らせようとするから、本当に私を怒らせたらどうなるのか、ちょっとだけ見せてあげたのよ。ゲルダ様がお母様の椅子に座るところを見て、本っ当に腹が立ってしまって、最初は思わず大きな声を出してしまったけど、それでスッと冷静になれたの。だから殺気を込めて睨みつけてやったわ」
ハワードは少し驚いた顔をした。トラヴィスに婚約破棄されて、中庭で大勢が見ている中で侮辱されても動じなかった彼女が、腹を立てるなど余程の事だろう。
「アナ、魔法騎士の殺気を込めたひと睨みを受けたら、一般人なら間違いなくションベンちびるぞ。もしかして、ちびらせたのか?」
そこにお茶のおかわりを入れに来たメイドがこそっと告げ口した。
「お嬢様、本当に怖かったです。ゲルダ様は腰を抜かして失禁したんですよ? その後の床掃除をしたのは私です。ハワード様、お嬢様を怒らせない方が良いですよ」
「ふはははははっ、流石だな。ちびるどころか失禁か。それで、そのゲルダはどこにいるんだ?」
「もう、また下品な言葉遣い。やめてって言ってるのに……。ゲルダ様は詐欺の容疑者として、裏の特別室に軟禁してるわ。親子鑑定の結果が出るまで出さないとお父様は言っているの。ねぇ、テッドも来るの? 一緒に来るお客様はどなた?」
アナスタシアはハワードの向かいの椅子に座り、メイドが入れたお茶を飲んだ。ハワードの顔を見ると、何だかウキウキしている様にも見える。
「俺の勘が正しければ、お前の不快感を無くしてくれる人さ。親父さんは執務室か? 先に報告したい事があるんだが」
「ええ、今は執務室に居るけど。メアリ、お父様に、今お邪魔して大丈夫か聞いてきてくれる?」
「承知しました」
暫くして、メアリと共に伯爵は応接間に現れた。
「良く来たな、ハワード君。報告したい事があると聞いたが、早速話してくれるかい?」
「はい。私が独自のルートでゲルダの素性を調べさせた内容と、テッドが調べた物を照らし合わせて纏めてみました。本人に確認しなければ確実とは言えないのですが、彼女はマリエラという名前の元娼婦だと思います」
「娼婦だと!? すまん、続けてくれ」
伯爵は眉をひそめ、報告の続きを待った。
「はい、三ヶ月程前、王都を含む周辺の地域で続いた大雨で、川が氾濫し、行方不明者が数名出たのですが、その被災者と思われる中に、小さな男の子と子守の女性が含まれていました。男の子は当時二歳と四ヶ月のメイリック君、女性はマリエラと言う二十九歳の子守です。容姿を確認したところ、特徴は粗一致しています。テッドの調べでは、ゲルダが男の子を連れて住み込みで働き出したのが三ヶ月近く前の事で、勤め先の酒場ではみすぼらしい中年男性と懇意にしていたそうです。その男が何者なのかは現在調査中です。それから、男の子の親はトライスの商人で、丁度今、バルシュミーデまで商談に来ているのです。テッドに頼んでその父親をここへ連れて来てもらう事になってます。男の子と対面させれば、すぐにこの問題は解決するでしょう」
体を前に乗り出して話を聞いていた伯爵はソファに深く座り直し、脱力した。
「君の話を聞く限り、ゲルダの言っていた事は全部嘘ではないか。ここを追い出されてからバルシュミーデに行き、そこであの子を産んで育てていたと聞いている。うちの者が調べたところ、役所に記録が残っていないと言っていたが、五歳を過ぎるまでは子供が生まれても届け出ないのが普通だし、ゲルダの方も、移住ではなく一時的に働きに出ただけなら記録には残らない。テオドール君は飲食店を一件ずつ確認してくれたという事か。君たちは本当に優秀だな。うちの執事見習いを君たちのところに研修に出したい気分だよ」
そこに執事が一通の手紙を持って現れた。手紙のぬしは今話題に上がった執事見習いだった。
「旦那様、お話中失礼致します。キールから定期報告書が届きました」
「あいつも何か分かったのか? どれ、見てみよう。ちょっと失礼するよ」
伯爵はそう言って、手紙の封を切った。報告は便箋3枚にびっしり書かれていた。
「キールのやつ、マクダネル男爵夫人に会いに国外に出ていたのか。うーん、役所で調べた内容は、前に職員から聞いた内容と同じだな。それにあいつは、子爵の屋敷にも話を聞きに行ったらしい。きっとしつこく尋ねたのだろうな。これは謝罪の手紙を送らなければならないが、あいつにしては良くやった」
「お父様、どんな事が書かれていたのですか?」
伯爵は報告書を封筒に仕舞いながら、内容を話して聞かせた。
「まず、マクダネル男爵の養女になったのは、やはり男爵が愛人を家に置きたいが為だった。マリエラの希望で名をゲルダに改名し、養子縁組を行ったらしい。子宝に恵まれなかった奥方は、彼女を養女として向かえて、将来的に婿を取るのだと思っていたらしく、その時は快く了承したのだが、相手を探そうにも礼儀作法などは全然身に付かず、数年程経ったある日、二人の不適切な行為を目撃して、娘を追い出したそうだ。ご主人のマクダネル男爵は娘を探しに出て、その帰り暴走した馬車の事故で亡くなったと書いてある。奥方は義理の娘となったゲルダに爵位を継がせる事を嫌がり、遠縁の青年に爵位を譲ったのだそうだ。奥方はご主人の死因に疑問を感じ、家を乗っ取る為にマリエラが事故を装い殺害したのではないかと考えている。それで身の危険を感じ、国外に逃げたのだ」
「当時は事故の原因などは調べなかったのですか? どこか不自然な点があったから、そう感じたのでしょう?」
「調べたのだろうが、御者も死んでしまって、目撃者も居なかったのだろうな。馬車の暴走事故として処理されている。そしてゲルダはどこかの段階でミューラー子爵の愛人になっていて、その後、後妻に納まった。今のミューラー子爵は、父親の女性関係に口出ししなかった事を大変後悔している。いつから付き合っていたのかまでは流石に分からないそうだが、結婚して屋敷に入ってからはとにかく派手に買い物をしていて、それを咎めない父親とはよく口論になったそうだ。極めつけは、前ミューラー子爵の死因だ。温室で孫と関係を持っていたゲルダを怒鳴りつけた時、その場で発作を起こして亡くなったというのだから、屋敷を追い出す理由としては、十分だろう。子爵はよく話してくれたと関心するよ。こんな話、誰にも知られたくはなかっただろうな」
アナスタシアもハワードも、開いた口が塞がらなかった。よくもまあ、それだけの事をしでかしておいて被害者面できるものだ。下手をすれば、事故を装って殺人を犯しているかもしれないのだ。ハワードは皮肉を込めてミューラー子爵の行いについて語った。
「なるほど、それだけの事があってもその場で追い出す事はせず、父親の妻として葬儀にも参列させて、数日は身の振り方を考える猶予まで与えたのだから、ご立派な方ですね。できれば彼女を野放しにせず、屋敷の奥にでも閉じ込めておいて欲しかったです。婚姻を無効にしたかった気持ちも理解できますが、だからと言って無関係ではありません」
「うちで更に問題を起こしたと知って、尚更言い出しにくかったのだろう。離縁したと聞いていたが、婚姻を無効にするとはな」
伯爵がキールの報告書の内容を話し終えた頃、またしても執事が部屋に入って来た。今度はかなり慌てている。
「だ、旦那様! たった今、セーファス殿下が鑑定結果を持ってこちらにお見えになりました」
執事の言葉が終わる前に、セーファスは執事の横をすり抜け応接間に入って来た。そしてアナスタシアを見るなり、他のものは見えていないかの様に一直線に歩き出し、彼女の前に跪き、恭しくその手に口づけをした。
「アナスタシア、久しいな、元気そうで何よりだ。トラヴィスの件、本当にすまなかった」




