ランスウォールまでの帰路
ランスウォールへ向う馬車の中には沈黙が流れていた。車体のきしむ音と、車輪の音、それと馬の蹄の音だけが聞こえている。伯爵とゲルダの二人は終始無言で窓の外を眺め、ゲルダは伯爵に何か物言いたげにチラチラとその横顔を盗み見ていた。
「何だ、何か話したい事でもあるのか?」
「え? だって、何だか怒ってるみたいだし、どうしたのかと思って」
あれだけの醜態を演じておいて、何事も無かったかのような態度で伯爵に話しかけた。余程肝が据わっているのか、何もばれていないと信じているのか。
「どうしたのだろうな。君こそ、どうして役所で騒ぎを起こしたりしたんだね? 貴族令嬢らしくない態度だったな」
「それは、あの職員があまりに失礼だったからよ! だって……」
その理由を言えずに、モゴモゴと言葉を濁した。自分は今日まで男爵令嬢だと思って生活していたのに、男爵家が代替わりしているから既に男爵令嬢ではないと言われ、子爵とは婚姻の事実すら無くされていたのだ。本当になんの身分も無くなった今、上手くやらなければ伯爵との婚姻も危ういと危機感を感じていた。
「君の父親の名は何と言ったか……たしかマクダネル男爵だったな。私との結婚を考えるなら、一度会って挨拶せなばなるまい。お住まいはどこなのか、教えてくれるかね?」
ゲルダは挙動不審になり、積み上げられたお土産の箱を綺麗に積み直しながら、不自然に話題を変えた。
「挨拶なんていらないわ。それより、あの子にお土産をたくさん買ったの。ちょっとだけ見せてあげるわ」
前の座席に積まれた箱を一つ取って、綺麗に包装された包み紙を強引に破き、中身を取り出して見せた。リボンを解けば済む事なのに、破れた包装紙はゴミになってしまった。中身は木で出来た玩具だった。馬の形で足に車が付いていて、紐を引いて歩かせる玩具だ。一つの木の塊から車輪までを掘り出す高度な技術で作られた、王都でしか買えない高級品である。
「どこにそんな高価な玩具を買う金があったのだ? 君は手持ちの金が尽きたと言って、私の宿を訪ねて来ただろう? 嘘を言ったのか?」
ゲルダは慌てて玩具を箱に仕舞い、自分の足元に隠すようにして置いた。隠したところでもう見られているのだ、伯爵は追及を続けた。走る馬車の中、この女に逃げ場は無い。
「君はワザとにこの馬車がいっぱいになる様に買い物をしたのかね? 汚い幌馬車を雇って、それに娘を乗せて帰るつもりだったと聞いたが、何を考えているのだ?」
「酷いわ、私、親切のつもりで……。置いてきてしまったあの子にお土産を買うのがそんなに悪いこと? アナスタシアさんに申し訳ないから、なけなしのお金で雇える馬車を用意したのに、そんな風に受け取られてしまっただなんて、ショックだわ。彼女、私の事が嫌いなのね。私の親切をそこまで斜めに解釈するだなんて、なんて性格がわるいのかしら。私は雇った馬車に荷物を乗せかえるって言ったのに、あの子ったら、私と一緒の馬車に乗るくらいなら、幌馬車で良いなんて言うのよ? 仕舞いには、テオドール君の馬車で帰ると言い出すし、男性と二人で馬車の旅をしたいだなんて、若い女の子がはしたないったらないわね。昨日少しだけ話をしたけど、ホントに伯爵の子供なのかって、食って掛かってきて怖かった。聞いていた感じと違って、清純そうに見えて、すごく気の強いお嬢さんで驚いてしまったわ」
娘を悪く言われて、伯爵は怒りを抑えるのに必死だった。本気でこの場で絞め殺してやりたいと思った。ゲルダと再会してからというもの、常に自分は被害者で、悪いのは周囲の人間だと涙ながらに語られてきたが、この不味い演技には正直我慢の限界だった。
それでも、実際に自分の子の可能性が捨てきれない以上、この女を解放するわけには行かない。あの晩意識の無い自分に何が出来たのか正直疑問だが、行為の形跡がまったく無かったわけでもない。ゲルダが自分の上に跨り、一人で行為に及んでいたのだろうと思うと、怒りと共に吐き気がする。酒に薬が盛られていた可能性もあるが、今となっては証拠の酒もグラスも無く、調べる事も出来ない。
「君こそ、私の娘を嫌っているようだな。一緒の馬車で数日の旅をする事を嫌ったのだろう? お陰で、娘の友人に迷惑をかけてしまった。君が領地で大人しく待っていてくれれば、こんな事にはならなかったよ」
「どうしてそんなに酷い事ばかり言うの? 王都に来る前までは、とても優しかったじゃない。あなたと離れたくなくて、なりふり構わず付いて来てしまったこと、怒っているの?」
伯爵は呆れて言葉も出なかった。罪の無い幼児から母親を取り上げる事は可哀想だが、この女は野放しにしてはならない。こうなったら、この女を持ち上げるだけ持ち上げて、いよいよ伯爵夫人になれると気分を良くした所で、一気に叩き潰してやろうと心に決めた。




